番外編 妖精界にて 2


 粉砕された木々、燃え広がる大地、散らばる鉄片。
 その中心地で、膝に手を置き息を荒げる青年。
「は、はぁっ…ぜっ!…ふぅ!」
 鍛錬の一環で振り回した刀剣の被害に囲まれる中、アルは最後の締めに一振りの刃を地中から抜き出す。
 抜刀と同時、根元から刀身を薄く覆う水分が飛散し、それは振るう速度に応じて水量を増して行った。
 円舞が如く弧を描き斬撃の軌跡を水が追いかける。一通りを終え、納刀するカチンという音が良く澄んで響く。
「…〝玉散露刀ムラサメ!〟」
 肌を焦がす熱波は豪雨のように降り注いだ冷水に流され、辺り一面の火炎を一掃していた。
「…………、チィ」
 残心紛いの間を置いて、構えを解いたアルが小さく舌打ちする。
 そして手の内には落胆を隠し得ない亀裂音。
 たった数度の起動・発動にさえ耐え切れない贋作名刀は、鞘の中で破砕して役目を終えてしまっている。
(脆すぎる。鍛造が甘いのもあるが一番の問題はやっぱ精鉄練度か)
 伝承に語られる数々の刀剣。それらの性能を模倣し操るのがアルの能力であるが、どうにも付与する性能に器が追い付いてこない感覚があった。
 だから数度振るうだけで壊れる、砕ける。無銘の刃であればこうはならなかっただろう。ただ頑丈で丈夫な剣なら手間暇掛ければアルにも創れる。
 だがそれでは意味が無い。はっきり言って剣術のみに頼ったアルは驚くほどに弱い。『反転』によって新たに得た、魔性を含んだ強靭な身体と異常なまでの戦闘勘。それが合わさりアルの剣術は元来の腕前から数段引き上げられているというだけの話。
 筋は良いと氷の老翁からお墨付きを貰った身であるが、達人呼ばわりされる域に達するにはあまりにも時間が無かった。
 となれば持ち前の能力を伸ばすことが最重要なのであるが、こちらも芳しい状況とは言えない。
 付与性能自体に問題は感じていない。模倣であることで威力が大きく落ちるのは想定内だし、そもそもが神話や英雄の再現を行えるほどアルという妖魔の格は高くない。
 最大の問題にして難関は、やはり。
「……アル」
「ん。―――うぉおっ白!!」
 鎮火して白煙の立ち込める草原(今は荒野)で考え事に耽っていたアルが、袖を引きながら呼ぶ少女の声で引き戻される。視界を落とし、驚愕した。
「ビッシャビシャじゃねぇかお前!離れてろっつったのにさては村雨の水をかぶったな!?」
「……うん。くしゅっ」
 白銀の髪の端からぽたぽた水滴を落としながら、ずぶ濡れの白がこくんと頷く。
 アルの鍛錬に付き合って遠方から眺めていたはずの白が近付いてきている時点で気付くべきだった。斬撃を掠めることがなくて本当に良かったと一安心するが、可愛らしく小さなくしゃみをされてはその安堵も吹き飛ぶというもの。
「部屋戻んぞ!早く熱湯みてぇな温度の風呂に浸からんと大変なことになる!!」
「……アル、それシロ、ゆであがっちゃう」
 この娘のことになるとアルは様子が一変する。戦闘ですらここまで焦燥に駆られる表情を拝むことはまずない。
 そのことに白は苦労をかけていると知りつつも、抱きかかえられた腕の中で、頬を染める仄かな朱と薄い笑みを隠せないのだった。



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 妖精界への帰還後、アルは近衛騎士レイススフォードによって手負いにされた。
 本来であれば負けるような相手ではなかったはずだが、憑百琥庵との闘いで消耗し切った状態では勝てるものも勝てず、傷自体は治っていても体力までは戻らなかったアルが敗北するという結果となった。
 女王筆頭候補リリヤテューリ及び保護対象であるユニコーンの白を無断で連れ去り、あろうことか特異家系の抗争に巻き込んだことでレイス含む妖精界の重鎮達は怒髪が天を衝く勢いでアルを責め立てた。
 無論庇われるだけでなかった二人もこれに猛反発、白に至ってはアルを傷つけられたことで幻獣種たる本来の姿、白銀の仔馬と化して暴れ狂う大騒ぎを引き起こすほどだった。
 当然ながらリリヤも大いに憤慨し、妖魔の死罪すらあり得るとされた処遇を現妖精王との直談判によって取り消させた。そこにどんな激しいやり取りがあったのかは不明だが、危うくリリヤテューリが自らの地位を全て捨てることで有力な次期国主を失う事態にまでなりかけたとか。
 …と、いうのが二日前の話である。

