第六話 妖精界の実情と内情


「…それで、これは」

 アル・由音・シェリアの門前での合流からそのまま国内へと通された元『侵略者』であり現『賓客』の扱いを受けている少女、静音はゆっくりと首を右に傾け、

「…どういうこと?」

 それは聞く者によっては詰問にも受け取れたかもしれない。投げ掛けられた問いに応じる相手は冷や汗混じりに視線を逸らすことしか出来なかった。

「いや、なんというか、えっと」
「ようこそいらっしゃいました~、何もない国ですがごゆっくり~」
「何も無いとは失礼だなオイ」

 質問に適切な回答を用意できずしどろもどろになる守羽の背後、足りない背丈を椅子の上に立つことで補っている小柄な妖精の娘が守羽の頭を胸に抱き留め撫で続けている。
 ふにゃりと幸福そうな表情でなでりなでりと黒髪を梳いている妖精の娘を、背後の玉座に腰掛ける妖精王オベイロンが呆れた顔で見やっていた。




     -----
 ようやっと妖精女王・ルルナテューリの抱擁から解放されて、玉座の間には奇妙な面子が会することと相成った。
「そうですか、貴女が守羽のお母さんの…」
「はい、その妹ルルナテューリと申します。今は一応、妖精界の女王やってますから」
 妖精女王ティターニアの自己紹介をもって先の行動にひとまずの納得を示す静音。ただ叔母に一方的に愛でられていただけなのだと理解してもらって守羽としても人心地つけた思いである。絵面的にも、あれはあらぬ誤解を受けておかしくない状況ではあった。
「私は久遠静音です。守羽とは…えと、学校の先輩で。あ、学校というのは」
「人間界での教育機関のことですよね?それくらい知ってますから。へぇ~、ということは久遠さまは守羽さまの…」
「おかしな勘繰り入れないでください、……女王様」
 少女二人の会話に割り込み、結果自身の叔母の呼び方に迷った末の無難な敬称に、ルルナテューリは不満そうに頬を膨らませる。
「もう、そんな他人行儀な呼び方は嫌ですから。あっちの王さまみたいにルルって呼んでくれていいのですよ?あ!それともお姉ちゃんでも嬉しいかもですねぇ!」
「それは勘弁してください…ルルさん」
 流石に叔母とはいえ、外見年齢が中学生くらいにしか見えない娘を相手にその呼び方は抵抗を覚えた。渋々、消去法をもって改められた呼び方に今度こそルルナテューリは満足そうに破顔した。
「おねーちゃん…」
 それら一連の会話をぼんやり聞いていたシェリアが、ぶらぶらと足を揺らしていた椅子から下りて静音のもとまで駆け寄ると、その腰にしがみついて、
「ね、ね!あたしもシズのことシズねぇって呼んでもいーい!?」
「え?」
「だめ…?」
 何言ってんだお前、と守羽が注意しかけたところを静音に片手で制され、その手を腰に押し付けて来るシェリアの頭に置いた。そのままこくりと頷く。
「ううん、いいよ。ご自由にどうぞ」
 慈愛に満ちた微笑みに、シェリアも花の咲いたような笑顔を返す。妖精にしては珍しい黒髪ということもあって、こうして見れば中々どうして仲の良い姉妹に見えて来る。
「…まぁ、静音さんがいいのなら」
 本人が何より嬉しそうなのを、他人が横から口出しするものではない。考え直し、微笑ましい光景を眺めつつ残っていた緑茶を一口含み、
「うふふ、いずれは久遠さまとあのような元気な子をお育てになられるご予定ですから?」
「ぶふぅっ!!」
 そして一息で噴き出した。元凶同じくして、本日二度目の噴茶である。



