01.シルヴァの子




「対話時間は四十五分まで。武器の携帯は許可されません。アームスロットに拳銃を仕舞ったら、入室してください」
 スリオム教官はあのポップコーンのような金色の髪の奥から、緑色の静かな目でヤミアンを見ていた。いつもとは違った丁寧な口調に、今は彼女とヤミアンは教官と候補生ではなく、軍の事務官とカウンセリングを必要とする傷心者なのだということを実感する。いつもこうだったらいいのに、とヤミアンは思う。高圧的な態度で正当な論理を痛罵されるとヤミアンは萎縮してしまう。光を吸い込む闇色の髪がいまよりずっとずるずる伸びてヤミアンを飲み込もうとする。大袈裟かもしれないが、心象としてはおおむね間違ってはいない。
「聞いていますか? ヤミアン・グリッジヴィル」
「あ……はい」
 考え事をしていただけなのに、という言い訳を飲み込んで、ヤミアンは拳銃を壁のソケットに放り込んだ。射撃訓練なんて体験で一度やっただけ。持ち込んだって誰かに当てられるわけではないけれど、確かに身に着けていて心地よくはないから、いっそそのまま捨てたままにしたかった。男の子たちは軍服を着て拳銃を腰に帯びると興奮したとかしないとかよく言うけれど、ヤミアンにはまったくその気持ちが分からない。一丁2kgの鉄の塊はヤミアンにちょっと斜めに重心が傾いた歩き方と靴擦れをプレゼントしてくれたに過ぎない。
 自動扉がエアを吐いて開く。照明の絞られた通路が棒の内部のように細く長く続いている。
「歩きなさい、ヤミアン・グリッジヴィル」
「はい」
 歩き出す。やけに足音が反響する。気圧が変わったりしていないはずなのに、わずかに耳が痛い気がする。背後で扉が閉まると、ヤミアンはふうっとため息をついた。ひとりきりは安心する。
 前を向いて、人形のように歩き続けると、やがて黒い扉があった。ドアノブがある。ヤミアンは首から金の鎖に吊られた鍵を取り出し、その扉の錠を開けた。冷たいノブを捻る。
 風が吹き込んでくる。
 わずかに花粉の気配を感じて、ヤミアンはただでさえ細い目をさらに細めた。分厚い眼鏡に黄色い粉がついている。なにもそこまでリアルにしなくたっていいのに。コンピューター・グラフィックスだか、ヴァーチャル・リアリティだか、ホログラフィック・トライだかなんだか知らないけれど、わざわざ山奥の軍事基地の中心部でヤミアンを花粉症にしていったいぜんたいどうしようと言うのだろう。草原に足を踏み入れると、早速ヤミアンはくしゃみをした。ティッシュなんて持ってない。諦めて鼻水をすすりあげる。
 見上げる空は、嘘だろうと青かった。いや、わずかに赤みがかっている。本当の青空を作るために機械がついた嘘が、赤色の染みになって滲んでいるかのようだ。そう、これは嘘なのだ。しっとりと露に濡れた草地も、そこに生い茂った色とりどりの花々も、幾何学模様を刺青にされた翅をはためく蝶も、そして大理石の一本道とその先にある一脚のティーテーブルも、なにもかも嘘なのだ。作り物に過ぎない。これはどれほどのバイタルケアを受けてもヤミアンの精神衛生が一向に浄化されないために軍が用意してくれた理想の異世界。ここでちょっと一服したら戻って来いという、おざなりな優しさ。いいよ、とヤミアンは思う。確かに外にいるよりはいい。いじめられたり、ぶたれたりしないから。
 叱られた子供のようにヤミアンは大理石の道を進み、ティーテーブルの前に立った。そこにはすでに先客がいて、新聞片手に紅茶を飲んでいる。水色の髪をしたその青年は、もう二十八歳になるはずなのに、そうして足を組んで敵国の経済破綻を報じた一面を読む横顔は、子供が背伸びをしてわかりもしない外国語の本を読んでいるような、そんなおかしさがあった。童顔なのかもしれない。まだ子供のヤミアンにはよく分からないけれど。
「あの、ええと」
