Neetel Inside ニートノベル
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「ぶっちゃけた話、俺も乗り気じゃねーんだわ処刑の件は」

 妖精王が、王たる立場としては信じられない発言を繰り出してくる。
「だが周りはそうもいかねえ。何せ先代妖精王の伴侶となるはずだった女を拉致誘拐したとまでされている大罪人の処遇。俺達妖精ってのは外界へ興味を示さない傾向が強い代わり、その内部環境への変動へは強い抵抗を覚える。何が言いたいかは分かるな?」
 ようやく落ち着いて腰を降ろせた椅子の上で、俺は王の言い分に静かに頷く。
 妖精種は争いや環境の変化を嫌う、というのは察していた。こうして自分達にとっての理想郷を一つの世界として構築し、その内に篭りっきりになっている辺りからもそれは分かる。
 そして妖精が、生み出した理想郷の内部で長らく変化の無い生活を続けてきていたことも、おおよそ判断可能だ。
 となれば、誰がその不自由なき日々の平穏に変化を求めるものか。ましてや代々継承されてきた由緒正しき王座のシステムに歪みなど許すものだろうか。
 王と共に世界を支えるはずだった妖精の誘拐に乗り出し侵攻、妖精界に大きな震撼を与え、散々に荒らしまくった結果攫われた女王筆頭候補。
 必然的に考えて、神門旭はそれら能動的に続けられてきた妖精界の全てを破壊した、いわば世界にとっての敵である。
 いくら温厚で争乱を嫌う種族とて、斬首を望む声が多いのも頷けるほどの要素をあの父親は内包しているといっても過言ではない。
「ま、元を正せばあの女をおとなしく解放しなかった妖精界の側にも責任はあるんだがな。両想いなのは明白だったっつのに、次期妖精女王ともなると周囲がそれを許さなかった。神門旭はそこら辺も分かってた上で、あえて悪役を演じて攻め入って来た節もあるが」
 駆け落ちの選択肢は残されていなかった、という意味だと守羽は汲んだ。だからこそ、最も強引な手段に及ばざるを得なかった。確かに守羽の知る父親の性格上、添い遂げる為とはいえ真っ先に侵攻という方法を選ぶような人間ではなかった。
「どうすれば父さんを取り返せる」
 それまでの話を脇に置き、守羽は端的にそれだけを訊ねる。
 妖精王が、この国のトップがそれを可能だと言った。ならばそれなりの根拠があるはずだ。
 だが王は僅かに口籠る。会って間もない男だが、こんな風に何かを言い淀むような者ではなかった、という違和感がある。
 玉座にふんぞり返ったまま、妖精王の視線だけが真横に逸れる。そこにいるのは側で控えていた妖精女王ルルナテューリ。視線を受けて、彼女は物悲しそうに瞼をそっと伏せた。
 一体なんだというのだろうか。
 守羽が疑問を口に出そうとした時、ついに王が面倒そうな溜息の後に話す。

