Neetel Inside ニートノベル
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「誰この子、トーチの知り合い?」
「いや、今日の昼間に少し話したぐらいなんだが……」
 叫ぶやいなや、即座に燃え尽きてテーブルに突っ伏したチギリと、怪訝な表情をしてそれを眺めているトーチを交互に見て、ラークは首を傾げる。
「それならどうしてここまでやって来たの? 飯屋ってことは教えてなかったんだよね? ふっしぎィー」
「さあ。あの様子じゃ、どうも行き倒れみてえだが」
 名前も知らないエドマチ娘は、おそらく今日の交易船でミシュガルドへやって来たと言っていた。胃袋が抗議の声を上げていることから、あまり食事を口にしていないんだろう。トーチは壁にかけていたバンダナをキュッとモヒカン頭に結んだ。
「どれ、片付けたところだったがもう一仕事するか」
「いいのかい? あの調子じゃ、お代なんて持ってなさそうだよ?」
「腹空かせた奴を放っておけない。俺は守銭奴じゃなくて飯屋なんだ」
「……ここが儲からないのは、君が優しいからじゃないのかね」
 ラークの言葉を聞き流し、トーチは料理に取り掛かる。最近はグレリオ豚の焼き料理くらいしかしていなかったから、久しぶりに他人に料理を振る舞う良い機会だ。トーチは頬をたたいて気合いを入れた。
 メインにミシュガルド産のグレリオ豚を使用するのは変わりないが、いつもラークに出している、ただ焼いただけのものとは少し趣向を変える。あの娘はエドマチ出身というから、せっかくなら自国に近い味付けをしてやろうと思ったのだ。
 トーチは交易船から入手したコショーという香辛料を、常温に慣らしたグレリオ豚のリブロースにざっとかける。同名の木の実を乾燥させてすり潰したものらしい。肉などにかけると独特の香りが食欲を刺激するが、その代わり……
「ぶぁーっくしょーい!」
「うわびっくりした。何やってんのトーチ」
「いや、どうってことはない」
 多く振りかけすぎるとくしゃみが出る。先ほど試しに使ってみた時に学習したが、すっかり忘れてしまっていた。
 改めて肉に向き直り、岩塩を削りとって作った食塩も同じく散りばめていく。塩は肉の水分をすぐに吸うので、トーチは肉をすぐさま削り出しの鉄板に乗せる。ちなみにトーチの口元からはヨダレがずっと垂れている。
 じゅわぁっ、と脂のの心地よい音が響く。コショーの香りも相まって思わずかぶりつきたくなるが、トーチはなんとか我慢して付け合わせの準備を始めた。
 
