Neetel Inside ニートノベル
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退魔を担う彼の場合は
第三話 一筋縄ではいかない任務

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「ざけんなよクソッ!人間足し算と引き算が出来りゃ充分だろうが!」
 小さな学舎での授業を終えての帰り道、数学の時間に問題が解けず是才にこっ酷く絞られた晶納が道端の小石を蹴飛ばして鬱憤を示す。
 それをやや後ろを歩く旭が苦笑いで宥める。
「まあまあ、一応外で暮らす同い年の子達だって出来てることだから。あとせめて掛け算と割り算くらいは覚えよう」
「知るかぁ!あとなんで数学のクセにXとかYとか出てくんだよ!英語の授業混じってんぞどうなってんだ!!」
「俺としては、むしろお前の頭の方がどうなっているのか気になるんだが」
 ジト目で旭の右隣に並ぶ日昏が突っ込み、左隣の昊は受けている授業内容が違う為よくわからない表情を浮かべている。
「あーイライラする。こんな時にじーさんは何の用だってんだよ」
 昼休みの時に学舎へやってきた使いの者からの伝令を受け、四人は授業終了と同時に長老の屋敷へと足を運んでいた。
 何の用件で呼ばれたのかまでは聞かされてはいなかったが、学舎に使いを出してまでの呼び出しとなると大体の予想はつく。
「また退魔の仕事、かな?」
「そんな気はするな。しかし先週やったばかりでもう来るか?」
 まだ四人での集団行動でしか外での活動を認められていない未熟な退魔師への仕事など、大抵は程度の知れた難度の低い仕事がほとんどで、その頻度も一ヵ月に一度くらいのものだ。
 こんなに早く次の仕事を任せられるというのは、あまり聞かない話ではある。
「…昊は、勉強の方は大丈夫かい?」
 教科書やプリントの詰まった学生鞄を大事そうに両手で胸に抱えている昊に話し掛けると、彼女は顔を上げてにっこりと微笑んだ後に頷く。後頭部を括る紐に付いた鈴がチリンと、控えめに存在を主張する。
「はい、兄様。今の所はまだ、それほど難しいことはないです」
「そっか。ならいいけど。僕で良ければいつでも教えてあげるから、わからなくなったら言いなよ?もちろん、先生とかに訊いてもいいし」
「ぁ…はい!」
 優秀な妹の頭に手を置いて言うと、昊は嬉々とした表情でもう一度頷いた。
「…お前も、旭に教えてもらったらどうだ?どれだけ出来が悪くても付き合ってくれるお人好しなど、あいつくらいのものだ」
「うっせ」
 多少ながらに本気で友人の学力を心配した日昏の提案を一蹴して、晶納はその話題から逃げるように先陣切って屋敷の正門を押し開けた。



