Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は 二章
第五話 困惑の入城

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 国の内外を分ける城壁、その出入り口となる巨大な大正門から少し離れた場所で、静音は音々と共に迫る敵を迎撃していた。
 と言っても主には音々の魔声と戦闘に任せっきりで、時折受けたダメージを静音が“復元”させる形で連携を取っている状況ではあったが。
 付近を囲う妖精達の力はそこまで強いものではなかった。戦力の大部分を前線のアルや由音、シェリアが引き受けたのが大きいのだろう。残る戦力は防戦に限ればさほど手こずるような数と質ではない。
 それに加えて、今現在激戦の巻き添えを受けて数がどんどんと減っている。
「…守羽…!」
 妖精王と、半妖の人間の闘いの余波によって。

 生成色に変色した髪の先端が大剣の一撃を掠めて千切れ行く。肩甲骨付近から生えた半透明の薄羽をフル稼働し、残像すら見える速度で背後へ回り相手の振り返るタイミングを見計らっての脇腹への膝蹴り。
 ―――は、大剣の腹によって寸前で防がれていた。
「ぬんッ!」
 近接を振り払った妖精王が、地面を削り取りながら掬い上げるように大剣を振り上げる。その剣先から放たれた爆炎が、土の隆起と共に地を奔り弾かれた守羽を追う。
 この世界において敵対者である守羽に精霊種の力を借りる五大属性の恩恵は扱えない。
 つまり、
「三千五百倍……!!」
 血管の浮き出る右腕を、地を這う爆炎の到着に合わせて振り落とす。拳の衝撃と炎の爆発とが同時にぶつかり合い、爆散した大地が散弾の如く四方八方に飛び交う。
 土煙を引き裂いて、羽を最大まで展開した守羽が突撃した。
(馬鹿正直に真っ向から来やがるか!)
 そんな侵略者に敵意と共に純粋な好感すら抱きながら、久方ぶりの運動に口元に笑みを浮かべる妖精王の大剣が唸りを上げてその突撃を受けて立つ。
 激突する度に荒れ狂う大気、どう考えても素手と剣とでは競り合うことなど不可能であるはずの常識的な見解は、彼の持つ“倍加”によって覆される。
(妖精の力は薄羽と身体能力以外は使い物にならねえ!なら残ってるのは異能の力と退魔の知識!)
 長年に渡る人外との戦闘の中で否が応にも培われ研鑚されてきた接近戦術と異能の能力。現状、守羽がもっとも信頼を寄せられる己が力がそれであった。
 さらに退魔の血筋から不完全ながらに半分ほど継承された知識から編み出した歩法改式、“禹歩うほ九跡くせき歩琺ほほう”による身体の強度上昇。これにより全能力覚醒済みである守羽の“倍加”は数千倍までの引き上げを可能としていた。
 これだけの強化をもってしても、かの鬼神には肉弾戦で傷一つ付けることも叶わなかったが、今度の相手は階位の違いこそあれ半分は同胞である妖精種の王。
 神通力も金剛力も持たない妖精の肉体であれば、充分にこの拳は通じる。
 大振りながらも手早い引き戻しと剣技の技量で素手で刃向かう守羽の小回りに対応する妖精王は、意外そうに小さく唸る。
「宝剣をぶん殴って弾くとは常識外れな野郎だ。人外の性質に対する妙な免疫、耐性がありやがるな。それも退魔に引き継がれた素質の一つってか!」
 ブォン!!と突風を伴う一撃をバック転で回避し距離を取る。やはりこのままでは決定打に欠けるらしい。
 切り札なら、ある。この世界で使えるかという不安はあるが、やってみないことには始まらない。
(地脈から莫大な力を汲み上げる『神門』の力、反動もでかいが扱えれば勝機は厚い…はず)
 神に至る門、その開閉権限を有する特異家系『神門』。こちらも正当な継承ではない以上身体に掛かるリスクも桁違いだ。前回は肉体が出力に追い付かず鬼神に力負けしそうになった挙句、反動が上回り自壊の危機にすら陥った。
 半分の妖精、半分の退魔、そして外付けのような『神門』。
 どの方面においても神門守羽の性能は見劣りしてしまう。だからこそ、守羽はその半端な全てを複合することで届かぬ領域に指先を引っ掛けるように手を伸ばす。
 此度の戦闘もそうだ。退けない、ここでの撤退は神門旭を見捨てることと同義だ。それどころか、ここを逃せばおそらく次は無い。妖精とてそう何度も敵の侵略を許すほど甘くはない。
 片手を地に付け、琥珀色の瞳を見開く。掌から根を生やすように、地の底の底まで意識を潜らせる。
 古今東西いかなる大地にも存在する、地脈の力。星の生命。その一滴を人間という器にて満たし振るうのが神門の血筋が得る唯一無二の特性。
(……見つけた)
 世界を引き裂いて生み出された別世界の中とはいえ、その大元は星という枠に収まるもの。この地でも地脈の存在は明確に感じられた。
 地の底まで張った根を引き上げるイメージを脳内で描く。
「…、あ?」
 と、それまで相手の様子を窺っていた妖精王の表情が一変した。焦りというよりかは、怒りにも似た激情の顔。
 次の瞬間、妖精王は手首の返しだけで大剣を放り投げた。轟音を発しながら回転する大剣が敵に目掛けて飛来し、地脈の引き上げに専念していた守羽はそれを間一髪のところで横に転がり避ける。
「くそ、あと少しだったのに…!」
 力を汲み上げる『神門』の発動には多少の時間が要る。そんな無防備を見逃す妖精王ではなかったということかと歯噛みする。
 鋭い切れ味と重量が地面に深々と突き刺さるのを横目に、守羽は徒手で迫る妖精王の姿に最大限の警戒を持って身を引き締める。
 その守羽の真下から、唐突な上昇気流が発生する。それも、抵抗すら捻じ伏せるほどの勢いで。
「なにっ!?」
 風に持ち上げられた守羽が空中で身悶えするのを、見上げながら疾駆する妖精王が捉える。
 次いで急速に温度を上げ発火点を超えた大気が気流を取り込み花火のような爆発を空に打ち上げる。当然その狙いは外敵たる半妖。
「ぐっ…」
 防御に専念して両腕で顔と胴体を守るも、さらに迫りくる殴打には不意を突かれた。仰け反りながら打撃の勢いそのままに地面に斜め下へと落下する守羽の背後の地面が競り上がり、受け身もままならず叩きつけられた。受けた衝撃がそのまま肉体へと返還される。
 砕けた土壁と共に尻餅を着いた守羽の喉から熱い液体が込み上げてくる。片手片膝をつけ顔を伏せる守羽。口腔から飛び出る血液がみるみる間近の地面を赤く濡らす。
 守羽を襲った爆炎、遠隔から操作された大地、舞い上げられたのは四大属性の風を操ったものだろう。
「分かっていたことだろうが半妖。お前が敵に回してるのは妖精おれたちだけじゃねえ、この世界そのものだってのをよ」
 片手で指の骨を鳴らしながら近付く音に苦悶の表情を向ける。
 西洋の四大、東洋の五大を自在に操る妖精の王。これがオベイロンの実力の一端。
 世界に満ちる精霊種の属性から敵と定められている以上、少なくとも妖精という土俵の上では妖精王に勝つ術は万に一つも存在しない。
 しかしそれでも。
「家族を取り返しに来たんだ。世界の一つ敵に回したって、ごほッ。諦められるもんじゃねえ、だろ」
 言葉の切れ間に吐血を繰り返して、口元を拭う守羽が立ち上がる。
「返せよ、返せ。それが済むまで俺達はこの世界を蹂躙する。無抵抗の女子供だろうが容赦はしねえ、父さんを返してもらうまでは死んでもやらねえ。どこまでのこの国を破壊してやる」
 それが本心でないことは妖精王も分かり切っていた。国を統べる者へ向ける挑発か、あるいは自身の決意を大袈裟なまでの悪意で塗り固めた不退転の戒めか。
 どちらにせよ、それで心揺さぶられる軽い王ではなかった。よろめく守羽を視界に入れつつも、妖精王はそれとは違う方向にゆっくり歩く。
「…おとなしく降伏しとけ。それならお前の仲間も悪いようにはしねえ。そもそもの話、あの我儘女がお前の処分を容認するはずねえしな。だから」
 地面に突き立っていた己の剣を片手で引き抜いて、ホームランを予告するバッターのような構えで大剣を眼前に掲げる。
「これ以上下手に命を削るのはやめろ。それと言っとくが、さっきのヤツまたやろうとしたら今度は容赦しねえからな。あれは、この世界の均衡を崩すレベルの厄介な術だ」
 さっきの、とは不発に終わった『神門』解放のことか。よくわからないが、妖精王は初見すらしていないあれのことを感覚だけで危険と判断したようだ。
 無論、これで終わりにするなどありえない。それではなんの為に友を巻き込んでまでこんな異世界にやって来たのか。
 口に残る血と唾と共に吐き出し、守羽は息を整えながら再度構える。
 大剣を担ぐ妖精王の反応は呆れ半分、意気込みを善しとする感心が半分といった具合だったが、なんにしても殺すという選択は今一つ浮かばなかった。

