Neetel Inside ニートノベル
表紙

ケツのあなぐらむ!
第二話 ちょっぴり尻アス!

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 ワタシは闇の中にいる。
 まだ、いる。
 そう。意識はズブズブと沈み込んでいくけど、なかなかプッツリ途切れることがなかった。
 これは……要するに、尺余りってワケ。
 困ったわ。
 だって、今わの際だからって、ずっと黙ってるのも勿体なくない?
 ……あっ。
 そういえば、自己紹介がまだだったわね。
 ワタシの名前は打田エイト。もちろん、本名じゃなくて偽名よ。
 なぜ偽名を名乗ったかというと、それは、ワタシの職業に深く関係してる。
 月一のペースで性転換手術を受けるお金があるのも、実は、そのことに由来してるの。
 ワタシの職業、それは……
 それは……
 ……
 ……いやね。
 別に、この際だから白状しちゃっても良いのだけど、おかしいと思わない?
 だってワタシ、とっくにあの世に逝ってもいい頃よ。
 それなのに、こんなにダラダラと意識が途切れずにいるということは。
 
「エイトさん!」

 闇がパックリと裂けて、視界が少しずつ戻ってくる。
 目の前には、センセイの孫、「ミナミちゃん」の姿があった。

「あれ……? ワタシ、生きてる?」
「よかった……。ちゃんと生きてますよ! 本当によかった……!」
「ミナミちゃん……? あなたが、助けてくれたの?」
「はい! 血がいっぱい出てて大変でしたよ! も~!」
「……ミナミちゃんって、確か、まだ、高校生よね?」
「はい! ……はい?」
 
 二回目の「はい?」は、死の淵から生還していきなり何言ってんのこの人? ってニュアンスが含まれてたわ。
 ま、野暮なことを突っ込む前に、確認しないといけないことがある。
 
「あの、センセ、……おじいさんは?」
「……院長は、亡くなりました。老衰でした」

 ミナミちゃんは実の祖父を「院長」と呼ぶ。

「そう……」
「けど、ちゃんと遺言どおり形が残らないよう処理しときました!」
「処理って、あなた」
「えっ?」

 ミナミちゃんはとても素直で明るい子で、ワタシのお気に入りなんだけど、環境の所為か、倫理観が一般人とかけ離れてる。
 だって普通の女子高校生が、遺言とはいえ実のおじいちゃんの遺体を粉々にして処理できると思う?
 また、仮にそういう処理ができたとして、まっとうな精神状態を保てると思う?
 絶対無理。
 でも、この可愛らしいショートカットの女の子は――それが、できてしまう。
 ま、だからこそ、こんな男だか女だかわかんないワタシに対しても、変わらず接してくれるのだろうけど。
 
「エイトさん、私どこかまずかったですか!?」
「なんでもないわ。それにしても、死に場所がオペ室なんて、センセらしいわね……」

 センセイとは、だいぶ長い付き合いになる。
 なんだか、しんみりするわ。
 だって、ワタシが初めて性転換手術を受けたのもこの医院で、以来お世話になりっぱなしだったから。
 と、ようやく命の次に大切なことを確認してないことに気が付いた。

「そういえば、ワタシの、っと、その……」

 中途半端な「それ」を、なんて呼んでいいか困った。
 それを察したミナミちゃんが代わりに、

「おまんちん?」
「そうそう、おまんちん。……おまんちんってなによ? 女子力の底辺みたいなワードね」
「えへへ」
「ほめてないし……。いいわ、おまんちんは――」

 ワタシは、工事途中の「おまんちん」が、「おちんちん」になっていることを期待して、股間に手を伸ばした。
 ミナミちゃんに(非合法ながらも)手術する能力があるなら、ワタシが血の出すぎで気を失ってる最中に、チャチャッとやってくれた可能性がある。
 というか、ミナミちゃんの性格からして、その可能性はとても高い。
 ワタシが出血多量で死にかけていたとしても、「止血のついでだし」って感じで。
 果たして、「おまんちん」は――

 ――「おまんちん」の、ままだった。

「えっ?」
「どうかしましたか?」
「ミナミちゃん? ワタシの……」
「はい。止血しましたよ?」
「それだけ?」

 沈黙。
 何かあるなと察知して、ワタシは追及する。

「ミナミちゃんの腕なら、おちんちんをつけることだって、できたでしょ?」

 もちろん根拠なんてなくて、完全なるハッタリ。
 しかも、別にミナミちゃんには何も非がない。
 むしろ助けてくれてありがとう、なのに。
 ワタシは、ワタシの勘に従ってさらに深く追及する。

「どうしておちんちんをつけてくれなかったの?」

 沈黙。
 ワタシが質問を変えようとして口を開こうとしたその時。

「取引です」
「はあっ?」

 まさかミナミちゃんの口から「取引」なんて言葉が飛び出してくるとは思わず、一瞬地声が出てしまったわ。
 失礼。

「それって」
「その前に……エイトさんの質問に答えます。はい、私、院長の手ほどきを受けてて、おちんちん、つけれます」
「なら」
「それで、取引です」
「どういうこと?」

 ミナミちゃんは覚悟を決めるように息を吸って、

「殺してほしい人がいるんです」

 と、よどむことなく言い放った。

「エイトさん、私……エイトさんに仕事頼めるほど、お金持ってません。
 ……ですけど、おちんちんをつけることなら、できます! だから!」
「そう。つまり……チン質ってわけね」

 自分で言ってて「チン質」ってなんだ? ってなったけど、シリアスな雰囲気がそんな些末な疑問を呑み込んじゃった。
  
「チン質をとって、卑怯だと思うかもしれませんが、……私には、このチャンスしかないんです」 

 ワタシはため息をつく。

「とりあえず、話を聞かせなさい。それからよ」
 
 
 

       

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