まとめて読む

一人大いなる妄想癖を抱いた少女が、日本にいた。
少女の名前は「モリオカ」である。
金髪白服ロリータ、ピンクのカチューシャの彼女の手元には、常に数え切れぬほどの童話が抱え込まれていた。ティンカーベル・・・くまのプーさん・・・白雪姫・・・眠り姫・・・、これらは作家による「妄想」の産物である。
ティンカーベルの周りにはピーターパンが海賊相手に冒険を繰り広げ、くまのプーさんではぬいぐるみのクマが意識を持って、持ち主であるクリストファー・ロビンと娯楽に興じたりする。いずれも、実現しない空想の物語である。

時折、こういう文字列を突然変異で真に受けるヤツがいる。

勇気と希望の物語である。愛と平和の物語である。決して現実には現れないからこそ、文庫を出版して「優しい世界への現実逃避をする気晴らし」として成り立つ商売だが、これを現実とゴッチャにしてしまう愚かな者が、時折いるのだ。その連中の頭には、常に悪を討伐する超人的なヒーローが在中し、超自然的な現象で運命の恋人と結ばれるような「日常生活が訪れるはず」だと、常にリアルと妄想の中を、風景に見たり、自然に見たりと行ったり来たりしている。

「モリオカ」もその一人であった。
数多くいる「文庫妄想民」の一人である「モリオカ」は、常に白馬の王子様を待っていた。赤い糸で結ばれた小指と小指の先が、どこか遠く知れずの人に繋がっているという、よくあるシンデレラ・ドリームな妄想である。この妄想を具現化させるには、どんな奇行もやってのけた。

町で声をかけられた男に、処女を捧げた。フィーリングである。モリオカの脳内には、白馬の王子様がやってくる事しか書き込まれていない。可能性を感じて、ラブホに足を踏み込んだ。中に出されて、15万ほど損をした。
次はホームレスの男性とやった。金銭のやり取りがあったのでら、側から見れば円光という事になるだろう。しかしそのホームレスは優しかった。モリオカの脳内にいる白馬の王子様に、クリソツだったのだ。モリオカに躊躇いはなかった。中に出された。14万ほど損をした。

モリオカは白馬の王子を一途に信じていた。現実には体目当てでクソほどクソな男がハイエナの様に現れ、ほとんど無抵抗に、犯されまくった。何故なら、その男の中に白馬の王子様がいるかもしれないからである。しまくった。しまくった。しまくった。そして、捨てられた。運命の相手は見つからない。

モリオカはヤリマンとして親戚から縁を切られた。セックス依存症のキミ悪い女として、敬遠され始めたのである。しかしモリオカはいつでも気分は処女だ。何故なら、肉体関係のみで、恋愛は成就していない。運命の相手と相思相愛になったときこそが「オトナの女性」なる時だからだ。

モリオカは安アパートに住んでいた。隣の住民は冴えない男。ダボダボのTシャツに黒ズボン。喋りかけると口籠り、「フヘヘ」と一発、意思のはっきりしないヤツである。
モリオカは回覧板を回しに、冴えない男の玄関へと訪れた。
玄関先にチラ、と見えたのはヨージェ・ティスニカルというそれなりなマイナーな画家の画集であった。モリオカ、その画家が大好きであった。男に問いかける。
「ティスニカル、好きなんですの?」
「ええ・・・まあ」

モリオカはそれだけで恋に落ちた。好きな「絵画」で繋がっている。それだけでもう、飛び上がるほどに嬉しかった。今までの雑多な男達にはない「共通の趣味」がなによりの決め手であった。モリオカはその場で男にプロポーズした。男はとりあえず、モリオカを部屋に上げた。体裁よく犯された。
モリオカが調べるうちに男の実情がわかってきた。名前は「剛堂亜」。風変わりな名前で、実親からは縁切られている。随分と身内からは冷徹な視線を浴びている様である
。風貌は中の下、そこまで悪くないにしても自己評価は低いらしい。テレビや雑誌、何につけても、皮肉、中傷しか言わない。ネットの掲示板やツイッターに入り浸りである。
そこでも何かしら他人に浅はかなオベッカを使って、結束しては芸能人なんかの炎上を楽しんでいる様子である。バイトは定まらずに転々としているようだ。また、他人への疑心暗鬼は根深い。

モリオカは剛堂亜が好きだった。なにより、脳内の白馬の王子様と混同させていたのかもしれない。剛堂亜のなすがままに犯され、たまには暴言を吐かれても、嬉々として剛堂亜に尽くしていた。運命の相手だからだ。手元にある童話の通り。赤い糸で、結ばれる。

モリオカが剛堂亜に奉仕する日々の最中に、剛堂亜は煙たがりを覚えてきた。
このモリオカ、散々こちらに意見してくるのである。「健康には気を使ってください。カップヌードルは3日に1回」「掲示板の書き込みは、あまり良い趣味ではありませんよ」ベラベラと、口喧しい。剛堂亜、適当な性の奴隷であるこの女に、実生活まで口出しされるのは辛抱たまらない。鬱陶しく思えてきた。元来、ネット脳であるこの男は、他人への罵りなどあまり罪悪感を覚えない。ましてや相手はセックス依存症の貧弱な女。何を恐れる必要があろう。「邪魔だから死ね」と言い放ってやった。

モリオカは沈痛な面持ちで言った。
「死にましょう。貴方が望むなら、私は死にましょう。私だって死ぬのは恐ろしいが、運命の相手である貴方がそう望むなら、命だって捨てても惜しくありません。これがどうでもいい他人の言葉なら、あっさり聴き流すでしょう。でも私にとって貴方は大切な人です。決して見返りなど求めません。決して憎みなど、毛ほども思いません。無償で私の命を望むままに捨てます。むしろ、誇らしいこの上ない、貴方への愛情表現だとすら思えます。ただ、私の死後は、あなたが望むままに命を捨てる人間がいたことを、忘れないでください。人は奉仕をするのです。信用に値するのです」

無償の奉仕。モリオカは家を飛び出した。剛堂亜は追わなかった。モリオカはドラッグストアで適当に錠剤を買い漁ると、洗剤と一緒に飲み干した。モリオカはあっさり死んだ。
手元には「憎みなどありません。悪いのは、人を中傷するまでに彼の心を歪ませた、時代です。彼には愛情が必要でした。私は、彼の求めるがままに、死にます。愛する彼の言葉を真摯に受け止めたからでございます」
モリオカの死体は微笑んでいる。無償の奉仕。人類への恋愛、成就せり。