第十六話 正体目的共に不明

「…?」
 未だ炎上が収まる様子の無い工場付近を走り回る車両等に見つからぬよう素早く動きながら件の妖精を探していた旭は、ふとこの空気に似っかわしくない者達の姿を見つけ足を止めた。
「旭兄ぃ、痛い」
 急停止した旭のすぐ後ろを付いて走っていた日和が、ブレーキに間に合わず旭の腰にぶつけた鼻の頭を片手で押さえながら呻くように呟く。
「ああっごめんごめん!っと…」
 慌てて謝罪した声音を聞き取ったのか、視線の先にいた男達は忙しなく四周へ振り撒いていた視線を旭達へと一斉に向けた。
 旭と同じく人の眼を気にした風な動きをして工場群で構成された路地の裏側を歩いていた強面の男達。皺だらけのスーツだったりタンクトップだったりと一貫性の無い恰好をしているが、それぞれ苛立ちと嫌悪が綯い交ぜとなった血眼の形相は共通している。
 その場でうろついていた数は五。とても火事の現場で逃げ惑う一般市民や工場の人間には見えない。身に纏う剣呑な雰囲気は、その矛先を炎上する建物にすら向けられていないことを旭は察していた。
「おい」
 五人の内、先頭にいたスキンヘッドの男が肩を怒らせながら足音高く旭との距離を詰めつつ声を放つ。
「気味悪い白銀の髪をした小娘を見なかったかッ」
「いや見てないけどっ?」
「そうかいありがと、よ!!」
 初めから答えに期待していなかったように男は旭の眼前まで足早に詰め寄ると、上半身を逸らして男から離れようとする旭へ早足の勢いそのままに拳の直打を見舞った。
「ぁがっ!?」
 流れるように振るわれた直線的な暴力は、しかし旭の顎を捉える直前で真上に跳ね上がった。その暴力の成すに至った、右の手首ごと直角に折り上げて。
「…旭兄ぃに触るな、ハゲ」
 ぶらんと垂れ下がった右手に目を見開いて悲鳴を上げるスキンヘッドの男と旭との間に一瞬で割り込んだ日和が、鋭い双眸で男を見据える。大の大人の拳を易々と払い除けた小さな手が、彼女には少し大きめな朱色の着物の袖に引っ込んでいく。
「このガキっ!?」
「もういい、殺せ!!」
 仲間の一人が手をヘシ折られたのを見て、他四人が懐からバラフライナイフを取り出し駆け出してくる。
 突然殴り掛かられたのもおかしいが、既に相手は殺意を持って挑み掛かって来ている。明らかに何かしらの異常事態の表れであるのは間違いない。
「旭兄ぃ。あれ人間」
「うん見りゃわかるよ!でもたぶん僕らにとっては敵じゃないかなとりあえず絶対無関係ではないよね!」
「殺しちゃ駄目?」
「もちろん!」
 会話をこなしつつ、迫る四人をそれぞれ迎撃する。旭が三人、日和が一人。相手が人間であるということを加味して手加減しながら気絶させた旭とは対照的に、日和は無表情で一人の顔面を陥没させるほどの掌底を容赦なく叩き込んでいた。ついでに右手を折った男の腹部にも一撃入れて昏倒させる。
「えーもう、いきなり何これ?僕ら何もしてないよね?」
「晶兄ぃが暴れた弊害かも」
 完全にのびた男達を見下ろし思案に暮れる旭だったが、さらに奥の路地から出て来た男達の怒声がそれを許さなかった。

「オイ連中やられてんぞ!」
「チッ!見られた以上生かして返すな!」
「騒ぎを気にしてる場合じゃねえ!コイツで確実に殺るぞ!!」

 着ているジャケットの内から、ジーパンの腰から、背中に隠したホルスターから。
 既に十数人近く現れた男達は、今度はナイフなどという生易しい武器は用いなかった。黒光りする凶悪な銃器を手に射線を確保した銃口を迷いなくこちらへ向ける。
 事情、状況、理解や推理はもはや後回し。旭もこれ以上の躊躇は不要と判断する。モードを切り替え、細めた両眼にはいっそ冷淡とすら取れる色が乗る。
「身体能力四十倍。日和、実戦だ。加減はもう捨てていい。やるぞ」
「了解、兄ぃの“倍加”。ていうかもう借りてる、けど」

 人間の生み出した兵器より恐ろしいもの。そういったものを相手にしているのが『陽向』であり、退魔師である。
 無数の銃声と銃弾。たかがその程度で止まるほど、退魔の人間は易くない。