「そこまでです、半妖の人間。それと王」

 妖精王の逡巡を見抜くかのようなタイミングで、静かな声が姿と共に割り入ってきた。
 艶のある薄氷のような色合いの髪を撫で付け、理知的な双眸を細めた妖精が王に向かい合い片膝立ちで意見を物申す。
「王、これ以上の乱暴は看過出来ぬ。女王様はそうお怒りでした。彼らは賓客として扱う、とも」
「おうおう、この俺を無視して賓客扱いとは恐れいるぜ。待遇を決めるのはこの世界の主たるこの俺だと思ってたがな?」
「権威は王と女王にそれぞれ等しく存在します故。片側の意見を蔑ろにした上での狼藉はいかな王といえども誉められたものではないですが」
「言ってくれやがる。流石は女王付の近衛騎士ってとこか」
 最高権威者に対する物怖じしない言い分に、むしり妖精王は愉快そうに笑った。
「まあ、良いタイミングだったろ。んじゃ俺は先に戻る、お前はそこの半妖を説得して連れて来いや。お前の方がそういうの、向いてるだろうしな」
 大剣を担いだまま、最後に妖精王は事態を呑み込めないままに呆然とした様子の守羽を一瞥してからあっさり背を向け歩き去ってしまう。
「さて」
 立ち上がり膝を払った妖精の男は、そうして静かに佇んだままの守羽が納得できるよう言葉を選びながらの対話を試みる。

       

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