Neetel Inside 文芸新都
表紙

漫画を描こう
2.発明

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小学5年の長髪孝彦は給食が終わった後の休み時間に描いた。何を、絵を。
描きまくった。今度はコソコソではなく、これみよがしにだ。チラチラ。へい、俺を見ているか。
「俺は孤独に描いてる風だが、どちらかというと見てもいいよ。というか出来れば見てもらいたいから見ればいい」
「どうだい、結構いい感じじゃないか。何故だか分かるだろうか」

「何が『孝彦は誰に見られずとも描き続けた─』だ。」という声が聞こえてきそうでもあるが
いや、人は十重二十重というかそれぞれ色々あるのである。

何とも痛々しいような姿にも見えるがこれは人間として悲しいことに当然の気持ちである。
人間反応があるから何かを続けるわけで、独り言をいつまでも続けているわけにはいかないのである。
しかし一応人間には建前という物もある、「ねえねえ僕これ描いたんだよお」と見せ
「凄いね!上手だね!」世辞を貰おうが、なんか余りにも軟弱というか自尊心が削れるというか男らしくないというか。
あぁそれよりまた、男らしくないという単語が頭をかすめた。孝彦はまた漠然とそんなニュアンスの事を思っていた。

今までの孝彦の行動は決まって独り言だった、上のように「なんか男らしくないなぁ」と感じていたからなのだが。
ううん、父である敏弘が家から去り、もう戻らないような気がしていたからだろうか。
それにしても、そんな愚かな心を代表する虚栄心混ぜ混ぜを持っていたようには周りからは見えなかった。
しかしその平気面の思いの下、常、恥と知りつつも自分の作品を見てもらいたいという玉葱の中心にあるような心が
脳や体の持つエネルギーと必死に戦っていた…というより、虎視眈々これらを破る時期を見計らっていたのかもしれなかった。
「俺はどちらかというとチャラついてしまいたいのかもしれない。」

さて、実際孝彦の絵は周りの餓鬼らと比べてちょっとではなく、かなり光るものがあった、何故だろうか。
これは孝彦がある概念を身に着けたからであった。
絵を描いてる人ならばその概念が芽生えた瞬間の事は当然というくらい記憶にないだろう。
何故記憶に無いのだろうか、それは物を見れば当たり前に見て取れるような全然普通当然ある自然の物だったからだ。
「チャラついてしまいたい」もったいぶらずに言うと。


─そういえば最近孝彦の近所のスーパーは潰れた。
ようするに高齢化で爺と婆しかいないので爺と婆向けの商品だけたっぷり拵えれば良いだろうと
店長が間違った方向に自信満々やる気満々の指揮を取っていたのだ、この町にはアホしかいないのか。
孝彦の住む丘には勿論若いお姉さんやお兄さんがボチボチいる、それに爺と婆も自分は年寄りじゃないと主張自負している。

「バカが!こんなに老人用オムツばかり置いてどうすんだい!」と言ったのは今年で80になる絹江である。
頻繁に漏らすが痴呆が高まってその事実を全く覚えていない、この年にしてお転婆を超え全くの聞かん坊である。
絹江は自分がアテントのさらさらパンツにお世話になっている事実を無に帰し、今日も今日とて漏らしつ怒りつしておった。
かくして、などあり、スーパーは閉店へと相成ったわけだがその後リニューアルが決まり─

というのは冗談で、孝彦は何故他の餓鬼らと違う「光る絵」だったのか。
それは影を描くという事である。「へ、影。そんな凄い事かしら。私描いてた気がするわよ。」
バカタレ!描いてない!少なくともこの小学校でそれを心得てる餓鬼は男女ともにいなかった。
さて、「孝彦は小学生にして影の概念を心得ていた」凄い事であった。立体、光と影の世界。

一体何が凄いのか。
「猿でも芸を覚える世の中、餓鬼でも影を付けるといい感じになるよと言えばそう描くじゃないの」
全くその通りである、しかし孝彦は一人っ子で兄貴分もおらなんだ、友達も何となく友達では無いと思っていた。
孤独であった、孤独でありながら影の概念を手に入れた。
孤独であれば絶望というわけではないのだ、絶望の無い美しい孤独の中に孝彦は居た。

孝彦は田舎に産まれながら手の届く田園風景や純粋な水、緑のきらめきに心から感動する事があった。
人は何故か貴重な物に価値を見い出す厄介な偏屈症を持つが、孝彦においては隣の芝が青いと思う事は常では無かった。
「美しい、何故こうも美しいんだろうか」
「俺は確かに他人の目を気にするような所があるが自分の中で完結しても構わないといった所もある。」
「俺はなぜか無性にこの目にうつる物の美しさの正体を純粋な心で知りたがっている。」

一人で手に入れた大人なら誰もが知ってる技術、小学の孝彦は発明だと思った。事実発明であった。
一人で手に入れた。どれだけ純粋であったか計り知れない。
孤独が火を宿し美しく昇華し続けていた。

       

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