互いに譲らぬ一進一退を遮ったのは、戦闘によって荒れに荒れ果てた大地に片膝を着いて深々と頭を垂れた近衛兵団の一人が放った発言であった。

「レイススフォード殿、女王様よりの命です!直ちに妖精界を訪れた者達を賓客として国へ招き入れるように!もとよりこの世界の住人だった者らも丁重に扱え…と!」

 この言には、莫大な水量に対し圧縮した大気の一撃をぶつけようと両手を腰溜めに構えていたシェリアも身動きを止めざるを得なかった。
「…んー、ひんきゃく?」
 ただし、シェリアの場合は単純に言葉の意味を理解できていなかったのが大きいが。
「馬鹿な、賓客だと。一体なんの冗談だ…!」
 言葉の意味、その真意まで理解に及んでいたレイスは、シェリア以上に唖然とした表情で掌握していた水球の制御を手放し驚愕に目を瞠っていた。空中に留められていた大量の水が一気に滝の如く直下の地面を抉りながら四散する。



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「おいアルー!なんか王城入れるってよ!もう戦わなくていいっぽいぞー!?」
 あらかた妖精種の精鋭を倒し終えた矢先に現れた使者の話を素直に信じ込み、由音は少し離れた場所で老氷精と戦闘を続けていた同士に事の次第を大声で伝える。
「…だそうだ。アルよ、矛を収めよ」
「テメェを刻んだらなァ!!」
 周囲一帯が氷のテリトリーと化した凍土の上で、二刀を振り回し続ける戦闘狂に付き合わされているファルスフィスが呆れた語調で言うのも聞く耳持たずでアルが叫び返す。
「こんなハンパで終われっか!最後まで付き合えやジジイ、魔剣が老害の生き血を啜りたがってっからよお!!」
「やれやれ…まだ仕置きが足りんか」
 緩やかに深く皺の刻まれた顔を左右に振るい、杖の先端で凍てつく大地をコツと叩く。直後にファルスフィスを囲うように巨大な氷柱が生え、背後からいくつかの巨大な氷塊が生み出される。

『あ…あの悪魔を止めろー!これ以上被害を拡大させるな!』
『ファルスフィス様の援護に回れ!あの妖精崩れ、まったく話を聞いていないぞ!?』
『簀巻きにして妖精王の眼前に差し出せ!情け容赦を掛けるなぁ!!』

「あーあー……」
 まだ動ける者、怪我の軽い者らが起き上がり一様に青ざめた表情で激戦を再開させた悪魔の暴走へ乱入するのを、由音は口を半開きにしたまま眺めることしか出来なかった。