「あーあァ、くっそ。まさかレイスなんぞに負ける日が来るたぁな」
 真円形の浴場の縁に両肘を掛けて高い天井を仰ぐアルの呟きは重く憎々しい。
「……アル、よわってたから。ノーカン」
「お前はどっからそういう言葉を覚えてくんのかね…」
 湯の中で胡坐をかくアルの上にすっぽりと収まる白もまた、同じ動作で顔を上向きにしていた。纏めた髪ごと後頭部が胸板に乗せられ少しくすぐったさを覚える。
「…白、お前。少し髪伸びたな」
 最初は肩口くらいまでだった髪が、今は肩甲骨に届く程度にまで伸びている。
「邪魔じゃないか?なんなら俺が切ってやるぞ」
 何気ない会話の一つとして訊ねてみれば、白は僅かな黙考の後に自分の毛先をいじりながら、
「……アルは、ながいのイヤ?」
「俺か?いや、俺は…」
 アルは白との相思相愛を確かなものと認識しているが、とりわけ彼は少女の白銀を好いていた。
 これからもっと成長して、髪も伸びて、風になびく姿はきっと。
「…見てみてぇかも。お前の長い髪も」
「……ん。なら、のばしてみる」
 くいくいと纏めた髪を引っ張って答える白に微笑みを返す。そんなことをしたって髪が早く伸びることはなかろうに。
 この子も日に日に大きくなっていく。妖精と同じく長命の幻獣種であるだけに身体はまだまだ大差ないが、心が。精神が。
 一丁前に親気分で白のことを見ているだけではいけない。子が大きくなっていくのを満足げにしているだけでは駄目だ。共に日進月歩を築かなくては。
(最大目標はこの子を守り切れるだけの力を得ること。相手が誰だろうとだ。特異家系の化物でも、神格を宿した雲上の存在であっても、必ず守り抜ける。それだけの力を)
 じき、あの氷精からもルーンの基礎は学び終える。小細工を好かないアルにしてみてもあの術式は利便性に富んだものだということは分かる。応用も利くし、基礎を修めるだけでも充分に今後の戦術に組み込めるものだ。
 となれば次は探さねばならない。
 五大属性の内、アルがもっとも得意とし必要とする金行。その地盤、根幹を成すもの。
 決して砕けぬ刃を打つ為の、限りなく頑丈な鉄を。その生成法を。
 模索せねばならない。

 ―――……、

「……ね、アル」
「なんだ、まだ七十一だぞ。ちゃんと百数えて温まるまで湯船を出ちゃいけません」
「……ちがくて。アル、おねがい…あるの」




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「んで、今度はなんだよ」

 仁王立ちで腕を組むアルへと向けられる無数の瞳に乗せられるのは敵意。本来、彼が立つそこは決してそのような不遜な態度でいていい場ではなかった。
 王城・玉座の間。
 広い空間の中心で、判決を受ける罪人のような立ち位置を左右から成る横列の妖精達が牽制がましく睨み据えていた。
 風呂から上がり白の体を拭いた後、いつも通りにベッドで伽話(今回は妖精界に伝わる昔話)を読み聞かせて寝かしつけた直後のことだった。
 いきなり玉座の前まで呼びつけを食らうのは意外と言えば意外だったが、その過程を飛ばした今の状況にも若干の心当たりはある。
「アルムエルド。此度の一件について訊きたいことがある。嘘偽りなく、答えよ」
 左右に立ち並ぶ重鎮連中ではなく、王自らの問い掛けにはそれなりの重みがある。この事態にアルは確信を得た。
「特異家系の話ならもうしたろ。面倒臭ぇから先に言っちまうが、来るぜ?アレらの力はここであろうと及ぶ」
 主語の抜けた文言にも周囲の胸中はざわついていた。中には数名、平静を保っている猛者がいるにはいるが、やはりこの世界の妖精共は総じてこの手の対処に弱い。
「憑百家一派の底知れなさは本物だ。神殺しすら虚言に聞こえねぇ。人外皆殺しを最終目的にしてる連中が、いつ妖精界の結界を突破して襲撃するかもわからんぞこりゃ」
 憑百の〝憑依〟を妖精界自体が持つ侵略者への敵対意思でどこまで阻害できるか分からないが、おそらく弱体の見込みはほぼ無いものと見ていい。そうなれば最悪、あの一人に全滅すらありえない話ではない。
「…他の特異家系で憑百を迎撃するという話だったが、お前の目からは勝算をどう見る」
 流石は一国一界の主というべきか、妖精王は揺らぐことなく情報を引き出す為の問答を続けた。
「十中八九に負けが込む。仮にこの事態を前に陽向を筆頭に人外共おれたちが力を貸したとしても、まあ博打だな」
 そもそも内向的で排他的なこの世界に助力など期待してもいないだろうが、と心中のみで嘯いて、アルはこれを好機と捉えていた。

