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図書委員会

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 カンカンカンと列車の通過を知らせる踏切の大きな音が耳を劈く。耳障りな音に顔を背けると、見知った少女が小走りで寄ってきているのが見えた。

「さっちんおはよ~」

 踏切の音が鳴り止む。同時に私の横につき、妙に間の抜けた挨拶してくるのは友人の明石萌。そして、『さっちん』というのは私、飯田幸のあだ名だ。と言っても、彼女にしかそう呼ばれたことはないのだが。

「おはよう萌」

 挨拶を返すと同時に踏切の上を遮るバーがあがり、二人で足並みを揃えて歩き出す。
 私たちは私立海斗高校に通う高校生だ。先日始業式が終わり、私たちは二学年になった。

「そういえばさ~昨日クラスの男子がさっちんのこといいなって話してたよ」
「……そう」

 本来なら嬉しがったり興味を示したりすべきなのかもしれないが、正直私は辟易していた。
 異性に興味が全く無いというわけではない。ただ、自分が表面に出している世渡りのための自分の何に興味を持つのだろうと考えると、気分が悪くなる。

「さっちんモテるよね」
「え~そんなことないよ~」
「この前も隣のクラスの梶原くんに呼び出されてたじゃん」

 はっきり言って私の顔はまあ整っている方で、たしかに言い寄られることは全くないでもない。しかし、客観的な外見の良さだの人気だので寄ってくるのようなのはたいてい頭蓋骨にキ●タマが詰まってるような思考レベルの人間で、そもそもが私のことなど見えていないのだ。もっとも、素の自分を隠し取り繕うようにしているのは私自身なのだが。
 ついでに梶原くんというのはただのモブだ。多分もう名前も出てこないだろう。

「あっ!そういえば今日日直だった!ごめんさっちん!先行ってるね」
「うん、わかった」
「あとでね~」
「あとで」

※ここになんか書こうと思ったけど思いつかないので省略します。

 考え事をしていると時の流れは早いもので、気が付くと既に学校に着いていた。玄関をくぐり昇降口に入る。
 ローファーから踵を抜きながら自分の名前のプレートが挟まっている下駄箱の扉を開ける。
 ……。
 誰かの趣味の良い悪戯だろうか。見ると、私の上履き──一般的には体育館シューズと呼ばれるもののようだが、この学校では通常時の上履きとしても使用している──の中に、コッペパンが丸々つめ込まれているようだった。

「はぁ。またしょうもない事を……」

 コッペパンを上履きから引き抜き、ちぎってつまみながら、呆れて一人ごちる(ごちそうさまと掛けている)。
 おそらく私の人望を妬んでの行為なのだろうが──ぱくぱく──彼らには他人に望まれる自分の仮面すら作ることが出来ないというのだろうか。まぁ、欲しいのが外見というのなら限度はあるだろうが。

「あるいは人の目を気にして自分を形成する私が愚かなのか」

 はっと自分が独り言をつぶやいていることに気づき、ちらちらと周囲を窺う。

「……」

 一人の男子生徒がこちらを見ているようだった。前髪が目元まで伸びて視線までは分からないが、多分こちらを見ている。顔がこっち向いてるし。
 私は独り言を見られた恥ずかしさに俯きながら、急いで靴を履き替え、食べかけのコッペパンを握りしめ二年の教室棟への階段を小走りで駆け上がった。

 教室へ入り自分の席につき程なくしてホームルームが始まる。私の意識は下駄箱の悪戯から昔のことへ向かっていった。
 中学の頃、常に一人で行動をしていた時期があった。
 他人と馴染めなかった……わけではない。いや、馴染めなかったのかもしれない。人の顔色を窺って過ごすことに疲れてしまったのだ。
 誰からもストレスを与えられない。誰にもストレスを与えない。一人で過ごす生活は快適だった。
 しかし一人でいる内に、ふと一生このままなのではないかという疑念が出てきた。
 私は一生このままで、一人で死ぬ。誰からも理解されない。そんなことを考えると、一人でいることが急に怖くなった。このままは嫌だ。
 私の本質は恐らく誰にも望まれていない。中学の時私とつるもうとする人間はいなかった。仮面を捨てて生きていけば恐らくずっと独りだ。
 そして再び私は他人の望む人格の仮面をつけるようになった。
 だが、仮面が認められようがこれは所詮仮面なのだ。

「あとは図書委員の女子だけなのですが……」

 気が付くと妙になよなよした男子生徒が教卓の前で何やら喋っている。
 どうやら委員会のメンバーを決めているらしい。

「決まらないと休み時間なくなるぞ」

 と、教師が小言を言う。教室内が静まり返る。
 正直面倒くさかったが、私が名乗り出ることにした。

「私、やってもいいですけど」
「ありがとう、えっと……飯田さん」
「あの子ちょっとかわいくね?」「マジかー」「俺図書委員立候補しておけばよかった」

 教室がざわめきだつ。感謝されていると言えなくもないのだが、正直不快だった。

「コホン、あー、委員のメンバーは今日の放課後委員会があるのでそれぞれ各教室に──」


 ──放課後。
 座席表を見てもう一人──男子の方の図書委員を探すが、どうやら既に教室を出たようだ。委員会のことを忘れていなければいいのだが。
 とりあえず一人で図書委員会が行われるらしい図書室へ向かう。
 近くの他の教室でも委員会が行われようとしているらしく、学習棟にはそれなりに人通りがあり騒がしかった。
 図書室と書いてあるプレートを見つけて入り入り口の近くに居た三年生らしき人から説明を受ける。どうやらクラスごとに座る位置が割り振られているらしい。
 自分の指定された席を見ると、今朝の昇降口で見た、目元が前髪で隠れている男子生徒が隣に座っている。どうやら彼は同じクラスの図書委員らしい。
 私は独り言を聞かれたのを思い出して恥ずかし紛れに目頭を押さえるようなジェスチャーをする。恥ずかし紛れを自覚してもっと恥ずかしくなってきたのでやめて素直に横に座る。
 ……一応は挨拶でもしておこう。

「えっと、同じクラスの野本徹くんだよね?」
「うん」
「私同じ図書委員の飯田幸、よろしく」
「え、うん」

 え、ってなんだろうか。とても興味のなさそうな返事だ。だが変に興味を持たれるより、このほうが都合がいい気がする。本来私は人の機嫌をとって過ごすのが煩わしい人間なのだ。相手がこのくらい適当な方が変に気を使わなくて済む。
 しばらくして三年が声をかけ委員会が始まる。何やら委員会の説明をしているようで、他の生徒は黙って説明を聞いている。
 隣の彼の方を一瞥すると何やら本を、というか教科書を読んでいるようだ。
 自由な人だな。まるで周囲にどう思われるかなんて気にしていないように見える。少し羨ましい。
 私も自分の興味で世界を構築していた時期があったが、未来への、自分だけ取り残されていく恐怖に耐えられなかった。
 仮面を形成してでも取り繕わなければ、いつまでも独りなのだ。独りは嫌だ。この人はどうしてそんな恐ろしい状態に耐えることができるのだろうか。

「自分の望む在り方なら、他の誰かが自分を望んでくれることが嬉しいかもしれない」

 隣の方から声が聞こえた。

       

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