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「守羽!」
 妖精王がのしのしと王城へ一人戻ったのを見届け、守羽は王との闘いに割り込んできた妖精と共に大正門前まで引き返して来た。
 そこでは多くの妖精達から距離を取って二つの見知った姿があった。その内の一人が小走りで彼のもとへ駆け寄って来る。
「静音さん。怪我は…」
「私は平気、音々さんが守ってくれていたから。それより守羽の方こそ…」
 妖精王から受けた傷を見て、静音が即座に守羽の手を握り異能の力を流し込む。久遠静音の認識に従い、“復元”が正しく神門守羽を万全の状態へと戻した。
「派手にやってたわねーアンタも」
 折り畳んだ黒翼を用済みとばかりに粒子と化して、余裕を残した音々も寄って来た。からかうように守羽に人差し指を向けて、
「で?どうだった、あのまま続けてたら」
「ほぼ負けだったろうな。この世界は俺にとっても完全アウェーだ」
 肩を竦めて苦笑を返す。
 こちらは妖精種の属性掌握能力を封じられ、逆に相手はその力が数段増したステージでの戦い。言い訳がましいが圧倒的なハンデを負っていたのは確かであって、そんなハンデを背負った状態で勝てるほど、妖精の王は容易くなかった。
 音々もそれをわかっているからか、それ以上茶化すことなく話を本題へ進める。
「それで、入れるわけ?私達も」
「らしい。さっき、あの妖精が言ってた。由音やアル、シェリアの方にも伝者を送ったらしいからすぐ来るだろ」
 薄青の髪を掻き上げながらそれぞれ妖精達に指示を飛ばして統制している妖精を横目で示す。
 あの妖精の説明によれば、妖精女王の命令により守羽達の身柄は丁重に扱い、これ以上の争いを双方禁ずるとしたらしい。
 周囲に未だ猜疑の視線を向けながらも襲い来ることのなくなった妖精達の様子からしても、その説明は虚偽ではなさそうだった。
「神門守羽様」
 不意に名を呼ばれ、振り返る。そこには女王付近衛騎士の肩書きを持つらしき、先程の薄青の妖精が立っていた。
「何だよ」
 意図せず棘のある言い方になってしまったのにはさしたる反応も見せず、妖精騎士の男は恭しく頭を下げ、
「お連れの方々が来られる前に、貴方様にはお先に王城へ」
 そう言って差し伸ばされた手と守羽の間に、無言で割り込むは二人の女性。
「露骨に来たわねぇ」
「守羽、駄目だよ」
 こちらは険のある声色を隠す気のない音々、そして警戒心も露わに視線を鋭くする静音。どちらも妖精の発言の裏にある思惑を疑っているのが守羽にもわかった。
 守羽一人を先に招き入れるなど、明らかに怪しい。この世界にとって守羽達は侵略者、敵であるからして。それを単身招くこの発言も罠であると捉えて当然のことだ。
 だが。
「いや、いい。行くよ」
 二人を左右にやって前に進み出た守羽を、制止の瞳が射抜く。
「大丈夫ですよ。仮に罠だったとして、俺一人ならどうとでもなる」
 下手に全員で纏めて一網打尽にされるよりかは、単独で先行する方が逃げるにしろ戦うにしろ都合がいい。そういう意図で静音に微笑みかける。
「…本当に、大丈夫?」
「ええ。静音さんは音々から離れないでいてください。任せるぞ、音々」
「……あーもう、はいはい。もう勝手にしなさいな」
 今更引き止めても遅いと諦めたのか、音々は片手を振って了承してくれた。音々の細い指で肩を引かれ、静音も渋々といった様子で引き下がる。
「危ないと思ったらすぐ離脱してね。気を付けて」
「はい。んじゃちょっくら行ってきます。他のヤツらが来るまでここらで待っててください」
「守羽様以外の一行が揃い次第、案内の者が王城までの道程を先導しますので。それまでしばしお待ちを」
 青髪の騎士が慇懃な口調と所作で一礼し、守羽がその彼と共に大正門を潜り妖精界唯一の国の内部へ消えて行くのを、不安そうな表情の静音が最後まで見送っていた。



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 守羽が王城へ向け国内へ姿を消した十数分後のこと。

「オラァいい加減にしやがれクソが!これが賓客の扱いかッ妖精共いい性根してんじゃねえかぶっ飛ばすぞこの野郎!」

 あらん限りの罵詈雑言を吐き散らかしながら、妖精達に担がれて何層もの氷を張り巡らせた牢屋の中に同じく氷の枷で手足と胴体を拘束された悪魔がやってきた。そのやや後方では、担がれた悪魔を指差し腹を抱えて大笑いを繰り返している人間と妖精猫の姿もあった。
「ぶっ、だはははは!イモムシみてえになってんぞアル!かっはははっ!!」
「すごいすごいっ、あれ見たことあるよあたし!おみこしっていうの!いーにゃーアル楽しそう!」

 侵略者である自分達と妖精界を護らんと気を張り詰めている妖精達との一触即発の空気をあっさりと崩してくれた彼らとの合流に、思わず静音と音々も肩の力がふっと抜けるのを感じた。