Neetel Inside 文芸新都
表紙

じんせいってなんですか?
ゆりな、死す

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「あん、あん、あーん」
安ホテルに響く嘘くさい喘ぎ声。
客の指は中に仕込んであったウエトラ液で濡れていた。黄ばんだシーツが濡れて少し蕩けている。
中を掻き混ぜるぐじゅぐじゅという音。
遠くから聞こえる有線の音。
もっと遠くから聞こえる甲高い女の喘ぎ声。
もっともっと遠くから聞こえる何かのノック音。
ドン、ドン、ドン、ドン。
もっと静かに叩け。
ドン、ドン、ドン、ドン!!
もっと静かに。
少し目を話した隙に股間にあるものはピンと勃っていた。勃起しても私の親指二つ分の太さと大きさ。随分ご立派。
「ねぇ、ゆりなちゃん。早く舐めて。ベロベロに舐めてえ」
ハアハアと荒くなっていく息。キスをされた。
スーと伸びる粘っこい唾液。腐った卵の匂いと腐った肉の匂いが私の口の中で混ざり合って作りきった笑顔がポロポロと崩れ落ちていく。
「あははーいいですよー」
舌先で舐めた。ツンとした生臭い匂い。ボディーソープで念入りに洗ったはずなのに不快な匂いがして鼻を塞ぎたくなった。てか塞いだ。
「あっ、ゆりなちゃん、上手いね、すぐイッちゃいそう……」
死ね。
ぺろぺろぺろぺろぺーろ、出る、出ちゃうー、どぴゅーどぴゅー。
「ゆりなちゃん。ねぇ、ゆりなちゃんってなんでこの仕事してるの? エッチなことが好きだからあ?」
死ね。
馬の耳に念仏。寝耳に水。どれも意味が違うけど気分的にはそんな感じ。
てか出すもん出したんだからさっさと帰れ。と心の中で愚痴りながらピッピッピッピッとタイマーを早めた。二十分くらい。
今日も私の見える世界は狭いな。
ピンクの光がチカチカするラブホでキショい男から金をむしり取るだけの世界。
そのキショい男は私と店の外で会いたくてセックスしたくて金を沢山積む。ツムツム。連鎖してもこの男は消えない。
お前なんかとセックスしたらこの世の終わりだよ。ハルマゲドーン!客のお前の頭部もハーゲ!ハルマゲドン!ワハハ。ははは。はーあ。
ハルマゲドンに巻き込まれて死ね。
帰りに車に轢かれて死ね。
風俗行ってることが母親にバレて社会的に死ね。
そして二度と会うことは無いでしょう。ごきげんよう。さようなら。
「お時間でーす。帰りましょうかー?」
「えぇ、やだぁ、ゆりなちゃんのおっぱいちゅっちゅ吸いたいしゆりなちゃんといっぱいちゅーしたいしゆりなちゃんの体ぺろぺろして感じさせたいし、ゆりなちゃん、ねぇえー!」
死ね。
普通に死ね。
「延長ですねー。はーい。追加で二万でーす」
お気持ち料として勝手に一万円上乗せしました。

「今日も一日お疲れゆりなちゃん! 今日もリピーターさん沢山呼んでくれてありがとね! 流石お店ナンバーワン!」ヤニで汚れた黄色い歯をキラキラと見せながら笑うボーイ。
私の機嫌を取る前にホワイトニングに行けよ。いい歳してそんな身なり。見てるこっちが恥ずかしい。
「分かったんで今日のお給料精算して下さい」
「今日は三人で……はい、お疲れ様でした!」
諭吉が四人と樋口が一人、野口が二人挨拶してきた。合計七人。今日の私の親友。親友と書いて心の友と呼びます。
「お疲れ様でした」
大学生の時に付き合っていた元彼から貰った安物の財布に入れる。
「写メ日記もよろしくね!」
「写メ日記書きません。今日これで辞めます」
「え?」
「辞めます」
ぐにゃりとボーイの顔が歪む。
そーそー。こーいう顔が見たかった。
「え? なんで? ゆりなちゃんお店ナンバーワンだし、ナンバーワンだし、いや、今辞められたらお店的に困る、え、何が嫌だったの? ゆりなちゃん」
「いや。辞めたいから辞めるだけですけど」
ぐにゃぐにゃと崩れていくボーイ。それを見てニコニコと笑う私。対照的で美しい。まるで黄金比。
「それではごきげんよう。二度と会いません」
ニッコリと笑ってあげた。その時ボーイがどんな顔してたかよく見えなかったな。うーん見たかった。目に焼き付けたかった。
目に焼き付けてどうするかって? ふふふ、今日のご飯も美味しいなって笑うの。憎きボーイのあの顔ごちそうさまでーす! もぐもぐ! ってね。ワハハ。

さて。
源氏名ゆりな、本名坂口菜々子、今日で風俗辞めました。
風俗歴は三年前の冬にパッとはじめて、貯金額はざっとウン百万円程度。
過ごした時間にたいしては、安すぎる残高に預金通帳が笑っている。
そもそも風俗を始めた理由はエッチなことが好きだからなんかじゃない。いやそんなの当たり前。エッチなことが好きで始める女の子なんてこの業界ほぼいない。いたら紹介してくれ頼む、私が指名したい。指名して高いホテル取ってシャンパン持ってオシャレな夜景を見ながら乾杯してチューをしてあげるの。
閑話休題。
まぁ風俗始めた理由はお金が欲しかったから。ただそれだけ。
でもお金が貯まれば貯まるほど心に穴が空いていった。仕事が終わってお風呂に入る度に血が出るくらいまで肌を擦る。客の手垢まみれの私の肌はいくら洗ってももう元には戻らない。
朝帰りの時に小学生の集団登校に巻き込まれる。その小学生たちの顔は現実と未来に希望を持って持ちまくって毎日生きています! って顔してる。私の顔は真逆。現実と未来に絶望を持って持ちまくって毎日生きています。まぁそんでねーその小学生たちを見てこう思うの。何人の子らが私みたいに堕ちてくるのかなあって……。最悪だよね。心まで醜くなったら女として終わり。
鏡を見る。良いコスメを使って綺麗で可愛くなってるって友達に言われた。
鏡を見る。友達の嘘つき。
その友達は普通の男と結婚してもう子供も二歳なんだって。普通に幸せなセックスして子供産んで幸せになりたかった。薔薇で敷き詰められたバージンロードを純白のウェディングドレスで舞いたかった。
永遠に私の汚れは取れないんだろうなあ。
はーあ。とりあえず貯まったお金でどっか行こうかな。
どこに行こう。イタリア料理食べたいからイタリアにでも行こう。
パスポート持ってないや。ははは。はーっはっは。
私の人生何やっても上手くいかないな。
そうだ。ベネチアに行こう。
ベネチア運河を見て私の心は浄化されるの。イタリアは綺麗だから。汚い金で着飾った私よりも綺麗だから。
そして、
ベニスに死す。

       

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