 仮想空間で上官に会った時、どうするのがいわゆる『適切』というやつなのだろう。普通に敬礼して「ヤミアン・グリッジヴィル候補生であります! ご機嫌いかがですか、上官殿!」とか言う? あるいは普通に「どうも」とか言って座っちゃう? 一応、この時間は任務外、いわば『休暇』なわけで、お給料も出ていないわけだし――でもべつに、わたしはここにイヤイヤ来たというわけでもなくて。
「どうした?」
 痺れたのか、足を組み替えて、山奥のとんぼの翅みたいな色の髪をした青年が新聞から顔を上げた。困ったような怒ったような、へんな顔をしている。
「座んねぇの?」
「あ、いえ、はい、座ります。はい……」
 ヤミアンは青年の横顔を四十五度の角度から見れる席に座った。本当は身の程をわきまえて対面に座りたかったが、そこには椅子がなかった。
 青年はゆさゆさと新聞をゆすっている。
「参ったな。おれの好きだった小説家が戦死しちまった」
「あ……それは、ご愁傷様です」
「まったくだ。ちくしょう、あの話の続きはどうなるんだよ? おれはほかの誰かが書いた続きじゃ絶対いやだぞ」
「で、ですよね」
 唐突な話題にどうすればいいのか分からない。いきなり「それもこれも、お前みたいな虫けらがふがいないから我が国は勝利へと辿り着かんのだこのボケ、いますぐ死ねぃ!」とか吼えられたらどうしよう。だがそんなヤミアンの馬鹿な妄想はあっさり裏切られ、青年はだるそうなため息をついて紅茶をすするだけだった。べつにヤミアンに不満があるわけでもない、それは少年が「夏休み、伸びないかなあ」とセミの鳴き声に向かって呟くような、そんなため息だった。だから、ヤミアンは少しだけ安心した。
「あの、モルグベッド准将」
「なんだい」
「すみません、わざわざわたしのために来ていただいて……」
「ああ、いいよべつに。どうせおれは部屋にいたってプラモデル作ってるだけだし」
 へえ、とヤミアンは思った。プラモデル。まったく自分には縁のない趣味だけれど、この青年准将がそんな楽しみを持っているなんて初耳だった。そして改めて、斜め前に座る青年の顔を見る。
 ガウ・モルグベッド准将。
 この十年続く戦争が始まった最初期から前線で戦い、常に勝利してきた伝説の英雄。その戦功と勲章の数は新兵の憧れであり、ヤミアンもまた、彼に尊敬の念を持っている一人だ。
 そんな彼も、休日は部屋でプラモデルを作っている。そんな人が、敵国の人間を何百万人も殺して、祖国に平和をもたらしている。その相関関係がヤミアンには上手く理解できなかった。嘘と嘘が繋がっているような気がして、「ああ!」という納得に至らない。ひょっとして、これって失礼なんだろうか。
「プラモデル、お好きなんですか」
「ん、ああ、まあ……」
 ガウ・モルグベッドは気まずそうに顔を逸らした。うっかり口を滑らしたのかどうか、彼女に秘密の趣味を知られたのが恥ずかしかったのかもしれない。
「まあ、あれだ。他人に邪魔されない時間ってのはいいもんだし、必要だ。そうだろ? こんな戦場暮らしじゃいつでも誰かと一緒くたにされてるけどさ、窮屈でいけねぇよ。なあ?」
 准将にもなると国家侮辱罪とか適用されないんだろうか、とヤミアンは思った。
「で、今日はおれの話じゃなくって、お前の話をするらしい」
 ガウは「さっき食堂のおばさんが言ってたんだけど」という程度の話題であるかのように、さらりと言った。テーブルの下から書類(おそらくカルテ)を取り出し、それを手元に置いたが、一瞥したかどうかも分からない。
「ヤミアン・グリッジヴィル」
「はい」
「おまえ、いじめられてんの?」
 それに「はい」と答えるのは、言われた通りに歩くのとは少し違っていた。

 ○

