想像する。
 この眼下に見える一面の花畑が煌々と燃ゆる焼け野原と化す様を。積み上げられた煉瓦の家々が崩れ落ちて行く光景を。
 妖精の世界が滅ぼされて行く、その横行を。
 これから自らが行おうとしている行為を、東雲由音は宵闇の先に視る。

「…シェリアは、もう寝た?」

 城の外壁端に腰掛けた、そんな彼の背中へと、静音はゆっくりと歩み寄る。
「ああ、センパイ。なんか酒の気に当てられちまったみたいで、ベッドまで持ってきました」
 寸前までの表情と感情をおくびにも出さず、由音は軽い笑みと共に隣に立った戦友にして先輩の少女を見上げる。
「静音センパイはまだ寝ないんすか?」
「うん。もうちょっと、夜のこの世界を見ておきたくて。……明日、明後日には、もう維持されているか分からないものだから」
 それは自分達のこれから行うものによって、とまでは言葉に出来ず。
 両者、共に覚悟は出来ていた。覚悟を決めた上でこの地へ赴いた。
 ただ予想外だったのが、この世界の主に迎え入れられ猶予を与えられたこと。これにより固めた覚悟が揺らぐことは無い。無いが、僅かばかり生まれた思考がどうしても世界への憂慮を考えてしまう。
「センパイ。センパイはさぁ」
 だから由音はこれを好機と捉えた。
 どうせ使い道に渋る時間なのなら、もっと有意義に使うべきだ。
 互いに同じ相手へと抱く親愛の情。その根源を知る良い機会であると。
「なんで、守羽にそこまで肩入れするんすか?」
 この閉鎖的な平穏を堅固する世界に波乱を巻き起こしてまでの理由。それは同じ仲間として、ずっと抱きながら聞きそびれていた興味。
 こんな状況下での急な問い掛け。ともすれば猜疑心とも受け取られかねないその質問に、しかし静音は安堵を覚えていた。
 全てを賭してでも守羽と共に往く道を選んだことに対する理由と疑問を問われないことに対しての不安があった。自分を仲間だと、同士だと認めてくれていないのではないかと感じていた。
 待ち侘びていたわけではないけれど、いずれは応えたいと思っていたこと。静音は真摯にその問いへ応じる。
「…私は、前にね。鬼に襲われたことがあるの。大鬼…酒呑童子と同じ鬼性種の傑物に、私は異能を宿す身として供物に選ばれた」
 ほとんど同時期に邂逅を果たし、そして彼の言葉で顔を上げることの出来た過去を語る。
「守羽に助けてもらったんだよ。鬼に殺されかけて、それでも彼は私の為に闘ってくれた。……〝復元〟を目の前で見た大勢に『魔女』と謗られた私の力を好きだと言ってくれた、誇れと言ってくれた」
 心と体を救われた。そういう意味では由音と同じなのかもしれない。自らの異能の力に戸惑い続けていた静音に守羽は正答を示した。
 それに責任も後押しした。『鬼殺し』と呼ばれ数々の人外に襲われる切っ掛けとなったこの事件の中心にいた関係者として、彼を支える義務があった。
「だから私はもう戸惑わないと決めた。今度は私が守羽の力になると誓った。…言葉だけならなんとでも言えるし説得力もないだろうけど、嘘は無いよ。これが私が此処にいる理由」
「なるほど!」
 疑う余地がどこにあろうか。
 異界の地にまで踏み込んで、今更何を嘘とするものがあるか。
 初めから知っていた。ずっと解っていた。
 久遠静音が信用に足る人物だということは。
 聞きたかっただけ。
 仲間として共に在る者として、一度は訊ねる必要性に駆られただけのこと。
「俺も同じっす!悪霊に呑まれて〝再生〟が暴走した時、あいつに助けられた。関係なかったのに、知らないフリしてりゃよかったのに、あいつはそうしなかった。だから俺もこの恩義を一生かけてでも返したい!あいつの行く道を一緒に歩きたい、だから!」
 願いは同じ。
 同じ将を仰ぎ、肩を並べ背中を合わせ腹を割って足並みを揃える友、仲間。
 改めて再認識し、立ち上がった由音が右手を差し出す。
「よろしくおなっしゃす!同じ道を歩く為に、守羽にはセンパイが必要なんで!」
「―――…!」
「岩だらけの荒れた道なら俺が蹴散らして歩きやすくします。それでもあいつがこけそうになったら、そしたら静音センパイが支えてやってください!そういう役割分担っ」
 そうあることが当たり前のように、自身が過酷な役を請け負って、由音は笑ってみせる。
 だけど静音はそんな提案に納得することは出来なくて、差し出された手を左手で取って視線を受け止める。
「半分は賛成だよ。もう半分は、反対」
「…うんっ!?えっどれ?何がです?」
「彼を支えよう、一緒に頑張ろう。だからやるなら私もだよ。君にだけ荒事を丸投げするなんて、共に往く者としてありえない」
 確かにこと戦闘という面において静音は二人に未だ到底及ばない。でもそれは楽な役割を取る言い訳に出来ない、したくない。
「私の力だって侮れないよ?君ほどじゃないにしても、囮くらいなら果たせるんだから」
 〝復元〟は消し飛んだ肉体とて元通りにさせる、〝再生〟に並ぶ破格の性能。由音ほどの無茶苦茶は不可能だとしても、ある程度は負担できよう。
「仲間だと認めてくれるなら、気遣いは不要だよ。届かないなら、届かせる。理屈や道理を超えるのが異能の力なんだから、使い手として最大限利用して、私は君達に並ぶ」
 事実、守羽と由音の二人はそうして闘い抜いてきた。同じ異能力者として、それこそ言い訳は通じない。
「へへっ!流石は静音センパイ!そうこなくっちゃな!」
 握り合う手に一層の力を込めて、さらに由音は大笑する。城の中にまで響きかねない笑い声が、影に隠れる少年の耳に届いていることにも気付かず。



(…………んなもん聞いちまったら、もう弱音の一つ溢すのも躊躇っちまうじゃねぇか)
 城内に姿を見かけなかった二人を探して上って来た守羽は、結局何も口にすることもなく中へと引っ込んだ。
 胸に檄と責を刻み、今度こそ守羽を含む皆は床に就く。