Lovely Fairy with Me
(いしまつ先生:「維嶋津」名義)


最近聞きかじったことだけれども、
SFの面白さは「センスオブワンダー」であるという。
大雑把にいえば、それは「不思議」さへの感動や驚きといったものであるようだ。

しかし、『Lovely Fairy with Me』が私に強く与えた印象は、
不思議というよりはむしろ強烈なリアリティ、それも
「最凶のリアリティ」というべきものだ。
未来技術、SF要素はむしろそれを補強する道具として用いられている。

本作は、高度に発達した美少女育成アプリをテーマにした作品だ。
そこでは、様々な技術進化により、プレイヤーは美少女たちに「会う」ことができる。
物語は、このアプリに入れ込み、廃人となったある人物の末路の描写から始まる。

主人公は、地方都市から都心部の大学へ進学し、その後区役所に就職した公務員。
勤務3年にして帰省した彼は、高校時代の友人が廃人となって死んだことを知る。
その真相を探っていくのがこの作品の主な筋である。

本作が、私に感じさせる強烈なリアリティは次の二つである。
その一つは、「美少女アプリ」の内容である。

 これは、今でもTVでCMされているような、スマホの美少女育成型アプリを土台に、脳波、血流測定と音声認識、脳電気刺激デバイスによる触覚等の再現、発達したAIによって、プレイヤーと美少女キャラクターとの、双方向的で高度なコミュニケーションを実現させたものである。

 実のところ、私自身はこの種のゲームをやったことはほとんどないのだが、技術、設定、社会的反響その他に関するディティールが無理なく説明されており、「ありうる未来」としての説得力を高めている。また、試みにこのゲームをはじめる主人公が、いろいろ疑いながら、抵抗しながらも、このゲームに魅かれていく描写は、読む者にリアルタイムでゲームをプレイしているような臨場感のあるものだった。

 もう一つ、私個人を揺さぶったリアリティは、主人公の心理描写である。本作のモチーフを、私なりの言葉で示すなら「置いてきた過去からの復讐」である。うまくいっていたはずのコミュニケーション。このことが、大きな仇となり、人を傷つけ、自らの心も閉ざす。

 そこへ至る主人公は、その家庭事情、また転勤族子弟特有の「処世術」を備えた、非常に特殊な存在である。その「しっぺ返し」もやはり特殊である。しかし、彼が経験したこと、彼の悔悟、ミスには、非常にリアリティがある。生地を離れた、あるいは進学や就職を機に環境を変えたものには、こうした「置いてきた過去」は多かれ少なかれ身に覚えがあるように思われる。例えば「過去のいじめの復讐」が非常に古典的なホラーのテーマであるのは、この種の後ろめたさに呼びかけるものといえる。この作品の場合、「うまくいっていた」と主人公が思ってたところが、また一段の実感を、そして恐怖を誘う。「小さな違和感」「小さなすれ違い」は本当に小さなものであったか、と。

本作において、SF要素は、そうした人間ドラマの舞台装置として用いられてる。
そして、その試みは非常に成功している。
将来予想される魅力的なテクノロジーが、いかに人を導くか、傷を広げるか、昔の名作漫画のことばを借りれば「心のスキマ」をつくか。
ドラマとして完成度は非常に高い。

他方、このような魅力があるだけに、もう少し希望を述べるならば、
主人公が、ヒロインに魅かれていく過程をもう少し克明に、しつこく描いてほしかった。
主人公は、なぜこうなるのか、技術的な要因、主人公側の要因、環境、要素は揃っている。また上で述べたように、その技術の臨場感を描く筆力も素晴らしい。それは、私を「どきり」とさせるものだった。しかし、それだけに、物語の後半、結末に向けて変化していく主人公の心を、プロセスの描写

技術の限界を冷めたように観察する、あの態度はどこに消えたか、
ヒロインが担ったミステリ要素は、主人公の心にどう響いたか。
その過程の説明には確かに不足はない。けれども、その臨場感にもう少し酔いたかった。

要するに、「私ももっとこのゲームにはまっていたかった」のである。