 ヤミアン・グリッジヴィルは十四歳である。元々は大陸の生まれで、小さな町の郵便局に勤める夫婦の娘だった。子供の頃から内気で、やけに髪が伸びるのが早く、あかるく陽気なグリッジヴィル夫妻の娘とは思えない、と周囲からはあまりありがたくない評価を受けていた。ヤミアンもそれを気にして、「ねえ、わたしはほんとうの子供じゃないの?」と週に一度は両親の袖を引っ張るものだから、ついには頬をひっぱたかれ、そしてますます内向的な少女に育っていった。ヤミアンは両親にこう言って欲しかった。「なに馬鹿なこと言ってるの、この目元とか、耳の形とか、母さんと父さんにそっくりじゃない!」と。それだけでよかった。
 両親は弟ができると、ますますヤミアンを遠ざけた。四つ下の弟は、ヤミアンに似ず、あかるくすくすくと育った。いたずらばかりして町のみんなを驚かしたり困らせたりするけれど、げんこつ一つ貰うとびいびい泣いた後、誰かに分けてもらったオレンジをかじるとすぐに笑顔になった。ヤミアンはそんな、誰からも好かれる弟を遠くから見つめるだけだった。どういうわけか、あの人懐っこい弟が、たったひとりの姉には懐いてくれなかった。理由は分からない。ヤミアンだって知りたい。
 そうして、ヤミアンはひっそりと静かに成長していった。八歳の頃、政権が交代し軍需拡大が決定された。大人がひそひそ話をよくしていたのを覚えている。十一歳の時、少年兵の徴募が決定された。それからヤミアンの育った内陸の小さな町も戦争一色になった。近くのちっぽけな古鉱山さえ掘り返された。ヤミアンもたまに鉄だの石炭だのを運んだりした。もうあかるい郵便はどの家にも届かなかった。
 そして十三歳の時、ヤミアンの家に一人の兵士が来た。家に帰るとその男が、両親と弟の前に座っていた。そこはいつも夕食でヤミアンが座る席だったが、鋭い目つきをした男にヤミアンはなにも言えなかった。
 男は右手を差し出しながら、ジュリト・メルファオグと名乗った。少佐だという。その手はごつごつしていて、触れただけでヤミアンの肌を傷つけた。ヤミアンが手を引くと、男はじっとこちらを覗き込んで来た。
「本物でしょうね」
「いや、でも、まさかうちの子に限って……」
「診断は出てます。私は確認に来たに過ぎませんよ、グリッジヴィルさん」
「かんべんしてください、うちから『シルヴァ』が出たなんて噂になったら……」
「そんな噂は出ませんよ。私が出させない。シルヴァは病気ではないし、遺伝性のものでもない――あってもはるか彼方の隔世遺伝のみ。心配はいりません。私は何人ものシルヴァを見てきた。この子はそれです」
 それ、とヤミアンは声に出さずに呟いた。それって、なに? だがヤミアンのことなど気にも留めずに、両親と少佐はヤミアンについて話し続けた。
「しかし、この子にそんな、女ですし、戦争なんて……」
「性別は関係ありませんよ。殴り合いじゃないんだから」
「できるわけがありません。きっと、お国に迷惑をかけるだけで……」
 ジュリトはしばらく黙っていた。だが、やがて口を開いた。
「あなたはなにを信じられないんです」
「え?」とヤミアンの父はぽかんと口を開けた。
「な、なにって……」
「私は彼女をシルヴァだと言っている。先天的な才能に恵まれ、稀有なる能力を持って生まれた子だと。あなたはなにが言いたいんです、グリッジヴィルさん。郵便屋に女手は必要ないでしょう。後継ぎだって立派な息子さんがいる。我が子が可愛いからですか?」
「そんなことは……」
 父は口ごもり、そして。
 え、とヤミアンは思った。
 そこは、「そうです」と。
 言うところなんじゃないの、ねぇ。
 パパ。
「たとえこの子が不適格者だったとしても、私はあなたを責めたり、その償いをさせにこんな田舎町まで軽空機で飛んでくるなんてこともしない。そんな暇はないんでね。グリッジヴィルさん、はっきりさせときましょう」
 バン、とジュリト少佐は机を叩いた。弟がおびえて「ひっ」と呻いた。ジュリトは目を、ヤミアンの両親から逸らさなかった。
