第四話 対話と対面と対戦


 “不耗魔剣ティルヴィング”とは、アルが数年の間マンションの地下に設けた工房で少しずつ少しずつ形を成していった至高の一振り、金行を得手とするアルヴの粋を集めた傑作の剣であった。
 その魔剣の原型オリジナル、それは使い手に破滅をもたらす呪いの剣と呼ばれていた。
 あらゆる物質を斬り裂き、狙った標的へ必ず当たるとされた至高の剣は、同時にそれを振るう者を最終的に死へ導く力を備えていたからだ。
 いかな武勇を上げ功績を積み重ねようと、最後には使い手は戦場にて死ぬ。それも、自らが使っていたその魔剣の凶刃によって。
 金行を得手とし、生み出す武具の性能を模倣し具現させる力を持つアルがそんな物騒な剣を長年かけて作り続けてきた理由は至極単純。
 

「ハハハはっ!!やいジジイ足腰がなってねえなあ!せっかくのお手製靴が泣くぜ!?」
「若造がっ…!」
 木槌が地を叩く度に土が岩が隆起しアルを襲うが、それを身軽に跳び越え斬り裂き高らかに笑う悪魔の斬撃が上空から降り落ちる。
 大地を踏み締める足を支える靴、それを創ることに特化した妖精職人レプラコーン。故に得意とする属性も土行となるラバーの攻撃はしかしアルにことごとく届かない。あの、自らの身体の一部のように扱う片刃の魔剣がどこまでも阻害を続けて来る。
 手首を返して斬り払い、時に両手を自由にして犬のように口で柄を咥え、爪先で蹴り上げて刃を回転させて―――曲芸のような動きで、見えない糸でも繋がっているかのように魔剣とその使い手は大地の猛攻を迎撃する。
 しかし怪我を負っているのは、より出血を増しているのは、むしろアルの方だった。
 もちろん先に受けた特大の一撃を引き摺っているのもあるが、それだけではない。それ以降の戦闘中、一度も被弾していないアルの全身は迎撃の度に傷ついていく。
 それは他ならぬアル自身が自らへ課している自傷行為に他ならなかった。
「自滅を望むか『反魔』!呪いの剣などを振り回して何になる!」
 叫ぶラバーが茶髭をたなびかせて木槌を地面に叩きつける。地面が大きく波打ち、亀裂から土砂を噴き上げながら巨大な土の津波を発生させた。
「ヘッ、…破滅を招く剣って触れ込みだが、俺程度の模倣じゃそこまでの反動はねえよ」
 着地した周囲一帯を黒い影が覆う。見上げる高さまで上る土砂の波を見据え、ガリガリと剣の切っ先を地面に擦りながら下げた腕に目一杯の力を込めて振り上げる。
 モーゼの十戒さながらに波を上空の雲ごと縦真っ二つに両断し、均衡を失った土砂はそのエネルギーごとアルの左右で散り散りに押し流されていった。
 ブシッ、と。振り上げた剣を握る手の甲がひとりでに手首付近まで裂けて血が噴き出る。今の一振りに対する、スケールダウンした『魔剣の破滅』だ。
 アルは神話や伝説上の武装を、その特性ごと模造する能力を極めている。とはいえ所詮は贋作、完全なる神話の再現など出来るわけがない。そんなものが出来てしまえば、たとえば彼の扱う武装の一つである“劫焦炎剣レーヴァテイン”などは一度振り下ろせば地上の全てを焼き払ってしまえる性能を発揮してしまう。当然アルの炎剣ではそこまでの威力は出せない。
 数段階ランクの落ちた贋作しか創れない以上は性能もその程度のランクに落ち着くわけで、それは逆に言えば跳ね返る反動―――使い手に与える呪いや代償の類もリスクが低減していくということだ。
 その法則性により、『使い手に破滅をもたらす魔剣』はランクダウンの恩恵によって『使い手を負傷させる魔剣』のレベルに落ちた。
 とはいえども、やはり神話に記載される武器の一つ。威力はそれこそ折り紙付きだ。使用ごとに自らを傷つけるリスクを伴ってなお、その剣の有用性はアル自身が保障する。
 数々のストックされた武装がこの妖精界という地で使用不可能な状況で、本物の『鬼殺しの刀』である童子切安綱を除けば、現状で唯一アルが信頼を寄せられる武装がこれだったのだ。
 そしてアルが数ある神格武装の中で呪いの剣ティルヴィングを選んだのにはやはり単純な理由しかなかった。
 強者との闘いに愉悦を見出す戦闘狂にとって、切れ味の副作用で発生する怪我などは些事に過ぎない。
 猛者と切り結ぶのに絶好の獲物があるのに、何故自傷を恐れてお蔵入りになどできようか。
「さって。ようやく体も温まってきたことだし。そろそろ次行くか」
 全身血に染まった状態からいつものように凶悪な笑みを浮かべるアルが一直線にラバーへ向かい走り出す。
「はあ!」
 気合いを声に乗せて振り落とした木槌から発生する石の矢や土砂の圧迫をものともせず、これまでの動きが本当に体を温める為の運動だったのかと思わせる猛進で魔剣を振り回すアルが速度を落とすことなく大きく跳躍。ラバーの頭上までジャンプで移動し大上段に刀を握り直す。
「そのボコボコ叩いてる木槌が邪魔だな。腕ごと落としとくか」
「調子に乗るな小僧!!」
 切っ先と目線が木槌を握る右腕へ向いているのを見て、ラバーが槌を引いて力を溜める。重力加算を加味しても単純な腕力だけで考えれば靴職人レプラコーンはアルヴより妖精としてのステータスは高いはずだ。『反転』により飛躍的な戦闘能力の上昇が行われた現魔性種のアルとでもおそらくは互角。
