Neetel Inside ニートノベル
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メシガルド 竜人食堂奮闘記
第一話「増やせお客」

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 ミシュガルド南部にある大交易所は来訪する冒険者の多くが、ミシュガルドに来てほぼ最初に訪れる場所。
 はじめは停戦状態にある甲皇国とアルフヘイム、強大な財力を持つ商業連合国SHW(スーパーハローワーク)が協力して作り上げた施設であったが、冒険者たちのが様々な店を構えたことにより、今ではミシュガルドきっての交易都市として栄えている。厳重な警備が敷かれているため紛争まがいの事件が頻発することもなく、多くの人々は旅行感覚でこの交易所に訪れ、のんびりとした調子で暮らしていた。
 が――――
「……おかしい」
 彼に関しては、その限りではないようだった。
 交易所を貫くメインストリートの端。
 鍛冶屋を思わせる、豪快な石造りの飯屋『炭火火竜サラマンドル』の中で。
 店主のトーチは、煙の昇らない煙突の代わりに溜め息を吐いていた。
「飯屋を開いたはいいが、客が来ん」
 戦争が終わり、ミシュガルドへと渡ったトーチは、仲間の手を借りて早速飯屋を構えた。
 外装は大陸の奥地で見つけた頑丈な岩を用いているので、多少のことではびくともしない。内装はアルフヘイムの酒場を想像したうえで、香辛料の実がなる樹を材木として使用しているため、一歩踏み入れれば即座に空腹が駆り立てられる香りで満ちている。随所に見本として並べてある食材(のレプリカ)も、『炭火火竜』のレパートリーの多さを示すものとして申し分ない。もちろん肝心の料理も、竜人族ならではの巧みな炎捌き(?)による肉汁たっぷりのステーキから、内地で取れた珍しいフルーツの盛り合わせまで、多種多様に富んでいる。
 すべて、ミシュガルドを訪れたトーチとその仲間がが三ヶ月かけて集めた技術・情報を総結集させており、これだけ魅力的な要素が揃っていれば、客が集まるのは間違いなかった。
 さあ、どんと来い冒険者諸君。この俺が腹いっぱい食わせてやろう!
 トーチはそんな思いで最初の一ヶ月を過ごした。
 最初の一ヶ月は主に仲間の竜人族が休憩所として利用していた。これはこれで悪くなかったが、仲間の竜人族以外は全く立ち寄らなかった。きっと竜人族ばかりがいると入りづらいのだろう。トーチは仲間に「他の店のリサーチを頼む」と婉曲的に竜人族を店から遠ざけることで対策をとった。
 次の一ヶ月は反省した。近くの店から苦情が来たのだ。原因は横に広がりすぎる煙突の煙だった。店の場所がよく分かるようにと設置したものだったが、泣く泣く止めることにした。煙突はオブジェとなった煙を出さずに済む方法は分からなかったため、最寄りの書店でトーチはひたすら書物を読み漁った。知識も増え、これでこんどこそ間違いなく客が集まると考えた。
 次の一ヶ月は疑問だった。相変わらず客の集まりが悪かったため、オーチは自ら店頭に立って宣伝を行ったのだ。書物に書いてあった。いくら質が良くても、宣伝・広報が弱けりゃ客は来ない、なるほど、とトーチは店の前に立った。
「いらっしゃい! 美味いメシに美味い酒! この『炭火火竜』ならその全てを用意済みだ! お、どうだいそこの兄ちゃん? うちでメシ食っていかないかい?」
 全力で避けられた。それどころか警備隊を思しき連中まで呼ばれる始末だった。悪意がないことを伝えると去っていったが、ますます客は寄りつかなくなった。気づけば、仲間の竜人族たちも他に良い店を見つけたのか、『炭火火竜』には来なくなった。トーチは自分の発言を恨んでいた。
 そうして、店を構えて、かれこれ半年が過ぎようとしているが、『炭火火竜』は今だに客が全くやってこない状況を覆せずにいた。
「飯屋を開いたはいいが、客が来ん」
 愚痴ばかりが増えるようになり、ミシュガルドにやって来た当時のトーチの明るい顔はなかなか見られなくなっていた。
「なぜだ……なぜなんだ。俺はただ、美味いメシを食ってほしいだけなのに」
「なぜって、そんなもんちぃーっと考えれば分かるだろ」
 そんな『炭火火竜』の貴重な常連客であるラークは、グレリオ豚の丸焼きにかぶりつきながら節操なくしゃべる。
