Neetel Inside 文芸新都
表紙

じんせいってなんですか?
ハロー、ハッピー。

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 僕は夏が怖い。小さな僕はずっと布団に包まりながら夏にひたすら怯えていたんだ。蝉の鳴く声、茹だる暑さに……。今思い返しても理由はそこまで明確ではない。
ただ二十を過ぎた今でも夏という季節に怯えているのは馬鹿らしいとは思わないか? いいや、この問いは同調を促しているものではないんだ。こんな醜い恐怖を抱いた奴に同情するっていう奴の方がおかしいからね。僕は逆に同情した奴を同情してしまうよ。
でもさ、ただ……。どうして僕はそこまで夏に怯えていたのかが覚えていないんだ。不思議だろう? こんな年になっても怯えているんだからハッキリと覚えているはずだろう? 
例えばそう。君のトラウマはなに? …………。自転車に乗れない、それはどうして? …………。ふーん、骨折したから、ねぇ。ほら、僕より鈍間な君でさえトラウマの起因ははっきりと覚えているだろう? 
なのに、どうして僕は覚えていないんだろう。あぁ、馬鹿な自分が恨めしいよ。
あ、コーヒー、おかわり、する? ケーキだって食べていい。何でも食べていいよ。今日から君は僕の彼女なんだから。いっぱい食べる姿が僕の幸せー、なんてね。アハハ、惚気すぎたかな。まぁ、これが僕の秘密だよ。だから夏はずっと一緒にいよう。今年の夏はもう終わったんだけど…、どうせ来年はある。来年からずっと一緒にいれば僕の怖さも軽くなるからさ。
……ほら、もう食べないんだったら出よう。君の行きたいところに連れて行ってあげよう。どこに行きたい? 
教えてくれたら、僕はもっと幸せになれるから。

     

 たった今、数時間ほどいた客はようやく店から出て行った。私はコーヒーのカップを片す。殆ど残っている。残っていると洗い物が面倒なのに。ケーキもほとんど食べていない。ラストのケーキだったのに。もったいない。むしろ私が食べたいぐらいだ。でもまぁウェイトレスにそんなことは許されるわけもなく。私は黙々と片付ける。もくもくと。もくもくもく……。
「あ」そんな私は本当にうっかりしていたのだ。
さっきのお客さん、レジ袋忘れている。何か粉? 砂糖かな。うーん、どうしよう。何とかして届けないといけない。だってさっきのお客さん常連ってわけじゃないし、あんまり来ないから、あぁ、困ったなあ。行くしかないのかぁ。
「てんちょー、おきゃくさんわすれものー、とどけまぁーす」と呑気に声を出して私は店から飛び出した。店長もオッケーって言ってくれるでしょ。たぶんだけど。
あー、あんまり遠くに行っていないといいけどー。

     

 忘れ物をした。
あぁ、どうしようか。浮遊感が漂う交差点でようやく気付いてしまった。今更戻るのも気が引ける。どうしようか、ねぇ、君。どうしようか、人混みが鬱陶しい。君に渡されていた飴を口の中に頬張る。ハッカが喉に劈く。
あぁ、ごめん、心配そうな顔しないで。大丈夫だから。だって、夏はもう終わってしまうんだ。僕の心配する要素は一つも残っていないだろう? 君が心配することじゃない。だって、そうだろう? 
あ、ごめん、鼻血? おかしいな。なんで鼻血なんて出たんだろう。どうしよう。暑さにやられたのかもしれない。
だって、夏だから。とても怖い夏が。夏。ナツって、なんでこわいんだろうね。なんで、なんだろう。君がいるのにぼくはしあわせにはなれないのか。
そう考えたら僕はまだしあわせにはなれない。こわい。こわいなー。とっても、いやだなー。こわいなー……。ねぇ、こわいねー。きみがてをつないでくれているのにー、あたまが。こわいなー……。

     

交差点で人が倒れたらしい。
道路は騒然としている。その倒れた人がさっきお店にいた人で……。急に鼻血を出して真っ青な顔で倒れちゃったみたいで……。
怖くなったから私はレジ袋を目の前にあったコンビニで捨てちゃった。隣にいた男はあの様子はおかしいって。何がおかしいんだろう。私にはよくわからなかった。
……よく考えても仕方ない。店に帰ろう。うん、まだ、片付けが終わってなかったし。カップ一個のみだけど、置きっぱなしだし……。寒いし急いで帰ろう。私はきっとヤなもので見ちゃったわけだし。
あーあ、早く、夏にならないかなー。夏になっちゃえばいいのになぁ。

       

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