 衝突と同時に首根っこを掴んで投げ捨ててやろうと画策する。地に足が付いている戦場でなら、優勢は土を扱うラバーにこそある。それがわかっているからこそ、アルも空中からの攻め手を選んだのだろうから。
 自分の敗北をこれっぽっちも視野に入れていない嬉々とした表情で妖精の腕を斬り捨てに掛かるアルの斬撃が、全力で振るわれたラバーの槌と示し合わせたように衝突―――
「なーんちゃって、な!」
「…ッ!?」
 互いの獲物がぶつかる直前で刃を滑らせるようにして木槌を受け流したアルが低い姿勢からラバーの眼前に着地。流した剣をそのまま相手の足元目掛けて地面すれすれを並行に一閃。刃の通過上にあった物を斬った。
 アルの思惑を知り、ラバーは怒りと驚愕で目を見開く。
「貴様、ぁああ!」
「気付くのが遅ぇんだよボケ」
 皮膚ごとすっぱり斬られたラバーの幅広の大きな靴が、破壊され力を失う。靴職人の履く、特別性の靴の力が霧散する。
「作る靴に様々な効果を付けるテメエの能力は俺の武具創造と似た効力付与エンチャント寄りのそれだ。なら履いてる自分の靴にだっていくらでも細工できるよな?むしろしない方がアホだ」
 不思議ではあった。少なくとも初対面ではないラバーという妖精の、その土を扱う技量が格段に上達していたのはずっと疑問に感じていた。最初こそ妖精界ならではの、精霊達の侵略者を排除したいという積極的な協力による補正かと思っていたが、違った。
「『土属性強化』とかそっち系か。その程度の効力付与、“不耗魔剣ティルヴィング”なら簡単に破壊出来るっつの。テメエが何度も言ってる通り、コイツは狙いを外さない破滅の魔剣だぞ?」
 一閃の代償にこめかみが斬り裂けたアルが血の入る片目を瞑ったままラバーの胴体を足裏で蹴り飛ばす。
「元々テメエも戦闘をメインに出来るタイプの妖精じゃねえしな。…まあ、妖精種での戦闘タイプなんざ加護持ち、『反転』済み、妖精王と女王、あとファルスフィスやレイスみてえな鍛え好きのヤツくらいでタカが知れてるが」
 金色の柄を握り、指折りこの世界での戦闘能力持ちを思い出す。脳裏に浮かぶ相手は、全てアルにとって闘って倒すべき敵であり、同時に心躍る死合を臨める猛者達だ。
「ゴホごっ!貴様は、何故そこまで…!!」
 咳き込みながら後退するラバーが再び木槌を地面に叩きつけると、粘土のように地盤がうねりアルを正面左右から同時に迫る。
「なんでそこまでわかったかって?いや馬鹿にし過ぎだろ」
 明らかに出力の低下したそれらを片手で捌いて、アルが不愉快げに声を低くして駆けながら答える。
「昔みてえな考え無しの猪突猛進野郎だと思ってんならテメエら本当に馬鹿共だ。だから自分の世界に閉じ篭って停滞してる妖精テメエらは嫌いなんだよ」
 繰り出される剣撃がラバーの樽のような図体を浮かし身を斬る裂傷に苦悶の声が漏れ聞こえる。
 与えた傷の数だけの自傷を全身に刻み、双方同時に鮮血を飛散させた上で落下し倒れ伏したラバーを横目にアルは魔剣を背負っていた鞘に納めた。
「ちったあ外出て勉強しやがれ、人間種の世俗に染まるのも悪かねえぜ?ゲームと漫画とアニメ漬けの堕落した日々のおかげでテメエの効力付与にもあっさり気付けたしな。よくあるんだよ、ゲームでアクセサリとか装備品にそういう効果が付いてるヤツ」
 薄れゆく意識でどこまで聞こえているのかわからないが皮肉ついでにそう言ってやってから、ふと来月発売だった新作ゲームの発売日がいつだったかを不安に思う。ここでの騒動を片付けてからでも予約は間に合うだろうか。
「…まいいや。とりあえず準備運動終わったから次は本命のクソジジイか…王様でも行ってみっかね」
 呟きながら目に入った血を手で拭って視界を確保しつつ、傷だらけのわりに息切れ一つ起こしていないアルが次の標的を求めて目線を彷徨わせた時だった。
「うおっ」
 一歩出そうとして突然周囲に現れた三つの光柱に驚く。自分を中心に囲うように伸びた柱に危機感を抱き抜け出そうとしたが遅かった。柱同士が眩い光を連結させ、三角形の光の檻に閉じ込められてしまう。足元には見覚えのある幾何学的な文字のようなものが浮かび上がっていた。
「こりゃルーンの…てっめレイス!!」
 怒鳴り視線を定めた先には、片手をこちらへ向けて何かを発動した痕跡を見せるレイスの姿があった。精悍な顔立ちの所々には擦過傷と流血を拭った跡が見える。
 レイスはしてやったという意思を表情に浮かべてアルの怒号を鼻息一つで跳ね除ける。
「フン、刀を投げつけてくれた返礼だ。しばらくそこで静かにしていろ」
 それだけ言うとすぐさまその場から飛び退く。数瞬後にはそこへ嵐のような暴風が襲い掛かり、地面を引き剥がして猛威を存分に振るって行った。
「シェリアぁー!とっととそこの馬鹿野郎をぶちのめせ!こんなとこでのんびり観戦なんてしてられっかクソ!!」
「…んー?」
 大気の羽を背中に生やすシェリアが、ドンドンと閉じ込められた光芒の壁を叩くアルを見下ろして不思議そうに小首を傾げていた。