王城を出るとそこは噴水が中央に設置された円形の大きな広場となっていた。本来であれば数多くの妖精達が思い思いに遊び回っているであろうはずの憩いの場は、守羽達の存在があってか無人であった。
「で、どうすんだよ神門守羽」
 先頭切って進んでいたアルが、振り向きざまに最後尾の守羽へ指示を仰ぐ。結局、武器はこの国にいる間は王城内部で管理されるらしく没収されたままなのが不服そうだった。
「どうするも何も、やることは変わらねえよ。父さんを取り返す。そんでここから逃げ出す」
「守羽!それでいいんか?だってお前…」
「女王…ルルナテューリさんのことは」
 由音と静音の両方から言われ、目を伏せる。何か考え込んでいるように見えたが、すぐに顔を上げて一つ笑って見せる。
「構わねえ。あの人には悪いと思ってるけど、それでも俺にとっては父親の方が大事だ。…全員、先の戦いで負傷したり疲弊したのはいるか?遠慮なく言ってくれ」
 広場の中央で立ち止まり、ぐるりと五名を見回す。まずアルが手を挙げた。
「今からおっぱじめてもやれるぜ。ただそうなると王城に逆戻りで武器奪い返すとこから始めねぇとだが」
「オレもいける!ただ疲弊ってほどじゃねーけどちょっと疲れたかもな!いやそれでも全然いけるんだけど!」
 対抗するように由音も挙手したが、まず間違いなく無理をしているだけだろう。今回も例に漏れず、深手を負って“再生”で復帰してを繰り返してきた由音の負担は大きい。
 さらに言えば、他にも。
「…シェリア?大丈夫?」
「うぅん、…ねむい、かも」
 玉座の間からの帰り道、ずっと目元を擦っていたシェリアが眠気を訴えている。まだ幼子でもある少女には王国侵攻の疲労は多大なものだったに違いない。
 付き添っている静音も、表面上はそうと見えないが疲労の色は強い。というより、彼女がもっとも疲れているはずなのだ。
 静音にとっては今回は初めての戦場。何度も戦闘を繰り返して来た守羽や由音、アルに音々なんかはもう慣れたものだが、初陣でこれだけの大規模な侵攻をして精神が平静を保てるわけがない。摩耗した心は、必ず身体上にも影響を及ぼす。
 かくいう守羽とて、妖精王との戦闘で消耗した体力は未だ完全に戻り切ってはいない。
 数日の間、賓客としてこの国を出歩けるという国王直々の認可。この際有り難く利用させてもらう他あるまい。
「二日の間、ここに滞在する。寝床や飯は王城で用意してくれるらしいし、その間に各々は療養しながら今後の身の振り方を考えてくれ。特にシェリア」
 もし賓客という好待遇を利用して神門旭の奪還を成し遂げてしまった場合、今度こそ妖精達は俺達侵略者を許しはしない。今だって自分達の存在を許容しているはずはないが、そこは王権でほとんど強引に不平不満を押さえ付けているような現状と予測する。
 この妖精界を故郷としているシェリアにとっては選択次第で帰るべき居場所を失くしてしまう上に、下手をすれば人間界でさえも追いかけ回される逃亡生活を送る事態にもなりかねない。
 この場の全員に言えることであるし、守羽の我儘でそこまで皆に負担を強いるようなことはしたくない。出来ることなら、賢明な判断を下し抜けてもらうことが最善と見る。
 …そんなこと、誰一人としてするわけがないと心のどこかで確信していながらも。
「まあオレは別に変らんけどな!守羽に付いてくだけだし、お前の『アーバレスター』としてどこまでもやることやるだけだ」
「私も、由音君と同じ」
「こっちも同じようなものよねえ、今更の話だし」
「ああ。こんなクソみてえなとこ、もう故郷とも思っちゃいないしな」
 予想通りというか、皆々特に意見が変わることは無かった。ただ、シェリアだけは珍しく神妙な表情をして、