「王よ。黙して静観するのは些か不味いかと」
「少なくとも妖精界の概念強化、より強固な侵入防止策、…入界点の封鎖も視野に入れるべきでしょうな」
「それよりも連中の駆逐を優先すべきではないのか?近衛を含む精鋭を組んで殲滅に当たるべきだ!」
「丁度、誂え向きにも『フェアリー』が手空きだ。調査に向かわせるだけでも収穫は望める。如何なものだろうか氷々爺ひょうひょうや殿」
「…ふむ。それが王命とあらば、儂に異論はないがの」

 小喧しく重鎮共が議論を交わす中、疲れた様子でそれらを眺める王へ許可も取らず意見をぶつける者が一人。いやその暴挙を平然と行えるのは一人しかいない。
「俺が出る。他は精々この世界の守りでも固めてろや」
 一歩前に出て、片膝を着いて玉座を仰ぐ。形だけのポーズでも必要だと判断したからだ。
「王サマよ。俺一人で事を収められるなら安いとは思いませんかい」
「…聞こう」
 無断な行為に周囲が怒号を上げかけたところを、厳かに促した王の一言が押し潰した。
「今外の情勢に一番詳しいのは俺だ。そしてこの国にとって失ったところで損得が動かないのも俺だ。いやアンタらにとっちゃ消えてくれた方がむしろ得か?まぁなんでもいい、とにかく俺にも連中に私怨はある。陽向との共戦も面識ある俺のほうがしやすい。一番槍を俺に任せてくれりゃ、少なくとも妖精界の態勢を磐石にする程度の時間は稼げることを約束します」
 提示するのは国のメリット、そして自身の益。両方を示すことで国の忠義に薄いアルの言葉に説得力を持たせる。ただ、発言の半分以上は事実と本音であることも確か。
 メインは二つ。アルという駒の有用性を誇示し、迷惑を掛けたリリヤテューリへの被害を払拭すること。将来仕えるべきに相応しいと感じる彼女への忠がそこにはあった。
「アルムエルド。お前はそれだけの重責を果たせるのか?」
「下手にこの国の編成部隊に組み込まれるよか、よっぽど機敏に動ける自信はありますわな」
「なら、それに見合うだけの褒賞に何を望む」
「何も」
 ザワ、と端的に答えた妖魔の気配が鋭くなる。敵意も殺意も放ってはいないというのに、横列の端に立っていた近衛隊長が握る剣に力が込もった。

「退屈だ、つってんですよ王サマ。負け戦でもらなきゃ気が狂いそうになる。あんだけの敵と闘わせてくれるってんなら値千金にも勝るってモンだ」

 気が狂いそうになる。そう言ったアルの様子こそをが狂気に満ちているとは誰しもが思ったこと。
 妖魔アルムエルドは『反転』によって闘争の狂気に呪われた者。そういうモノであったのをこの時全員が再確認させられた。
「だからやらせろよ、次こそは勝つ。次こそは殺す。必ず俺達が勝つ、狩るだけだと思ってる連中に、目に物見せてやる」
 これがもう一つのメイン。片膝をついた状態からでも喉元に冷えた刀身を押し当てられたような錯覚を誤認させる妖魔の存在は純粋に滅魔の滅却に臨んでいる。
「……」
「ハッ」
 王の沈黙を肯定と(勝手に)受け取り、立ち上がる。踵を返し出入り口である大扉へツカツカ向かう退出がてら、
「んじゃ、準備が整い次第また出ますわ。白連れて」
 またそんな、場を騒がすことを言うものだから。

「オイ待て妖魔!」
「だからユニコーン殿を勝手に連れ出すなと言っているだろうに馬鹿か貴様は!」
「さてはお前一人で事を収める気無いだろ!」
「いい加減にしろ憑百の前に貴様を討伐対象に入れるぞこの悪魔!!」
「黙れクズ共!俺とあの子は一心同体なんだから一人で合ってんだよ!!」
 普段厳かな空気をもって静謐を保っている玉座の間が、これほどまでに騒音で満たされることはそうそうあることではない。
「…まったく」
 妖精王は心労に堪えかね、静かに片手で顔を覆った。



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 本当はアルも置いていくつもりだった。前回の一件で危険度は跳ね上がり、次同行すれば前以上に命の保証は無かったから。
 でも。

「……おねがい。シロも、つれてって。おいてかないで」
「無茶言うな。守り切れなかったら死ぬんだぞ」
「……アルの、めいわくなのは、わかる。…じゃまなのも、あしでまといなのも、しってる」
「それでも俺と来るのか。お前は賢いのに、全部分かってるのに」
「……いっしょに、いたい…」

 出会ってからこれまで、一貫してただ一つの我儘だけを言い張るから。
 こんなドス黒い、気味の悪い妖精崩れを慕って寄り添ってくれるから。
 断れるわけがない。
 生み出す剣は模造ばかりで、一振りだって折れないものを創れない男にも、不朽と誇れる剣を持たせてくれた娘だから。
 アルムエルドは、その生涯を懸けて少女を守る剣であると誓った身だから。
sage