「子供が可愛いから、私に預けたくないというのであれば、はっきりそう仰ってください。私はきっぱり、この件から手を引きましょう。シルヴァは彼女だけじゃない。べつにほかを当たったっていい。だが、その場合、軍から支払われる報酬はなしだ。息子さんを首都の医学校へ進学させるという話もなし。いいですね。しかし、ご忠告しておきますが、もし娘さんを愛しているなら、私の申し出を蹴りなさい。もし」
 ジュリトが、チラっと冷たい目で、ヤミアンを見た。学校から帰ってきたばかりの、当たり前の放課後にいたはずの少女を。
「この子を愛せているのなら」
 数分も待たずに、ヤミアン・グリッジヴィルは軍人になった。
 誰に相談されることもなく。


「きみは飛行機に乗ったことがあるかね」
「自動車なら、いま初めて乗りました」
 ヤミアンの返答が不服だったらしく、ジュリトはわずかな苛立ちを顔に覗かせた。が、ヤミアンは人生で最高になにもかもどうにでもなれと思っていたから、その時だけはこの少佐を怯えることなく睨み返せた。自分は実の両親に捨てられたばかりなのだ。いまさら誰に気なんか遣う必要がある? ――しかしそんな根性も、ジュリトに平手打ちを一発されただけで雲散霧消してしまった。あとにはいつもどおりの『泣き虫ヤミアン』が残っただけだった。ジュリトが幻滅まじりのため息をつく。
「きみは軍人になるんだ。そして私は上官だ。口の利き方、取るべき態度には気をつけたまえ。それがきみ自身を守ることになる」
「……はい」
「両親のことは忘れなさい。シルヴァの親はみんな、ああだ」
「忘れるなんて……」
「きみはこれから、そんなことよりもっと難しいことをこなしていくんだ。じきに忙しさで自然と忘れる。時は残酷だ。戻れといっても聞く耳を持たない。……誰の言葉だったかな」
 知るかそんなの、とヤミアンは思った。
「これからきみはゼッカムーアへいく」
「ゼッカムーア?」
「聞いたことがないかね? まあ、ここ以上の山奥だからな。そこに我々の基地が一つある。きみはそこで兵士として訓練される。帝国と戦い、あの悪しき草原を焼き払うために」
「……わたしに、兵隊なんて無理です」
「きみの両親もそう言った。だが、私はそうは思わない」
 そこでジュリトは、頬を撫でた。そこにはうっすらと傷が残っている。そして、おそらくその時、初めてジュリトはヤミアンの前で本音らしい本音をわずかに漏らした。
「私も最初は兵士だった。パイロットだ。だが、すぐに負傷して後方へ回された。屈辱だったよ、それまでの人生の全てを否定された気がした。戦闘機のパイロットには一握りのエリートしかなれない……だが、私は納得した」
 ジュリトは窓の外から見える、田舎の青空を見上げていた。
「私が落ちた時、戦友がすぐそばを飛んでいた。まだシルヴァだなんて言葉が発明されていなかった、遠い昔……私は確かに見た。『才能』というものを。誰にも穢すことのできない『本物』を。私はそうじゃなかった。そして気づいた。もし私に才能があるとすれば、それを発掘することだと。それからずっと、私は後方にいる」
 ジュリトがヤミアンを見た。
「きみはシルヴァだ。ヤミアン・グリッジヴィル」
「……それって、なんなんですか」
 ジュリトは笑った。
「魔を祓う銀の弾丸、つまるところ――戦場における切札だよ」
 ちっとも分かりはしなかった。
 黙りこんだヤミアンを気にすることなく、ジュリトは運転手に速度を上げるように伝え、やがて車はゼッカムーアの基地へと入っていった。
 要塞である。
 鋼鉄一色のその街――ヤミアンにはそう見えた――を車は当たり前のように進んでいく。自分が運んだ鉄も、どこかにあるのだろうか。ヘルメットをかぶって銃を携帯する軍人たちを見て、ヤミアンは異国に来たような気分になった。ついさっきまであの小さな町が世界のすべてだったヤミアンには、刺激というより違和感でしかない。
「戦闘機を見るのは初めてだろう」
 ジュリトが言った。
「宿舎へ行く前に、見せてあげよう」
「……わたし、それに乗せられるんですか?」