「…んじゃ、あたしは。ちょっとおうち帰ってもいい?お母さんとか、街のみんにゃとか、いろいろ会ってお話したい、かな」
 おそるおそるといった具合に猫耳をピクピクさせながら伺いを立てる少女に、守羽の返答は決まっていた。
「二日の間はそれぞれ自由だ、お前の好きにすればいいさ。…別に、ここで抜けたって一向に構わないぞ。俺達は誰も責めない」
 一応気を遣って返した言葉にだけは首を左右に振って否定し、それっきりシェリアは黙って静音の腕に縋り付いた。
「他も、自由行動だから散っていいぞ。でも変に騒ぎを起こしたりしないようにな、アル」
「なんで俺にだけ言うんだっつの。なんもしねえよ」
 ガリガリと煤けた赤茶色の頭髪を掻いて、ポケットに両手を突っ込んだままアルは背中を向けて何処かへと向かう。彼にとっても故郷だった土地、世界だ。感傷に浸りながら見て回りたいものでもあるのかもしれない。
「…妖精種っていったら色白の肌に童顔よね。可愛い女の子だって山ほどいるのはよく聞く話だし…。よっしゃ、ちょっと私もこの国見て回るわ。いつかの侵攻の時はそんな暇なかったしね」
「……お前も、ほどほどにしておけよ」
 同性愛者というわけではなかろうが、時折音々も女児を見る際の視線に怪しいものが含まれていることがある。アルが警戒して白埜から遠ざけようとする気持ちも、今ならわからんでもない。
「さって!そんなら守羽!オレらもどっか観光すっか…って、お?」
 それぞれ違う方向に進んで行った二人を見送って、大きく伸びをした由音が提案を口にした途中に、袖を引かれる感覚に気付いて視線を下ろす。
「シノ」
「おう、妖精界ってなんか面白いとこねえか!?せっかくだから案内してくれよシェリアっ」
 ぽすんと黒髪の頭に手を乗せて笑う由音へと、上げた両目をじっと向けたままシェリアが唇をもにょもにょとさせながら、
「あの、ね。シノも一緒に来て、くれたらにゃーって。…うちに」
「お前ん家に?オレがか?」
 きょとんと自分を指差す由音にこくんと頷くシェリア。それを見ていた守羽は意味ありげに笑みを見せ、隣の静音はほんのりと頬を朱に染めて視線を横に逸らしていた。
「んなら全員で行きゃいいじゃねえか、なあ守羽?」
「いや俺は……うん、俺は静音さんとどっか面白いもんないか探してみるから、あとで合流しようぜ。なんかあったら教えるから」
「お?なんだ手分けして面白ポイント探すゲームか!?なんだよそうならそう言えよなぁ、おーし負けてらんねえからな行くぞシェリア!!」
 勝手に誤解したまま、由音は意気揚々とシェリアの手を引いて広場を出て行った。「ってかお前の家ってどこだよわかんねえええ!!」と消えた先から聞こえてきて、残された二人は呆れ半分に苦笑を浮かべることとなった。
「シェリアも大胆なことをするようになったなー…まあ、そんな深い意味はないんだろうけど」
 久しぶりに帰るから一人じゃ不安だとか、由音に見せたいものがあるとか、そんなところだろう。あの少女の思考と精神性からして、両親に紹介したいとかいう展開にはまだ至らなそうである。
「俺達は、どうします?静音さん」
 由音への適当な誤魔化しからああは言ったが、別段彼女とそういった約束事をしたわけではなかった。
 だが静音の方はまんざらでもなかったらしく、広場から見える風景をきょろりと見回しながら、
「うん…。とりあえず、歩いてみようか。妖精の方々を驚かせないように気を付けながら」
「そう、ですね。えーっと、じゃあ。行きます?」
 意図せずして二人っきりの状況に持ち込めたことに内心で狂喜乱舞しながら、守羽は中世ヨーロッパによく似た建築風景を眺めながら歩き始める。
 そのすぐあとを付いて来る、憧れの先輩の小さな歩調に合わせながら。