Neetel Inside ニートノベル
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「―――これは、なんというか」
 朝食を終え、悪魔と魔獣が始めた大喧嘩の観戦もそこそこに、静音はシェリアと共に大聖堂院へと赴いた。
 そこに向かったであろう由音の様子を窺う為だったが、予想に違わず件の少年は確かにいた。
 だがしかし、静音の予期していたものとは大きく異なる光景がそこにはあって。

「おっ!静音センパイとシェリア!なんだ来たんすか!」
「なーなーユインー!早くっ、早く次おれー!」
「だめだよボクだって!ねぇにーちゃんじゅんばんだって言ったよね!?」
「ずるいよぉ。あたしたちだって、ユインのお兄ちゃんとあそんでもらうんだもん!」

 大聖堂院の子供達と和気藹々に遊ぶ、引っ張りだこになっている由音の姿があった。
「うん……流石、だよね。君は」
 前に守羽と二人きりで下校していた時、不意に由音の話題に触れた。
 その際、守羽の主観で由音を一言で表した言葉がこうだ。
 『化物並みの再生能力、人種と種族を超えた怪物コミュ力の持ち主』。
 今、静音はその意味を真に理解した。



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「うふふ、ごめんなさいね東雲さん。うちの子たち、皆人見知りなもので」
 快く中へ通してくれたセラウに礼を言いつつ、階上を見上げる。
 実際、人見知りかどうかはほとんど関係ないだろう。
 人界からの来訪者。それは妖精達の誰しもに望まれない侵略者と同義。幼い子供からしてみればいきなり宇宙人が襲って来たに等しい恐怖と不安なのは間違いない。
 由音はその認識を払拭したかった。シェリアの身内に怖がられたままなのは嫌だった。
 だから昨日の今日でやってきた。仲良く、とまでは欲張らない。だけどせめて、自分達を、人間を恐れるべき相手ではないと分かってもらいたかったから。
 それはシェリアの意思でもあったから。
(…さて!どうすっかなぁ)
 強引に捕まえるのは、もちろんよくない。ただ時折、上の階から吹き抜け越しにこちらの様子を窺おうとする気配もするし、さっきだってドアの隙間からくりっとした丸い瞳が対で三つほど覗いているのが見えてしまった。
 単純な恐怖だけが子らの心を占めているわけではなさそうだ。子供ならではの好奇心、興味がその正体か。
(うーん、守羽にはよく『お前の精神年齢は小学生並みだ』とか言われるけど!どうやったら子供と打ち解けられるのかはわからん!)
 相変わらずノープランで行動だけが先行してしまう由音だったが、そこでふと応接間の端に置いてあった木箱に目が向いた。
 なんだか、人界にあって妖精界には無いものがあるのが気に掛かったのだ。
「えっなにこれ」
 ソファーから立ち上がってその木箱の中身に触れてみる。手の内に納まる程度の布袋が数個、握ってみればジャリジャリと心地良い手触りが内側から擦れる。
 おそらく中身は小豆か米。色とりどりの布を継ぎ合わせたカラフルな袋は由音にとって非常に馴染み深いものだ。
「お手玉じゃん。懐かしっ」
 さらに奥を探ってみれば、出て来るのはけん玉、おはじき、この編み込まれた毛糸の束はひょっとするとあやとりに使うものだろうか。
「…おもちゃ箱かこれ!」
 玩具で溢れ返る木箱のなんたるかをようやく察し、由音は一人で納得していると、
「おもちゃ?なのですか?これは」
 その様子を見ていたセラウがお手玉の一つを手に取って不思議そうに眺める。
「これらはシェリアが人の世界から帰って来る度にお土産として持って来てくれたものなんです。でもあの子ったら、使い方もよくわからないままに置いていくものですから」
 本来であれば、これらのものは妖精界へは持ち込み厳禁である。閉鎖的環境を堅持する為には、外界へ興味を向けるような物があってはならなかった。
 それを黙認していたのは、人界での保護者を務めていた男。すなわちレイスの甘さである。
 セラウが茶を淹れに一旦部屋を出ている間、手持無沙汰な由音はそのおもちゃ箱の中身を取り出した。
「うわーマジで懐かしい。よくやってたわ」
 在りし日。かつて〝再生〟と〝憑依〟を扱い切れず日々を恐怖に支配されていた頃。より正しくは神門守羽と邂逅する以前。
 東雲由音は家に閉じ篭っていた。不用意に外へ出ようものなら、またそこで自らの異能が暴走でもしたら。
 自分は化物と認められる。人という輪から外される。
 それが怖くて恐くて、由音は家という結界に我が身を閉じた。
 独りぼっちの間、由音はとにかく一人遊びに耽った。亡き祖父母がよく見せてくれた玩具の遊びをひたすらに真似て。
(……黒歴史だな!!)
 そんな過去の記憶を首を振るって奥底に追いやる。もはやどうでもいいことだ。こうして今を手に出来た、この自分にとっては。
 とは言えど、身に沁み付いた業は幾年経ても忘れることはなくて。
「はっはぁ!おらおら七つ目ぇー!!」
 お手玉をぽんぽんと両の手で空中に放り投げジャグリングを続けて行く内、その数はかつての最大記録五つを超える七つを可能としていた。何故か昔より出来る数が増えている。
(おいおい素でコレかよ!?いいの?いいのこれ俺使っちゃうよ〝憑依〟?)
 調子づいてきた由音がそのまま異能の力に頼って百個ジャグリング(ちなみにそんな数のお手玉は無い)に挑戦しようと考え始めていた、瞬間のこと。
「……んっ?」
「―――…、はわ」
 少しだけ開いたドアの隙間から、翡翠色の髪の毛と瞳。由音が顔を向けたことで、小さな人影は怯えるように身を引っ込める。
(大聖堂院の子供…っおわぁ!)
 余所見をしていたせいで手元が狂い、七つのお手玉が床へ散らばる。
「ぬう、俺もまだまだ修行が足らんな……。ちら」
「っ」
 視線を流して見れば、数は増えて二人、隠れているつもりらしいが、ドアに嵌め込まれた擦りガラス越しにも幼き妖精の姿は浮かび上がっている。
 瞳に宿るのはやはり興味。
「……さーて、お次はけん玉でもしようかなぁー」
 おもむろに箱から木製の玩具を引っ張り出して、紐で繋がれた玉を揺れないようにそっと垂らす。
「ほっ」
 カコン。
「「……っ」」
「いよっし、らくしょ」
 浮かせた玉が重力に従って落ちる勢いごと、握った十字状の剣の両側面にある窪みの片側へ乗っける。
「よしよし鈍ってねえぞぉ…よ、っは、とぉっ!はい日本一周!」
「「「ぉお…!」」」
 小さく歓声が聞こえるのに機嫌を良くし、さらに難度を上げていく。
「ヨーロッパ一周!そしてこれが世界一周!!」
「「「「わわぁ、しゅごい」」」」
「宇宙一周―――からのぉ!はあぁ絶技・銀河一周!!!」
 踊るように紐で繋がれた玉が動き回るのを目で追って、追うのに夢中で妖精の子供達は自分がすっかりドアを開け放って間近で由音のけん玉技を眺めていることにすら気付いていない。
「ふふん、どうよ。中々苦労したんだぜこれ物にするの」
 由音も由音で自然な流れで妖精の子供達に玉を刺した剣を差し出す。既に互いは手の届く距離まで間を詰めていた。
「教えてやろっか。出来るようになるとすげー面白いから!やろうぜっ」
「……で」
「ん?」
 けん玉を受け取った少年が、黄金色の目で由音を見上げる。そこにはさっきまでとは違う不安と、期待があった。
「できるの…?さっきの」
「ああ」
 ふっと笑って、少年の頭に手を置く。
「出来る。ってか出来るまで見ててやるよ。一緒に」
「っ、うん!おしえて、ニンゲンのにーちゃん!」



