「…と、まぁふざけるのはここまでにしといてだ」
「ふざけてたのはお前らだけだろ…」

 酒盛りのせいで腹が膨れ、夕餉は流れてしまった。確かにあそこからさらに飲み食いできるだけの空きは無かったから助かったといえば助かったのだが。
「それで?わざわざ俺だけを連れて何の話だ?ってかこっちが本命だったろ」
 今守羽は妖精王の後ろをついて歩きながら王城の地下へ向かっている。他の面子はそれぞれ酔い潰れたり夜風に当たったりと、思い思いに過ごしているだろう。
 守羽と妖精王の二人がどこかへ向かうのは皆見ていたはずだが、何も言わなかったのは気を利かせたからだろうか。
「ふふん、バレてたか。なに、せっかくだからお前に少し手伝ってもらいたいことがあってな」
 下へ下へと続く螺旋階段。等間隔に灯された蝋燭で視界は確保されているが、いつまでたっても終着点は見えない。とっくに四階分ほどは下りたはずだが。
「…俺に?なんで」
「お前じゃなきゃ駄目だからだ。というか、ここに住む妖精じゃあな」
 わざわざ守羽を名指しにするからにはそれなりの理由があるはず。妖精に出来なくて守羽に出来ること。
 予想は実際に目の当たりにしてみるまでは口にしないことにした。
「昔々の話だ。俺が生まれるよりもずっと前の」
 黙る守羽の代わりに妖精王の語りが沈黙を埋める。
「まだこの世界の構築が磐石とは言えなかった頃。この具現界域に一体の怪物が現れた。そいつはとんでもない力で世界を蹂躙した。その力はおそらく、神格に達するクラスだったそうだ」
「……」
「まだ残存していた手練れを集め、すんでのところで妖精界が滅ぼされる前に怪物を退治することは出来た。だが完全に殺し切るには至らなかった。神と呼称される存在は、同種の存在かそれに準ずる力、比肩する能力でなければ殺せない。お前がやったみたいにな」
 守羽は『神門』の力で鬼神を撃破した。あれは確かに、妖精と退魔師の混血であるだけの自分では到底倒せる敵ではなかった。
「だから封じた。外に放り出して復活されるのを恐れたんだろうな、見える範囲で封殺し続ける選択を当時の連中はした。……この国の周囲に建ってるでっけえ六角の柱は見ただろ?」
「ああ」
 水晶にも似た薄翠色の柱。それが城壁に隣接して八つほど囲っていた光景は初めに強く守羽達の目を引いていたからよく覚えている。
拒魔こま晶石つってな。金行の大精霊と協力して生み出した、文字通り魔を拒む特殊な結晶なんだよ。元々は怪物を封殺する為に創られたモンらしい。これのおかげで外部からの侵略はかなり制限される。…半魔半妖のアルや悪霊憑きの東雲由音にとってはマイナスでしかないだろうがな」
 語る最中に階段は終わり、その先には半球状に地中を刳り抜いて整地されたような空間が広がっていた。中心から半径二百メートル程度、といったところか。
 そしてその中央には巨大なクリスタルが鎮座していた。
「んで、コイツがその怪物だ」
 天井まで十メートルはあろうかというそのすれすれまで伸びた大きな拒魔晶石をルーンの刻まれた一回り小さな晶石が四つ囲い、さらにその外側を四つのまた別種の術式が込められた晶石に囲まれている。
 最終的に外周を沿うように展開された六芒星の円陣が描かれ、その頂点にもまた六つ、石が据えられていた。
 完全なる封縛結界。強度と緻密さで言えば守羽が大鬼を縛り上げた五行の大結界より上かもしれない。
 巨大な拒魔晶石の内側に封ぜられた者。これだけ大仰な結界を施すに足る相手なのか怪しくなるほどに小さなそれ。
「…鴉?」
 羽を畳んだ黒鳥が、瞳を閉じた状態で閉じ込められているのを見た守羽の一言に隣の妖精王は軽く頷く。
「見た目はな。だが気を付けろ、これだけ封印を重ねてもまだ瘴気が漏れ出てきやがる。まあお前なら退魔の血筋で抵抗できてるはずだが」
 確かに肌に感じる不愉快な感覚は瘴気と呼ぶに値する。只の人間であれば数分留まるだけで発狂する程の濃度が立ち込めている。
「…殺せるか?お前の力で」
 やはりか、と思う。
 神門守羽は妖精と退魔師の混血、そして龍脈を通じて神に並ぶ力を手に出来る。守羽個人を名指して呼ぶとなれば、その辺りだろうとは考えていた。
 しかしこの黒鳥は。
「……魔神種、ってやつだよな」
 神話に記載されるクラスの強大な力を持った人外。幾分本来の力を削がれ封ぜられていたとしても、守羽にはこれが殺せるものだとは思えなかった。
「理由はいくつかあるけど、この妖精界この場所で、ってんならかなり難しい」
「やっぱな、そうか」
 妖精王もある程度その返答は予想していたらしい。肩を竦めて踵を返す。
「ならいい、帰るぞ」
「これどうすんだよ、ずっとこのままか?」
 やけにあっさりとした態度に拍子抜けしつつあとを追う。
「人の世界の古臭い部族にはな、殺した凶悪な動物の頭骨やら生首やらを村の外柵に括って晒す連中がいるんだと。それによって他の動物はビビッて村を襲わなくなる、まあ信憑性は推して知るべしってとこだが」
 何をいきなり、とは思わなかった。妖精王の言葉の裏にある意図を察し、守羽はとりあえず形だけの納得を示す。
 魔神がやられた。その証拠を晒す。これで妖精界においそれと手出しする輩は激減する。
 単純明快な理屈と結果だ。
 もとより妖精王イクスエキナにとってはどちらでも良かったのだろう。どちらに転ぶにせよ、メリットとデメリットは同程度。
 魔神を殺せれば妖精界全体の危機は抹消されるが、外部からの侵略懸念が増大する。
 魔神を殺せなければこれまで通り。内部に不発弾を抱えたまま外部への抑止として働かせる。
「んじゃなんで俺をここに連れて来たんだっての」
 話だけなら上でもよかった。わざわざ実物を見せる意味があったようには思えない。
「それは」
 上への階段を昇る妖精王の背中から聞こえた声は中途で止められる。少しの間を置いて、からかうような声色に変わり、
「……気が向いたら話してやるよ」
「なんだそりゃ」
 脱力する。
 そうして、気味の悪いものを目の当たりにした守羽は酒の残る頭を抱えて床につく―――ことは無かった。