 付け合わせにはミシュガルド芋を使う。先日収穫されたばかりの新鮮素材だ。開墾地の農家から買っているが、そのあたりに自生していることもあるので入手には困らない。貧困階級のものは率先して食べているとも聞く。
 高級ではないが、加熱すると甘みが増して美味いので、塩味の強いステーキの付け合わせには持って来いだ。
 ミシュガルド芋をスライスして鉄板に乗せ、トーチはグレリオ豚の焼け具合を見る。エドマチの人間はどれくらいの焼き加減が好みだろうか。竜人族のトーチとしては生でも全く問題なかったが、そういうわけにはいかない。
「そういえば、さっき読んだエドマチの本に“タタキ”ってのがあったな」
 タタキというのはエドマチの独自料理で、魚の表面を炙って冷やした料理だということだ。ということは、エドマチの人間は少し火を通しておけば大丈夫なのだろうか? そう考えたトーチは、火が通りきらないうちにグレリオ豚のステーキを鉄板から上げ、マルカンの木で作った皿に乗せる。
「……思うんだけどさ、トーチ」
「なんだラーク」
「マルカンの木で皿作るのやめたほうが良いよ、多分臭いから」
「そういえばそうだった」
 まあ今は良いか、と気にせずに盛り付けを始める。ミシュガルド芋の焼け具合もいい感じだ。ホクホクのうちに切り分け、ステーキの横に添える。これだけでは物足りないので、三種豆(食べられる)を軽く煎ったものと、なんか見た目が綺麗な野草(食べられるかわからない)を飾りとして付け加えれば、ほぼ完成だ。
「さて、ここからだな」
 腕の見せ所は、味の決め手となるソースだ。これに関しても、トーチは今日手に入れたエドマチの調味料を使おうと考えていた。
「えーっと、確かこの辺りに……ああこれだ」
 取り出したるは、ソイソースという名前の黒い液体調味料。エドマチでは醤油ショーユと呼ぶらしい。コショーと同じく独特の香りがするもので、焼いた肉の風味付けには持って来いだとエドマチの商人は言っていた。
 その言葉を信じ、トーチは鉄板に醤油を流し込む。シュー、と煙を上げる醤油からは、焼く前とはまた違う香りが漂ってきた。これは当たりだな、とトーチは口角を吊り上げる。
 程よく芳醇な香りになった醤油と、更に風味をくわえるために酒を混ぜたものを、トーチは手際よくステーキにかける。コショーとの相性も抜群なのか、香りも見た目も申し分ない。久しぶりに自信作の完成だった。
「エドマチ風・グレリオ豚のステーキ一丁上がりぃ!」
 出来上がった料理を、崩れ落ちているエドマチ娘の前に差し出す。食事の匂いを嗅ぎつけたのか、死に体同然のエドマチ娘はおもむろに顔を上げる。
「ふぇ」
「お、ようやく目ぇ覚ましたかい。まあとりあえず食って元気出しな」
「食う……元気……食べ物……」
「そうだ。代金は要らねえから、まずは腹いっぱいに……」
「食べ物おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!?」
 トーチが差し出したフォークとナイフを奪い気味に受け取ると、少女は文字通り目の色を変えて目の前のステーキにかぶりついた。


          ○

「いやあ、本当に助かりました」
 エドマチの娘はチギリと名乗ったあと、トーチに向かって深々と頭を下げた。
「もう野垂れ死に同然のところを拾ってもらい、あまつさえ食事までごちそうになってしまうとは……面目ありません」
「はは、気にすんなって」
 皿を片付けながらトーチは笑う。
「飯屋ってのはそれが商売だ。胃袋空っぽになってる奴を放っておくのは俺の名がすたるってもんだ」
「すたるもなにも、すでに客足は廃れてるけどね」
「何か言ったかラーク」
「いいやなんにも」
 二人のやり取りを聞きながら、チギリは首を傾げる。
「……この店、そんなに客が少ないのですか? そうは思えませんが」
「そりゃあそうだよ。だって香木からはヘンな匂いするし、見た目はただの鍛冶屋だし、店主はどデカい竜人族だし」
「そうでしょうか。私はこの匂い好きですが」
 え、と声を上げるトーチを余所にチギリは立ち上がり、マルカンの木で造られた壁に触れる。表情はどこか綻んでいるように見えた。
「この香ばしく芳醇な香り、どれだけ嗅いでも飽きませんね。我が家を思い出すといいますか、食欲も湧いてくるというものです」
「ヘンな子だねえ」
「お前が言えたことか、ラーク」
 談笑していると、遠くの方で大きく鐘が鳴った。店仕舞いの合図だ。酒場と宿屋以外は許可をもらっていない場合閉店しなければならない。『炭火火竜』はまだ許可を得られていないので、今日のところはお開きだ。
「んじゃ、そろそろ俺ぁ帰るよ。また明日来っからね~」
「いい加減、まじめに仕事したらどうなんだ、お前も」
「俺は食べることが仕事なの」
 ひらひらと手を振りながら出て行くラークを見送り、トーチはようやく一息つく。ラークは話し相手にはありがたいが、いたらいたで話が絶えず、なかなかに疲れるものがあるのだ。
「……あの」
 皿洗いでもするかと袖捲りしていると、チギリがひっそりと声を上げた。
 トーチはチギリの方を見る。
 その顔は、昼間見た刀剣士のチギリのものとは全く違っていた。
「頼みが――いえ、お願いがあります」

       

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