Neetel Inside ニートノベル
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デェーとティー
絶望という名の通学電車にアイラブユー

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 月曜日、戦場に向かう男達は駅へと集う。

 先日入学したばかりのオレもその例に漏れず最寄り駅の改札を通り勉学者もとい労働者の輸送車を待つ男達の列に並ぶ。

 7時50分発の当駅始発の座席を狙う列は3つ。横並び3人。つまりオレより先に列車に乗り込める『乗車権』を持つ人物は9人いる事を意味する。前に立つ禿げ頭を見ながら俺は策を練る。

 俺達の待つ車両は両側7人掛け。左右側で同じように並ぶ列の人間達を考慮して席に座れるギリギリの距離。座れるか、座れないか。目的地まで13駅繰り広げられる密集地獄。

 それを避けるために設けられた座席という天国地帯。その目的地までこの尻は届くだろうか。車掌のベルが鳴りホームに車両が滑り込んでくる。金属質な緊張感が鼻先を撫でて抜ける。

 後ろに並ぶ列が前に圧をかける。俺も前のおやじのかかとを踏む勢いで一歩、二歩前に出る。日常に流れる非日常感。たまんねぇな、この空気。

 プシュー、という音が消えいる前に男達は我先にと無言で席を奪い合う。最前列に並んだ若い背広の男はすぐさま座席横のポールを掴み、遠心力でほぼ一回転してどや顔で着席をキメる。はずだったが、すでにその席には先客が居た。男が余裕ぶっこいてる間に後ろから来たおばちゃんが腰を滑らせたのだ。図らずもおばちゃんの膝の上におっちゃんこする形になったその男は恥ずかしさを押し殺して隣の席に腰を入れ替えた。オレは後ろから押される勢いのままに目の前に見据えた端から3番目の席を目指して駆け込む。その席に隣の列に並んでいたおっさんが座る。それを見て前のおっさんが躊躇する。

 「オッシャァア!!」思わず声が漏れていた。オレはおっさんが左右に振れた隙を逃さずに端から2番目の席にいち早く尻を着地させた。間に合わずにその席を狙った兄ちゃんがオレの膝に足を当て「残念でした!」と声を張る。


オレはフツーの高校生だが満員電車の始発で席を確保すると両手でガッツポーズをとる。

自分でも後で笑っちゃうんだが、真顔でポーズ決める。

その意味は「オレはまだ死んでねぇぞ」って意味を込めてる。

日本では通勤ラッシュ時に都心では約80万人が電車を使用し、一車両には300人近い乗客が乗り込んでくる。

今日席に座れなかったそいつらに対しての勝利宣言と、明日また席を争いあうそいつらに対しての宣戦布告の意味を込めて、陰キャクソナードのオレが本気でファイティングポーズ決める。


 駅のアナウンスが鳴り、ドアが閉じ始める。俺が勝利の喜びを拳で握り締めていると目の前の人並みをかき分けて背の低いおばあちゃんが俺の前に姿を現した。

 なんだこのおばちゃん。嫌な予感がして俺が狸寝入りを決めいようとすると「ちょっと、キミ!」と女の声が頭の上から降りかかった。舌打ちをして顔をあげるとそこには見慣れた顔があった。

 「なんだ、月子じゃん」「あ、お兄ちゃん!」俺たち兄妹が顔を見合わせると「あらお知り合いかい?」とおばあちゃんが月子を見て言った。月子は俺を見下ろしながら毅然とした声を張った。

 「何あんた始発の席取ってどや顔してんのよ!おばあちゃんは朝早くからクソ孫の面倒見て疲れてるの!それにあんたまだ若いんだからお年寄りに席を譲りなさいよね!」「きゅ~れ~~」「こら!頭がアレな振りしてもダメ!さあどいたどいた!」

 「嫌だ!ヤメロって!」「大きな声出すな!」俺は月子と組み合って抵抗しようとするがいち早く額に鋭い角度でチョップが振り下ろされた。「痛テェ!」「馬鹿兄、マウントを取られた状態で勝てると思ったの?...おばあちゃん、どうぞ」「あいあい」

 俺は痛みと悔しさを押し殺して席を立ち上がった。こうして俺は苦労の末勝ち取った席をおばちゃんに譲ることになったのだ。culus!!くそったれ淫売妹、覚えていやがれ!!


 学校で説明するのもめんどくなるような嫌なことがあって俺は素早く帰宅の路につく。改札に定期を押し込んで周りの人ごみを見てため息をつく。まぁ、朝の時間は分かる。みんな会社や学校に行きてぇから。

 でも、この帰り時にメチャ混みすんのは何故なんだ!なんで朝と同じように4、5分感覚で電車出さねぇの?暑いし早く帰ってシャワー浴びてさっぱりしてぇんだわ!ここの鉄道会社は馬鹿なの?馬鹿なんだな!?

 よ~しそれならこっちにも考えがあんだよ!見てろよ、世の中のボケ共!目の前に出来た列を無視して俺はハルヒダンス冒頭部分の横歩きを意識したステップで到着した電車のドアの前に出た。

 「はいはい、頭おかしいのー。ごめんねごめんねー」

 「ちょっと!その手はこの天ヶ崎電鉄では通用しないわよ!」

 バシン!思い切り手を掴まれて次の瞬間には組み伏せられていた。「痛て!痛ててて!タップ!タップ!...この感触は...!」

 「月子!?」「おにぃちゃん!?」俺が振り返ると驚いた顔で妹が俺の左腕を捻りながら突っ立ていた。「なにどさくさにまぎれておっぱい揉んでんのよ!」

 どごん!俺はその体勢のまま停車している電車のドアに叩きつけられた。「ぽぐば!」ほっぺたが窓ガラスに擦り付いて俺は真っ白な息を吐く。

 「エー、ハイ。お客様、お兄さんを電車のドアに叩き付けるのはきぃけんですのでお止めください。エー、ィエス」気の利いた駅員のアナウンスに場の空気が笑いに包まれる。ふざけんな。俺は痛みでもんどりうっていた。


 「たく、ほんっとハタ迷惑なんだから」「すまん...」

 最寄り駅を降りて家路を歩く俺たち兄妹。呆れかえる妹に俺は平謝りを繰り返すことしか出来なかった。

 「でも、」月子が俺を振り返って言った。「始発の席狙うの面白そうね。あたしも明日から参加してみようかな」「まじか」「兄妹だからって手加減しないからね」「暴力で席を奪うのはヤメロ...」

 こうしてまた一人、俺達に始発席を争う強烈なライバルが出現したのだった...始発戦士達の戦いはこれからも、続く!

       

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