「いや、すぐには乗らない。教習と模擬戦を経てからだ。どんなに早くても一年は先だな」
「一年……」
 子供にとってそれは永遠に等しい。
「この先だ」
 ジュリトが言って、工場のシャッターの奥へ車が進んでいく。照明が眩しい。軽い振動があって車が止まるまで、ヤミアンの目は慣れなかった。まだ鈍い影のままのジュリトがドアから外に出る。
「見たまえ。美しいだろう」
 ヤミアンは手を引かれて、それの前に引き出された。
「……銀色」
 ヤミアンにとってそれは、収穫祭の時に訪れる寺院に詣でられた、神話の英雄を模倣した像を思い出させた。弟が縄止めの先へ進んでしまって司祭に叱られたのだ。ヤミアンはどうして縄の先へ行こうとしたりするのか分からなかったが、いまはどこを見渡しても縄など見えない。あって欲しくても。
 その像には顔があった。だが、すぐにクレーンが仮面を被せてしまった。調整中らしい。手足にも草むらを走り抜けた後のように作業員が貼りついている。どこかで火花と閃光が散った。
「普段は人型だが、高空巡航時は飛行形態に変形する。ちょっとしたパズルみたいにな」
「パズル?」
「これは新型機だが、君が戦場へ行く頃には、旧式になっているかもしれない……」
「そんなに……」
「帝国は強大だ。我々は日進月歩では足りないのだ。これほどの地空制圧能力を持った兵器があろうと、敵がそれを上回っていては意味がない。日翔月光の勢が必要なのだ。マシンも、それを操るパイロットも」
「…………」
 ジュリトの言葉に言外に秘められた圧迫感に、ヤミアンは萎縮した。そしておそるおそる、銀色の神像を見上げる。
 こんなものに、わたしが乗る?
 ……どうやって?
「馬にも乗れないし、羊にだってバカにされてきたのに……」
「なにか言ったか?」
「……いえ」
「少佐!」
 整備兵の一人が、逆光の中を進んでジュリトのそばへ駆け寄った。隠し立てするようなことではないらしく、堂々と何かを早口で伝えてから、にやっと笑って去って言った。ジュリトは肩をすくめて、ヤミアンを振り返った。
「やれやれ。とんだ厄介ごとを押しつけられた」
「厄介ごと……?」
「この機体に名前をつけろと言うんだ。……困ったな、私は名前をつけるのが下手でね。友人の子供の名づけ親になんかなると苦労するんだ。いままでは姉に頼ってたんだが、まさか軍事機密を漏洩するわけにもいかんしな……ああ、そうか」
 ふっとジュリトの目に狡猾な光が宿った。いや、ジュリトはきっとそんな邪な気持ちを持っていたわけではないのだろうか、ヤミアンには確かにそれがそう見えた。学校の悪童たちが、自分たちがしでかした悪戯の後始末をヤミアンに押しつけようと思いついた時の、あの眼の色だ。
「なあ、きみは名前をつけるのは得意かね」
 得意じゃないです、というヤミアンの答えは無視された。肩をポンと叩かれ、
「きみがこのマシンに名を与えてくれ。それが、軍人としてのきみの初任務だ」
「そんな……無理です、わたし、だって……」
「なあに、なんだっていいのさ。かえって軍に染まっていないほうが斬新な発想が……」そこでジュリトは言葉を切り、なにかに心を一瞬だけ奪われたようだった。なにかを思い出す顔。
「そう、確かに、軍人じゃないほうが斬新なのかもしれないな……」
「……少佐?」
「いや、気にしないでくれ。独り言だ。さ、いますぐ決めてくれ。それが終われば私と夕食を取ろう。きみの新しい仲間たちにも紹介したい。さあ」
「……わかりました。じゃあ、フィーンで」
「フィーン? 男の名前だな。……いや、詮索はやめておこう。きみもレディだしな」
 なにを勘違いしたのか、わけを知ったような顔でジュリトは歩いていった。ヤミアンもその後を追う。ジュリトが整備兵にニューフェイスの名を告げている間、ヤミアンは背後の白い闇のなかに煌々と佇むその機体を振り返っていた。仮面の奥の眼が一瞬、輝いたような気がした。フィーン。
 弟の名前だった。

sage