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「人面犬の退治ですか。……我々だけで?」
 最初何かの冗談かと思った旭も、長老の表情から伝わる意思を感じて口を噤む。
「先週向かった者達はどうしたのですか。五人ほどで組んで退治に行ったはずですが」
 状況に対しての理解が未だ追い付いていない日昏も説明を求める。
 長老陽向隷曦は神妙に頷いてから、単刀直入で告げた『人面犬討伐』の一件における状況説明を始める。
「当初、深夜頻繁に発生する高速道路での自動車事故の原因に、人外の存在が絡んでいると踏んで組ませた五名の退魔師は、事故の元凶が人面犬という人外であることの報告を届けてから音沙汰がまるで無い。おそらくその人面犬に殺されたと見るべきだろう」
「人面犬一匹に、五人掛かりで勝てなかったってのかよ。んなバカな」
 討伐に向かった五名の退魔師の詳細は旭達にはわからないが、組ませた以上はそれなりに実力のある者達だったはずだ。いくら相手が強大な力を持つ人外だったとしても、一切の報告も出来ずに全滅することなどありえるものなのか。
 その点に関しては隷曦も疑問に感じているのか、小さく唸って禿頭を片手で撫で上げた。
「…人面犬といえば発祥は都市伝説。であれば大きな力を蓄えているというのも、まあ、ありえない話ではない」
 思案顔で視線を落としていた日昏が顔を上げる。
「人外の力は人間の認識の濃淡と語り継がれる歴史の浅深、それに伴い積み重ねられていく畏怖畏敬等の感情の高低によって変動する。つまり古くから語られ、多くの人間にその存在を認められ、より恐れられ敬われた存在ほど強い存在と成る」
「そうだね、そうなんだけど…うーん、でもあれは…」
 日昏の丁寧な説明に、旭も首肯しながら同時に首を傾ける。この一件が、その典型例に沿わない事例であることを知っていたから。
 今しがたされた説明通り、語られた歴史の浅深、という点では人面犬はさして問題ではない。都市伝説自体がまだ発生して間もない若輩の存在だからだ。
 ただし都市伝説には他の人外達には無い特徴がある。
 それが、『口伝くでんによる異常なまでの情報伝達速度』だ。
 まだインターネットも携帯電話も普及していなかった時代、都市伝説は人から人へ口伝くちづてに広まっていった。たったそれだけの情報拡散にも関わらず、それはあっという間に全国を席巻し、小中学生を中心として子供達に多大な恐怖と不安、ストレスを与えた。
 その、短期間で社会問題すら引き起こした都市伝説なる『現象』の存在感たるや、大昔から伝えられてきた古株の人外達に勝るとも劣らない勢いだったことは言うまでもない。
 語り継がれる歴史の浅深に比例して集積されていく感情と認識の濃淡、それによって変動する人ならざるものとしての強弱。
 通常人外の強さを測る為に基準とされるこの法則性が、こと『都市伝説』においては全くといっていいほどに通用しないのだ。
 犬の体を有しながら人間の頭部を持つという異形たる姿の都市伝説じんめんけんは、間違いなく熟練の退魔師でも手を焼くほどの強敵であることは想像に難くない。
「関係ねーよ」
 渋り躊躇う旭と日昏の様子を嘲笑うように、軽い調子でそう言ってのけたのは胡坐をかいて腕組みをする晶納。
「その犬っころをぶっ殺して来いって依頼だろ?上等だ、雑魚の相手ばっかで退屈してたとこだしな」
「晶納待った、よく考えよう。これは相手が悪過ぎる」
「人面犬は口裂け女と並ぶ都市伝説のトップランカーだ。俺達では荷が重い」
 逸る晶納を止めつつも、旭と日昏の両名はある疑念を抱えていた。
 退魔の依頼には基本的に拒否権は無い。行けと言われれば行くのが普通だ。それは例外的に十八歳未満にして四人一組での行動を許されている旭達とて同様。
 ところが今回の話、今のところ強要してくる様子が一切無い。むしろ依頼を受けるか否か選ばせているかのような節すら、この長老からは窺えた。
 敵の正体からして危険な任務となることはほぼ確定済みだが、それを憂慮しての心遣いという感じでもない。
 何か、もう一枚噛んでいる。あるいはその可能性を孕んでいる可能性が高い。
 それ故に断れるのであればこの依頼、どうにか振り切っておきたいというのが二人が共通して導き出した結論だった。
 だが、
「都市伝説だかなんだか知らねぇが、陽向の退魔師が五人も殺られて黙ってられっか。このまま人面犬逃がしたら陽向の名が落ちるぜ。なんならオレ一人で片付けてきてやろーか?」
「それはならん。お前達は四人での行動のみ許可している。単独行動は許されん」
(まあそうなる。と、なると…)
 ちらと、旭は黙って事の成り行きを眺めることしか出来ない少女に目をやってから、
「……長老様、僕と日昏と晶納の三名で出ることは」
「…それも、ならん」
 チッと心中で舌打ちして旭は表情をきつくする。この任務に昊を連れて行くのはあまりよろしくない。まだ十三歳の少女に、命懸けで人ならざるものと戦えというのは無理がある。たとえ実力を評価されて例外メンバーの一人に加えられたのだとしてもだ。
 義兄として、妹に辛い思いはさせたくない。
 一度決めたら折れないことを知っている晶納を説き伏せるのは難しい。そして晶納が出るとなれば必然的に他三名も道連れで同行は確定。妥協して男三人で任務を行うことも不可能。
(はてさて、どうしたもんか…)
「あ、あのっ!」
 どうにか昊だけでも外せるように交渉を持ち込もうとした時、ずっと黙っていた昊が声を張った。全員の視線が昊に集まる。
 一瞬だけ喉を詰まらせながらも、軽く呼吸を落ち着けて昊は決意を口にする。
「わたし、大丈夫です。やれます。陽向のお役目、全うしてみせます!」
「…うむ…」
 隷曦が静かに瞼を伏せ、日昏も諦めたように溜息混じりに口元を引き結ぶ。
 それで、この一件は決定してしまった。
「昊…」
「兄様、わたしがんばります。迷惑はおかけしません」
 旭の思惑を読んでいたのか、昊はそう言って気丈に微笑んだ。足手纏いには決してならないと、だから心配いらないと、言外に語る。
「長老様」
 観念して考えを前向きに修正した旭が、隷曦にとある要求をする。
「この任務における、真名の解放許可を頂きたいのですが」
「無論だ」
 これに対する返答は簡潔にして即答だった。さらに続けて、
「この一件、何が起こるか予想がつかん。陽向の宝物殿から神代の一振りを貸し与える。他、必要な物があれば申し出なさい、極力は応えられるように善処しよう」
 神代の一振り、という単語に対し四者四様に動揺を露わにする。
「オイオイ…」
(……もしかして、それって、神代三剣のこと…でしょうか?)
(宝物殿を開くだと?まさか今回の任務)
(…只事じゃないぞ、これは。事は都市伝説だけで済む話じゃないってことか…?)
 かくして、彼ら四人は準備を整えた数日後に出立する。
 目指すは退魔師五人が消息を絶った、件の人面犬が縄張りとしているらしき高速道路の流れる最寄りの街。
 ―――そして、そこで彼らはそれぞれ大きな転換の刻を迎えることとなる。

       

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Neetsha