「簡単なことだ。ここに来た時と同様、強引に掻っ攫っていけ。牢獄をブチ壊し、妖精をぶっ倒し、この世界を蹂躙して逃げ延びろ」

「…そうか」
 溜息を吐き返して瞳を細めた守羽が、剣呑な空気をいち早く悟り邪気を身に纏い掛けた由音が、凶悪に笑みを浮かべたアルが、何か行動を起こすよりずっと早く、
「だめっ!!」
 一陣の強い風が玉座の間に吹き荒れる。テーブルの上のカップやら湯呑やらが突風に押されて床に落ち、窓枠がガタガタと揺れる。
 ウェーブがかった黒髪を風に遊ばせるがままにして、シェリアが立ち上がった姿勢で皆の挙動を制する。
「そんにゃのだめ!それじゃ変わらない!」
「シェリア」
「あたしは!わかってもらうために、ここに戻ってきたの!ほかの皆に、アキラもシュウもわるい人じゃにゃいよって、わかってもらうために!それにゃのに、これじゃ…」
 そうだった。シェリアだけは違ったのだ。
 所属していた妖精組織から離反してまで、シェリアは罪人の悪評を雪ぐ為に奮闘してくれた。この世界の者達に、裏切者と後ろ指を指される覚悟を決めてまで。
 妖精王の言葉にそのまま従ってしまえば、今度こそ神門旭は守羽もろとも人外勢力の一角を丸ごと敵に回してしまうことだろう。
 そしてそれは、そのまま協力してくれたシェリアへの裏切りにまで繋がる。
 間違いなく最悪の選択。
 だが。
「犠牲にするものは大きいな。リスクも馬鹿でけえ。だが王城ここまで踏み込んでくる機会は、おそらく今後二度と無い。それは妖精王たるこの俺、イクスエキナが十二分に保障してやる」
 あえて王として以外に自らの名を明かしてまで断言したのは、彼という一妖精の観点から見ても再度の侵攻が絶望的に不可能であることを示しているのか。
 半泣きのシェリアに静音と由音が付き添う中、代表者である守羽が無言で続きを促す。
「だが今ならその限りじゃねえ。おれ女王ルルが直々に迎え入れた賓客としてのお前らなら、まだ可能性のある話だ。先に言うとな、もしお前らが俺の提案通りに城内を暴れ回って神門旭を掻っ攫って出て行こうと、俺やルルは関与しないつもりだ」
「随分と適当だな、父さんを罪人としてここまで引き摺ってきたのはアンタらお上の指示なんだろ?」
「いんや、違う」
 確定事項として突きつけたつもりだった発言に、他人事のように否定が返された。
「俺は一言も『人の世界で隠匿してる神門旭を捕らえろ』なんて命令は下したことはない。そもそも『フェアリー』には別命をきちんと与えた上で人間界に放ったんだが…」
「フェアリー?」
「……『イルダーナ』のこと、だよ。シュウ。名前、変えたの」
 ぐすぐすと静音に鼻をかんでもらいながら、途切れ途切れの注釈を入れるシェリアに頷いたのは妖精王イクスエキナ。
「おう、そういえばファルスフィスの爺からそんな報告も受けてたっけな。その『イルダーナ』ってのには本来違う命令を出してた。……先に、こっちから話をつけた方が早いか」
 もう一度視線と首肯とでルルナテューリと取り決め、王は一旦話を横道に逸らす。もっとも、彼ら妖精側にとってはこちらの方に気掛かりな点があったのも事実ではあったようだが。
 王は六名の『賓客』を見回し、端的にこう訊ねる。
「お前ら。誰でも、なんでもいい。人の世で妖精殺しが立て続けに発生している件について何か知ってることはないか」
「…妖精殺し?」
 いきなり初耳の情報を突きつけられ、守羽がまず思案顔になりつつも否定。知らないと表情で返し、他の皆を振り返る。
「静音さん…も、知らないですよね。もちろん由音も」
「知らねえな!なんだそれ、誰がやってんだそんなこと!」
「それがわかりゃ『イルダーナ』も難航しちゃいねーよ人間の小僧」
 ゆるゆると首を左右に振るう静音と、初耳ながらも内容も満足に知らぬままに憤慨する由音。当然ながら情報を掴めていなかったとされる『イルダーナ』所属のシェリアも同様だった。
「俺も知らんな。『突貫同盟』は最近再始動したばっかだし、それまで使ってた情報網もほとんど必要としてなかった上にそもそも集める情報も無かった。のんべんだらりと過ごしてたぜ。最近まではな」
「右に同じく。ハクちゃんと遊ぶのに忙しかったし」
「ぶっ殺すぞクソ魔獣表出るか?」
「あらぁごめんなさいね私のせいでハクちゃんに構ってもらう頻度が減って苛立っちゃったのかしら上等よ生まれ故郷の土に還りなさいなクソ悪魔」
 もはや誰もが慣れっことなった魔獣と悪魔の喧嘩には誰も止めに入らず話を進める。
「最初は行方の知れない者が大半だった。少しずつ、それらが殺されているか喰われていることが明らかになってきて、いよいよこの世界の妖精も他人事ではなさそうだと判断されて調査をすることになった。それが『イルダーナ』に課した本来の王命だ」