「よぉ今代の妖精王。アンタ強いんだってな?玉座に居座るだけしか能が無ぇ王サマにしちゃ珍しい部類だな?」
「しょっぺぇ煽りはやめとけ『反魔』の小僧。玉座の間こ こに通された時に武器は取り上げられてんだろ。『反転』済みとはいえ、武装無しのお前に負けるほどヤワじゃねーぞこっちは」
 鼻先が触れそうなほどの距離で、アルがチンピラの如き形相で絡んでいるのは仮にも一国一界の王。もしこの場に近衛や側近がいれば斬首ものの大騒ぎになっているところであるが、幸いにもこの妖精王は異様なほどに寛容であった。
「そうそう、それよ。なんだよ反魔って。俺らアルヴの妖精は大昔から『打鋼うちがね』だの『魔法の金属細工師』だのって呼ばれてたはずだが」
「妖精界に反旗を翻した裏切り者、妖精崩れの悪魔。略して反魔だとよ。くっく、嫌われたモンじゃねーかアルムエルド」
「もとから好かれちゃいなかったがな。あとその呼び名はやめろ、もう棄てた名だ。今はただのアルだよ」
「そーかい」
 あの血気盛んな悪魔がじっとしているはずはないと、女王や静音との会話の最中に半ば冷や冷やしながら様子を窺っていた守羽であるが、存外この二人気が合うようで楽し気に会話に興じていた。何よりではあるが、やはり王を相手にあの態度は如何なものかと思わずにはいられない。

「いやーでもすげえな!こんなんゲームの中でしか見たことねえわ」
「まあしっかり見てみればたいしたもんよね。前に来た時は侵攻で外観とか内装なんて見てる余裕無かったし」
 玉座の間の窓から外の風景を見下ろしていた由音の隣で手持無沙汰な音々が相槌を打つ。
 由音は守羽への忠義心から付いて来たのであって妖精間の内情云々にはさして興味が無いらしく妖精王・女王にはあまり接触しようとはしてこない。単純に守羽とルルナテューリ、肉親との会話に遠慮して身を引いているのかもしれないが。
「あっそうだ!せっかくだしさ音々、アンタらが前にここ攻めた時の話してくれよ!守羽の母ちゃんを連れてく為に攻め込んだんだろ確か!」
「あー…そうね、私達…『突貫同盟』は、それぞれ妖精界を目的地として手を組んだけど、別に目的は一つっきりじゃなかったしそれに、あの時は同盟も今より多かったわ。ボスとその他は当時の妖精女王筆頭候補のあの人を連れ去る為に。で、私とアルなんかはハクちゃんの為に」
「ハク?」
「…そうそう!ハクちゃんってばもんのすごく可愛くってね!前とかアルの為なんかに料理作りたいとか言い出したんだけどその時のあの子ったらもう悶絶するくらいキュートに頑張ってて!!」
「なんでいきなりテンション上がってんだよ怖えな!侵攻の話どこ行ったんだよ!」



     -----

「―――いやいや!なに普通に盛り上がってんだよ!!」

 しばらくの間、そうして各々八名が地位も身分もさして気にした風もなく歓談をして、小一時間ほどした頃になって絶叫と共に守羽が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「違う違う!俺ら世間話しにここまで来たわけじゃねえだろ!?うちの父さん返せや!」
 肝心の本題を忘れそうになるほど、王と女王がのんびりしているものだから、なんとなしにその空気に飲み込まれてしまっていたけれど。そうじゃない。
 音々と由音に関しては、「あ、やっとその話題?」なんて言いながら一区切りついた会話を打ち切って窓際からこちらへ歩き寄ってくる始末。気付いていたのなら言ってほしかったという恨みがましい視線を送るも効果は無く。
「おう、そうだったなー。ルル」
「はぁい」
 自らの宝剣を手にアルと武器の装飾が造形がと語り合っていた妖精王も、その叫びを受けてようやく妖精女王を手元に呼び寄せる。
 そうして、玉座の片側にルルナテューリが立ち王は座したまま。こちら側六名と対面する形で再度語るべき場が構成される。
「じゃ、親睦も深めたところで本題そっちも始めるか。ちょうど、こっちも訊きたいことがいくつかあったからな」
 大柄な体躯を窮屈そうに玉座に収めながら足と腕を組み、王様らしい不遜な態度で妖精の王は本題を語るに相応しい表情を作って見せる。
 本題、すなわち神門旭の処遇に関して。
 妖精界における大罪人であるその人を、わざわざ外界へ出向いてまで捕らえて来た身柄を、みすみす手放すような真似が出来ないことは分かっている。だがなんとしてでも返してもらわねばならない。例えどんな返答だろうと、それだけは譲れない。
 ところがである。妖精王は引き締めた顔で、厳かな声音で、

「神門旭の返還、解放。ああ可能だ。やろうと思えばやれない話じゃない」

 そんな風に言ってのけた。