Neetel Inside 文芸新都
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じんせいってなんですか?
サマー・スリープ

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サマー・スリープ



 夏は死を象徴する。

と、教科書に載ってあったので、僕はすっかり鵜呑みにしている。確かに夏の暑さは殺しに来る。暑さで蒸されていく脳は死んでいっている気はする。いいや、多分。…僕のある可能性としては確実に死んだ。
夏は人を殺した。
それは瞬間的だった。日差しに人が溶けた。氷が水になるような感覚ではなく、綺麗な粉になって溶けた。…溶けた、と形容するべきでないのかもしれない。
舞い散った、といった方が正しいのではないのだろうか。教室にいたクラスメイトは太陽の日差しに浴びた瞬間に舞った。舞った香りは干したばかりの布団。キラキラと赤く。赤いのは血? 
その瞬間を見ていたもう一人のクラスメイトは、星空みたい。とても綺麗ね。と目を爛々と煌かせながら言っていた。
校庭にはクラスメイトが着ていた体操服だけが取り残された。目の前に立っていた松山くんも粉になって気化した。いつも口うるさい体育の教師さえもジャージを残して実体は消えた。
皆、夏に殺されてしまった。
家の門前にいつもいる愛犬も首輪だけ残して消えていた。コイツの場合は気化したのではなくただ単に脱走したのかもしれないが。家のリビングもなにもなくなっていた。
帰ると挨拶をする母親も、テレビを付けるといるアナウンサーも何もかも消滅をしてしまった。消えた理由は定かではない。日光を浴びると人間が消えただなんていう馬鹿らしい有り様なんてどうなのだろうか。嫌なほど暑い。暑いので眠くなってしまった。エアコンもつかない。水も止まってしまった。
…とりあえず、目を瞑った。とても眠かったので。
目が覚めても世界は何一つ変化などしていなかった。
むしろ夢の方が、現実味があった。いつものような日常こそ、やはり僕の中にある現実に相応しいのだ。今目の前にある現実はどうなった?
(殆どの人間が夏に殺された。) 
現実とは非情だ。もしかしたら暑さで脳がやられているのかもしれない。もう一度寝れば夢こそ現実に成り代わるのではないのか。脳に満ちていく期待感。その期待感に、裏切られた時は? 裏切られた時は、僕はどうすればいいのだろうか。圧し掛かる不安感が肥大化していくのが分かる。もう一度、もう一度だ。目を瞑る。何とかしてこの夢から覚めないといけない。そうしないと、僕はこの夏に殺される。
いくら寝ても目が覚めても現実は現実のままであった。本当にどうしよう。不安感が全てを呑み込んだ。
とりあえず外に出よう。行動してみれば少しはこの不安感も掻き消えてくれるかもしれない。僕は通学用の鞄に温くなった水と食器棚に詰められていた菓子類を適当に詰めた。あと、帽子。日光を浴びたら僕までも消えてしまうかもしれないからだ。帽子を深く被り、通学カバンを背負って未だ明るい外へと出た。
まだ昼は明けない。僕自身がずっと寝ていたからかもしれないが、時間の感覚が狂っているのが分かる。
あの日から何日が経ったのだろうか。もしかしたら綺麗、だなんてぬかしていたクラスメイトも消えているのかもしれない。もしかしたらこの世界で一人になってしまった、だなんて。…変な事を考えるのは止めた方がいい。
その思考一つで精神が参りそうになる。どうしてか日は暮れない。いくら歩いても日は一向に傾こうともしない。このまま日は昇り続けているのか。鞄から水を取り出し喉に通した。生きた心地が全くしない。
もしも本当にこの世界で一人きりだったりしたら。全員消えてしまっていたのならば…。僕はどう思いながら生きればいいのだ。蝉の鳴き声さえも聞こえない。風が靡く音だけが耳を通った。また眠くなってきてしまった。
僕は本当に寝ていいのだろうか。ここで寝てしまったら人類滅亡だなんていう事が起きてしまったら。でも、目を瞑ってしまった。
そうして、永遠に目覚める事はない。
世界は滅亡した。


「―――実験終了です」
声と共に、ブザー音が鳴った。部屋一体が冷凍施設になっているのか、部屋にいる者は全員厚着であった。
実験の結果としては、成功。一人の人物はそう断言した。
冷凍施設に幽閉されている高校生の少年は――、生きている年齢としたら高校生に値する少年は、生まれてから永遠に眠り続けていた。彼の親族はずっと彼の死を望んでいたが、誰も彼を殺せなかった。だが、彼は今ようやく死を迎えたのだ。
ずっと望まれていた、幸福な死を迎え入れた。
「彼は、寝ている間、どんな夢を見たのでしょうか?」
「さぁ。でも、彼は、ずっと一人だったんじゃない?」
冷凍施設の外では、延々と蝉が鳴いている。

       

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