Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      


 まるで捉えられない。
「…クソッ!」
 悪態を吐いて振るう手足は敵に届くどころか触れることさえ叶わず。
 長大なハルバードを容易く振り回す魔神の刺突に左腕を肩ごと穿ち貫かれた。
「つまらんね」
 騎乗した状態で器用にハルバードを引き戻した魔神は、酷く退屈そうな声色で腕を再生させる由音を見下ろす。
 仮面に覆われた両眼から放たれるは落胆の色。
「人間風情がそこまで〝憑依〟を扱いこなすものだから、あるいは…とも思ったが。ふむ」
 巨馬の嘶きと共に姿が消える。間違いなくこの相手が国を揺るがせている転移の使い手なのは分かり切っていたが、出来たのはそこまで。
 対処出来るかどうかは別の話。
「打ち止めかな人間、死んで良し」
 またも死角に転移し、致命の斬打を振るい落とす。狙いは頭上から脳天を割り心臓を潰す一墜。
 〝再生〟の能力がどこまで及ぶか不明だが、生物として不可欠な要素を二つも同時に破壊してしまえば絶命に届き得る。
 その判断は正しかった。厳密には思考する力を奪われてしまえば異能は、〝再生〟は、その真価を発揮できない。
 だから、
「―――ッ……!!」
 高速で敵の出現位置を割り出した由音の感知能力は人外の領域に踏み込んだものだったが、神格を持つ仮面の男からの一撃は避けられなかった。肉厚の斧剣は人の身体を引き裂いて生命維持に必要な臓器を軒並み不全にした。
「む」
 魔神は首を傾げる。心臓は死んだ、だが頭部は無事だ。
 狙いを違えたわけではない。本来の軌道上では確かに少年の首は縦に断たれていた。
 直前で頭だけを逸らして回避したのだろう。
 度し難い。どの道それは足掻きにしかならない。魔神マルティムは東雲由音の異能力を知りはしなかったものの、性能自体の見込みは立てていた。
 それが計り違いだと気付いたのは、肩から胴を唐竹割りにした由音の首がぎゅるりと背後を向き、燃ゆる眼光を奔らせた瞬間。
 肉体の死が命の終わり。それを覆すは〝再生〟という破格。
 思考死なぬ限り、この異能の使い手は死を認めない。

「お、ォォおおお!!」

 今出せる最大出力。負念に溢るる邪気の総力が分断された肉体を巡り血肉を繋ぎ、獣の如き牙を右拳から撃ち出す。
 魔神の意識が明確に人間へ注がれる。有象無象へ向けるのは塵芥ほどの関心。それがことここに至って修正される。
 能動的に行っていた行動を設定し直し、ようやくマルティムは自らの思うままに眼前の対象を殺すことにした。
 黒色の牙はハルバードの切っ先で打ち負け、纏う邪念は息に吹き消される蝋燭の火が如き容易さで突破される。
 何度目かになる肉体破壊。慣れたものだ、痛みなどで臆する段階はとうに超えている。
 由音には次の魔神の狙いがはっきりとわかった。
 身体を殺しても意味が無いことを知った。なら今度こそ頭部を砕かれる。脳漿を飛散させた先に〝再生〟の発動が期待できるかは怪しい。
 だからここだけは守り抜く。
 しかし魔神の転移に翻弄され、そもそもこの人外の膂力を前に妖精界の制限を受けた由音の性能ではハルバードを受け止めることは不可能。
 だが、しかし。
 かろうじて一手を読み越えた。
 
 由音の背後を取った魔神の、さらに背後。
 手刀に渾身の神威を乗せた守羽の踏み込みが石畳を砕き。

「〝断魔、祓浄!!〟」

 立てた二本指から伸びる断魔の太刀が魔神の背中へ逆袈裟から見舞われた。



     -----

 まさか合わせてくるとは思わなかった。
 王城を跳び出してすぐ、由音達がどこにいるのかを探った。凶悪な気配の出現とほぼ同位置にいたから探し回る手間は無かったが、同時に激しく動揺したのも事実。
 そんな中で最適解を連発した由音によって、なんとかその場の犠牲を無しに開幕の衝突を乗り切れたのは奇跡に近い。
 子妖精共々シェリアと静音を逃がし、単身魔神に挑み掛かった由音の援護に駆け付けるのは無論のことだったが、魔神はまだこちらに勘付く様子もなく。だからこの不意を打てるチャンスを逃したくはなかった。
 機を狙う俺の意図にいつから気付いていたのか。由音は途中から立ち回り方を変えて俺の奇襲に適した動きをした。
 おかげで転移の裏をかき、早九字の破邪を直撃させることが出来た。
 俺の斬撃にガードを回す暇も無く吹き飛ばされた魔神が、激突した民家の瓦礫に埋もれ土煙に撒かれる。
「ナイス!守羽!」
「お前の手柄だろ。…まだやれるな?」
 血だらけの由音がぐっと拳を突き出す動作に笑みを返す。笑っていられる状況では、これっぽっちもないのだけれど。
「魔神とその配下に全方位囲まれてる。妖精王が何らかの手を打つまでに、俺達でこの国内の敵を少しでも減らすぞ」
 状況は相変わらず詰みだが、詰むまでを引き伸ばすことは可能だ。稼いだ時間で詰みを解くのが王の役割。そこまでこちらも手は回らない。
「魔神は全部で四体。アレは…俺らでやるしかない」
 由音はグリトニルハイムが持つ外敵排除の総意によって〝憑依〟の出力を大きく削られている。俺も五大元素はおろか『神門』を用いて本来の妖精種の血を覚醒させた姿にもなれない。
 それでもやるしかない。
 限られた力と時を使って。
 転移の使い手を斃す。

「無理だよ」

 呆れた声は俺と由音の背後から。民家の瓦礫に埋もれる姿は無い。
 互いに互いを突き飛ばして地を割るハルバードを避ける。

「君達には」

 次に現れた地点から由音の五体が空中に撒き散らされる。
 瞬時に再生した由音と俺の怒声が重なる。
 ―――稼げて数分が上等。
 コイツは、コイツらは。

「斃すどころか、止めることすらね」

 あまりにも別格だ。

       

表紙
Tweet

Neetsha