「まず外装。飯屋には見えん。『炭火火竜』って字面も相まって、どっちかっつーと鍛冶屋ってとこだな。んで中身。マルカンの木の香りは悪くないけど……多くの人間にとってはよろしくない匂いだろうな。人を焼いた匂いに近い」
「人を焼いたことがあるのか、お前は」
「あるよ。こう見えても軍事関係者だからね。だからこの店の匂いを嗅ぐと、顔に刻まれた紋章がうずくのさ」
「うずくって、その変な模様が? メイクなのにか?」
「おいおいそれは言わない約束だろ。まあいいか」
 ラークは洒脱した様子で笑い、話を続ける。
「んで、この『炭火火竜』が人気のない、もっともな理由。それは――」
 ぶちっと噛み切り、一言。
「トーチ、お前がデカくて怖いからだ!」
「がが――――――ん!」
 トーチは分かりやすくうなだれ、地面に膝をつく。
 その体勢になっても、椅子に座るラークとは大して身長が変わらない。
 トーチの身の丈は二メートルとんで三〇センチ。自分より背の低い生き物は同じ竜人族のレドフィンくらいしか見たことがない。で、竜人族ということもあり特徴的な太い腕、牙の並んだ顔、紅く光る双眸も健在だ。手の爪などは、並の人間の眼球なら容易に突き破れそうなほど鋭く光っている。
 まあ、簡単に言うと怖い。威圧感があるのだ。
 竜人族の中で育ち、他の種族と深くかかわらずに生きていたトーチにとっては、自分がデカくて怖いというのは信じがたい事実だった。
 確かに、仲間と比べても上背は高いが……。
「そ、それが客が来ないって理由には」
「なるね。断言できる。軍属の俺だって初めて入った時はションベンチビるかと思った。どっかのダンジョンのボス部屋にでも入った気分だよ」
 おくびもなくラークは言い放つ。
「あと睨むような顔もよくない。もうちょっと笑ってみろよトーチ」
「こ、こうか?」
 にちゃあ……
 どう見ても獲物を見つけた竜の様相であった。
「かなり重症だな。こうなりゃ他のところで対策を考えるしかない」
「他って、これ以上何をすればいいんだ。メシも最高のものを揃えた。店舗自体だって……俺にとっては最高品質だ。これ以上は改良しようがない」
「ふむ……」
 ラークはしばらく顎に手を当てて考えたあと、言葉を口に出す。
「極東の島国・エドマチの話を知っているか?」
「エドマチ……行ったことはないが、少し前に話だけは聞いたことがある」
「俺だって行ったことはないさ。でも、同じように話は聞いている。卓越した技術を持ちながら、長らく国を閉じているために進化が止まっている国だ」
「進化が? どうして?」
「新しい物を取り入れないんだから、当然さ」
 トーチの疑問符に、ラークは頷いて答える。
「現に、エドマチの中でも外国と交易のある一部の地域は、エドマチ全体とくらべて格段に技術が発達してるって話だ。面白い話だと思わないか、トーチ?」
「……?」
「つまりだな」話しながらつまんでいたグレリオ豚を食べ終え、ラークは咳払いしながら口元を紙エプロンで拭く。「この店にも、新しい時代の風を吹かせようって話だ」
「新しいって言っても、一体どんな……」
「もう一つだけ聞こう」
 ラークは指を立てる。
「戦争を経験したなら、トーチは奴隷文化を知っているな」
「ああ……エルフを飼いならして嗜好品として扱うっていう」
「そうそう。今じゃ規制されてなかなか見かけなくなったが、その代用品として新しい文化が流行っているんんだよ。それが貴族でいう“メイド”だ」
「召し使いみたいなもんか?」
「古臭い言い回しをするとそうなる。最近じゃ酒場とかでもメイドみたいなのは珍しくなくなってきてる。貴族の間でしか働いていなかったメイドたちが戦争が終わってミシュガルドに来て、自ずと働き始めたせいだな。それによって更に新しい文化が生まれていることを、俺のレーダーは探知している」
「……その文化ってのは、何なんだ?」
 話の要点を察知し、問いかけるトーチ。
 ラークは密会でもするように、にやりと嫌らしい笑みを浮かべていたが、その軽そうな口から飛び出したのは同じく軽い一言だった。
「――――“看板娘”だよ、トーチ」

       

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