「はーいお茶とお菓子ですよー。お待たせしてしまって申し訳……あら?」

「なぁなぁ!さっきのジャラジャラいう布の袋をぽいぽいってやるやつー!やって!もっかいやってー!」
「後でな!あんなん慣れれば誰でもできっから!」
「うぇええん!とって!ゆーいーん!」
「お前どうやったらあやとりのヒモでそうなるわけ?ちょっ、取ってやるから動くなって!」
「…うおーやった!みてユイン、のったよ!」
「はえぇないいぞ!センスあるわお前!」



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 以上が、静音とシェリアが到着するまでに起きたことの全容である。

「あー、にんげんさんだ。それも女のひと!」
「ほんとだ。ね、ゆいんにぃちゃんのおともだち?」
「シェリアねーちゃんも!おかえりー!」
 子供特有の純粋な思考というものか、一度打ち解けた由音伝いに『人間は怖くないもの』と共有された認識が一気に静音へと押し寄せる。主に、同性の子妖精達に。
「ふぇー。やっぱしすごいにゃーユイは」
 そんな事態にシェリアはころころと笑い、子供達に囲まれている由音のところへと小走りに駆け寄る。
「シズ姉はその子たちと遊んであげてー!」
「えっと、それは、いいけど」
 自分は由音のようなアグレッシブさは発揮できない。どう構ってあげたらいいものか。
 そう思い悩みそうになった静音へと、妖精の女児が一冊の本を差し出した。
「絵本!よーんでっ」
「…あ、うん。私で良ければ」
 それくらいならば、自分でも出来そうだ。一安心して、静音も数人の子と共に絵本片手に大聖堂院の扉を潜るのだった。

       

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