 妖精王が説明の傍らで指をパチンと鳴らすと、先程の突風で零れた茶が一瞬で蒸発し、あとには滲みすら残らなかった。案外汚れを気にする性質なのかもしれない、とどうでもいいことを考えている間にも言葉は続く。
「で、どうもその最中に行き着いちまったのがお前の暮らす街。そこで見つけちまったのがお前という存在と妖精襲撃の一件。覚えはねえか?」
「……、ああ」
「……、あっ!」
 問い掛けに反応したのは守羽と由音。
 鎌鼬、口裂け女、四門、陽向。
 連戦に次ぐ連戦の中、神門守羽という異端の混じり者を見つけ出す機会はいくらでもあったように思う。
 由音は由音で、後者の方に心当たりがあった。あの、大鬼襲来の前兆でもあった大量の餓鬼が街中を跋扈していた折のこと。
 『鬼殺し』を探してあちらこちらをうろついていた餓鬼に、不幸にも見つかってしまったピクシーという種類の妖精を助けたことがあるのを思い出す。
 あれ自体は偶然の出来事であっておそらく今回の妖精殺しの一件とは無関係であったものだろうが、結果的に『妖精が襲われた』という事実のみが妖精組織イルダーナを引き寄せてしまった一因であるのも否めない。
「そこで目的が目移りしちまったんだろうよ、妖精殺しの究明から大罪人の捕縛にな」
「王命の果たし途中で、俺達の存在が見つかっちまったわけか。ってことはそっちは『イルダーナ』側の独断であってアンタは関与していないと?」
「言い方が悪いがそういうことだ。俺がそれを知ったのはファルスフィスが瀕死の神門旭を妖精界に連行してきてからだった。定期報告も兼ねて前々から戻ってくるようには言ってあったが、まさかあんな余計なこと仕出かしてくれるたぁな」
 余計なこと、と感じていたのはおそらく罪人の処遇に関心を示さない王と、神門旭に関わりのあった妖精女王くらいだろう。他の妖精達は罪人の捕縛に歓喜したに違いない。…非常に業腹な話だが、聞く限り運が無かったという他あるまい。
 ひとしきり話すべき用件を終えたのか、王は大きく伸びをして場の打ち切りに入る。
「…ともあれそういうわけだ。妖精殺しを知らないんなら俺から訊きたいことはもう無い。今からお前らには賓客としてこの国を出歩く許可をくれてやる。中々見れるモンじゃねーし、せっかくだから数日くらいは妖精界を堪能して行けや」
「待ってくれ、そんなことしてる場合じゃない。俺達は父さん…神門旭を」
「実行するなら好きにしろ、っつってんのを汲めよ神門守羽。数日の内、お前らが何をしようが目を瞑る。俺も、ルルもな」
 旭の奪還、逃亡、追手の迎撃。もし王の言葉に従い牢獄から父親を連れ出すのならば相応の覚悟が必要になる。侵攻時と同じか、それ以上の覚悟が。
 それらの決意と準備を、成すのであれば数日中に終えろと言外に語っていたことに気付く。
「やるのは勝手だが、できるだけ荒らさずに頼むわ。ここの住人は平穏こそを望む。荒事なんざ短期の内に終えたいのさ。大方の連中はな」
「アンタは…それで大丈夫なのか」
「無論のこと大問題だ、俺はこの世界の王様だぞ。責任がどうのこうのとまたうるさくなる」
 腰がくたびれたのか、玉座から立ち上がった王が首や腰をゴキゴキと鳴らしながら心底面倒臭そうに答える。王という立場に、実は辟易しているのかとすら思える仕草だった。
「だが、まあ。全ての意見を押し潰して王権全開で神門旭を釈放するよか、お前らが勝手に暴れて連れ出してってくれた方が、こっちもいくらか面目が維持できるってもんよ」
 言って、埃を払うように片手を振るう。退室を促す挙動に守羽達も黙って席を立った。何かを言いたげにしていた面々も、口出しを控え大きな両扉へ向け背を向ける。
「覚悟だけは、固く持てよ神門守羽。後悔しないようにな」
 最後尾で出て行こうとした守羽の背中に、刺さるような声色。振り返らず、一度立ち止まる。
「その行為は全ての絶縁と決別を意味する。半分故郷でもあるこの世界にはさして愛着は無いだろうが、それ以外とのえにしとも繋がりを断たなくちゃならねえ」
 言いたいことは、すぐにわかった。無言で足を前に進める。
 奪還を志すのなら、この世界に二度と訪れることは無い。訪れるつもりもない。でもそれは、きっとあの人とも永劫の別れを意味する。
 だから、妖精王イクスエキナの言葉の矛先は、本当は守羽ではなくて。
「数日の猶予だ。…もし心残りがあるのなら、その間に解消しておけ」
 彼の隣で物悲しそうに顔を伏せる自らの伴侶へ、それは王なりの配慮だったのかもしれない。

       

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