◯帰還者に向けたよりよい生活の手引き——『第三章 :コミニュケ ーション 』 |維嶋津

かなり実験的な作品。
その概要については、紹介文の解説が優れているのでまずそれを引用したい。

「『帰還者 (以下略 ) 』は 、人類の変容に立ち会えなかったことにより新人類とのコミュニケ ーションが成立しなくなった旧人類に対して行政が用意したガイドブック … …という体裁の短編である 。

世間の 『常識 』になぜこんなにもとらわれているのか 、ふと不思議な気持ちになったことはないだろうか 。誰が悪いわけでもないのに居場所がない 、善意の人間から 、当然のように劣っている存在だとみなされる … … 。そんなもどかしさを描いた作品だ 。」

この文を読んだ時、正直気が緩んだ。現在の常識とは外の世界、それは私たちの目にどのように写るのか、というテーマ。「ふふ。なるほど、よくある思考実験だね…藤子不二雄のSFを愛好する私にとっては馴染深い」などと思ったものだ。

しかし、マニュアル本体の記述がはじまると、その舐めた態度を改めることとなる。

本文は、想像を三段階ぐらい越えて理解不能だった。
常識を別の角度で、という以前にまず言葉自体が理解不能。

なんといっても、小見出しであり中核規範が

「韭尓ョツ ゜」である。
どう読んでいいのかさえわからない。
そして、その基本概念が「嘉数」であるという。
その他、「冕閇」、「鼻丙葬率」、「夘況」など読み方さえわからない単語が次々並ぶ。難しい技術の専門書、外国語のテキスト、数学の本などを読んだ時のあの感覚が蘇る。

当然、そのあたりはパラパラと読み飛ばすほかないのだが、おおよそのマニュアルがそうであるように、ほどなくケースの紹介に入る。もちろん、そのケース自体も難解であるが、なんとなく言いたいことはわかる。何事も「ケース」から読むべきだ。

というか本書の特徴は、まったく理解を受け付けない概念と言語を駆使する一方で、なんとか読者の意識をつなぎとめれる程度の「易しさ」、「短さ」を 備えているということだ。なんとなく、作者自身の常識感覚、感じている不自由、そういった「テーマ」が透けて見えるような、そういう

本冊子の所収作を通じてSFとは読者自身に
「頭良い」という錯覚を与えるか
「バカ」と思い知らせるか
などということに思いを馳せたが、
本作では、実にSFの真髄とは
「読者を突き放すと同時につなぎとめる」
その技術にあるのではないか、などということを考えさせられた。
ほどよい飛躍とほどよい常識、体感とのバランス、塩梅。

面白いと思った。

そもそも、これだけの架空世界の文字化けしたような言語や規範体系、いったいどのように組み上げたのか、また現代語との 整合はどのようなものか。やはり、野暮は承知で答え合わせを聞いてみたいものである。

以上