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(『魔族』特有の、あのイラつく感じはしねえ。むしろコイツは清浄な気配、俺らと似た側の性質か)
 銀髪の少女を工場の屋根に横たえて、アルムエルドは少女が邪悪な存在ではないことを確認する。
 妖精種であるアルムエルドは、属に『聖族』と呼ばれる大別の側にいる存在だ。その対にあるものは『魔族』と呼ばれる。
 この基準は人間種への意思の向き方によって変わるものであり、主には人間種に敵対するか否か、悪意を向けやすいかどうかで分けられる。
 人間種に好意的、あるいは恩恵や知恵を授けるものである人外、最悪危害を加えることの少ない種族も『聖族』と大別され、そこには妖精種や大気に溶け込む微弱な五大属性(あるいは四大)の精霊種、雲海や天上に座すとされている天神種などがある。
 悪魔を筆頭格とした魔性種や魔獣種、神話クラスの力を有する魔神種などは『魔族』であり、この二つの大別は基本的に互いを本能的に嫌悪し遠ざけ合う性質にある。故に、この白銀の少女が魔に属する人外だった場合は妖精にとって気配なり空気なりですぐさま察せてしまう。
 だからすぐにわかった。少女が魔ではないことも、それから。
「…で、テメエはなんだ。この子を追ってきやがったか」
 背後に降り立った黒翼の女が、こちらとは相容れない『魔族』の人外だということも。
「その子を保護しに来たわ。どきなさい妖精、目障りよ」
 背中に黒い鳥類の翼を生やした女が、足元にまで届きそうなほどの赤毛の髪を鬱陶しげに払ってアルムエルドを生ゴミを見るような侮蔑の視線で睨んでいる。
 その翼を見てアルムエルドは理解する。『魔族』にして獣の象徴を得る人外。彼の持つ『妖精の薄羽』とはまた違う、人外の人外たる種を現す『存在の象徴』。魔なる獣性。
「魔獣種風情が、何の因果で『聖族このこ』を保護するってんだよ。戯言にしたって笑えねえ」
「寝言よりはマシでしょ。黙ってその辺の小汚い屋根で横になってなさいな」
 寝かせた少女の上に来ていた上着を掛け、ゆっくりと妖精が立ち上がる。振り向くその顔には怒りと苛立ちが眉間の皺と青筋となって具現化されている。
「ハッ。クソ不味そうな手羽先だが、焼いて煮込めばまだ何とかなるか?ドス黒い出汁が取れそうで考えるだけでも吐き気がするがな」
「昆虫みたいな薄っぺらい羽しか持ってないから羨ましがる気持ちはわかるわ。アンタらってその羽使ってホバリングとかできるんでしょ?やって見せてよトンボみたいに」
 少女を保護に来たという思惑の真意は知れない、何を考えているのかもわからない。
 だが関係無かった。今この時点において優先されたのは、少なくとも白銀の少女を守るなどという崇高なものなどではなく、

「その翼、毟り千切ってやらァ」
「綺麗ねその髪。あの工場みたいに炎上させてみましょうか」

 ただ、気に入らない。
 妖精の青年と魔獣の女性、たった数分の掛け合いで相手の全てを拒絶し終えた互いが次の瞬間にその命を奪い取ろうと動いたのはほとんど同時だった。



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「ヒヒ、見っけた。あれだろアレ」
「…そのようだな」

 遠方で夜空を焼く火柱の光に照らされて見える黒翼と薄羽の人外同士の戦闘を目視して、倉庫から出て来た男の一人は確認するように隣の男へ話し掛ける

音々ネネの馬鹿、一体誰とり合ってやがる?小娘の回収はどうしたってんだ」
「何も無しに無意味な戦闘はしないだろう。何かがある」

 隆々たる豪腕を組んで、男は仲間の一人が交戦しているのとは違う方向へ顔を向ける。

「…ジャド、お前は音々の援護に向かえ」
「そりゃいーが、アンタは?てかあの雇われ用心棒もいねぇし。ヒッヒ、どこほっついてんだあのクソ」
「鉄平は独自に捜索を続けている。我はあれとは別の面倒事を抑えに行こう。対象はおそらくあそこだ。手早くあの妖精を始末し、捕縛して撤退まで成し遂げろ」
「はいはい。人外使いが荒いんだからよ、ヒヒッ!」

 命令を受け、男はぬめりと不気味な挙動で這いずるように建物を降りて戦場へ向かう。それを見届けて、残された豪腕の男は再びある方角を見定める。
 その先では、着物の少女とよれたスーツの青年が銃火器を装備したゴロツキのような男共の最後の一人を蹴り飛ばしているのが確認できた。