Neetel Inside ニートノベル
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『この国にある全ての者へ!今すぐに王城内部及びその周辺へ集まってください!魔族を阻む結界を構築しますので……だから、は敵を遠ざけて!』

 おそらくは全ての妖精、そして外界から来た者達アーバレスターへ向けて放たれたと思われる念話のような音声。
 声の主はすぐに分かった。妖精女王の意思は近衛兵団でも妖精の組織でもなく、明確に守羽達を指して防衛を懇願している。
 魔神よりも前に襲来した『侵略者』という認識の彼らに直接願い出るのは、国民総員含め一斉送信された念話の中では行えない。回りくどい方法を採ってしまったことにルルナテューリは『聖殿』にて静かに歯噛みしていたが、意思を受け取った当人らは至って気にせずその懇願を受理した。
「守羽!!今のっ」
「ああ!」
 血に塗れる二人は一瞬のアイコンタクトで成すべきことを定めた。
 現状打ち倒すことは不可能。ならばせめて。
(結界の外へ追い出す…!!)
 黒色の爪牙、退魔の術法、そして振るわれるハルバードの余波で既に周囲は更地同然。さらに随分と押しやられたせいで王城までの距離が詰められていた。
 ルルナテューリの結界とやらが王城からどこまで広げられるのかは分からないが、おそらくこの場は領域内部に含まれる。
(だがどうやってこの転移使いを引き離す…?妖精界全域を転移対象に出来るような相手を!)
 一時的に遠ざけることができたとしても、転移を使われては稼いだ距離など意味を成さない。何か転移を成立させる条件のようなものがわかれば手の打ちようもあるが、今の所はそれも不明。
「何か企んでいる。人間の悪巧みは醜悪で始末に負えないこと、知っているよ」
 瞬きごとに位置が変わる魔神の姿は相変わらず捉えられない。まるで自身の居場所をわざと明かして面白がっているようにすら思える魔神の呟きを拾い、すんでのところでハルバードの矛先を躱すが、刺突の風圧で後方へ浮かされた。
「くっ」
 追撃の弐連突。背中の羽を駆動させて回避行動に移るが間に合わない。
「おォラァ!」
 負傷箇所などまったく気にも留めない大仰な割り込みで心臓と肺を犠牲に刺突を止めた由音の血飛沫が守羽の眼前で舞う。
「また君か。死なない人間は面白いが、流石にそろそろ飽きる」
「ぶふっ!……おっけぇ大体わかった」
 ハルバードに刺し貫かれたまま持てる全力の邪気を放出する由音の濁る瞳に火が灯る。何かを確信した眼。
 大量の吐血と共に叫ぶ。
「守羽!コイツは俺が追い出す、俺のことは気にしなくていいから王城へ行け!」
「何言ってんだおま―――」
 制止の前に由音の身体が上下に分断される。何度目かになる人間の両断に溜息を吐く魔神を睨みつけ、腰から上半分だけになった由音の左手が敵の首を鷲掴む。
「うん?」
「おおオオオォォォおお!!」
 荒れ狂う邪気が由音と魔神とを取り囲む。攻撃の意図が無いことに疑問を覚える魔神と、その仮面に覆われた顔と至近で目を合わせる由音。
 騎乗している巨馬ごと邪気が球状に形を変え人間と魔神が漆黒の内へ塗り潰される。
(…そうか!視界を)
 魔神とはいえど何の感覚にも頼らず術を行使できるわけではない。自他の者(物)の座標を自在に変える転移の特性上、その位置を認識していなければ行えない。
 視覚を遮ってしまえば自身の転移を任意指定では発動できないと由音は踏んだのだろう。
 さらに自己対象で転移を行えば、それに触れているものまで転移に巻き込まれる。それは常時騎乗している巨馬ごと瞬間移動していることからも明らか。
 魔神を掴んだまま邪気で視界を暗転させ、結界の起動まで時間を繋ぐつもりだ。
 漆黒の球体内では『何か』を裂き抉り、解体する切断音が何度も何度も響き、その度に球体が空中と地上を手探りで這い回るように幾度も転移を繰り返す。
 有効だ。これならば由音の根気次第で転移の魔神を結界外まで追いやれる。自分の半不死性を加味した上で選んだ強硬策。だから守羽には気にするなと、先に行けと言ったのだろう。
 だがそれは押さえ込んだあとのことまで考えられていない。
(お前は毎度そうだよな!)
 他者の為に自らを顧みない。死なないからこそ好き勝手をやれる。それを見ているこちらの思いなど気にも留めていないに違いない。
 軽んじているわけではないだろうが、それでも守羽は僅かな怒りを覚えてしまう。
 友を。相棒を。
 見捨てて自分だけ行けるわけがない。
「…ッ」
 結界が完成する気配一歩手前を読んで、邪気の殻を裂き由音と共に結界内へ滑り込む。これしかない。
 見える範囲からは離れず、邪気の球体は絶えず転移を繰り返している。内部では由音が文字通り血反吐を吐きながら全力で魔神にしがみ付いているはずだ。
 右手を握る。
 今の守羽に出来ることは少ない。元より備えてあった〝倍化〟の異能を上げられるだけ上げ、その拳に退魔師としての破邪を乗せる。
 妖精王イクスエキナが守羽に『神門』を使わせなかった理由。なんとなくだが察してはいた。これに関しては現在共に妖精界の防衛に回っている役柄上、確かに使えない。『使ってはならない』が正しいか。
 タイミングが重要だ。守羽の内にある全ての要素が感覚器として、完成間近に迫った結界の威容を感じ取っている。
 あと四十秒、…三十五秒。

「オイ」

 眼と感覚で転移の行方を追い続けていた守羽の肩が乱暴に叩かれ、驚愕と共に振り返る。意識を魔神に全て向けていた為か、何かの接近にまるで気付いていなかった。
「なっ…!?」
 そうして遅すぎる反応を返し、守羽は―――。



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(妖精は全て集まった、界域結界と五法障壁の構築も完璧!でも…)
 『聖殿』。
 グリトニルハイムにおける全権能を掌握する妖精女王ルルナテューリは完成した結界の発動にほんの僅かな逡巡を見せていた。
 何せ絶対堅固の護りを生み出す回路の構築に全精力を賭していた。少なくともこの世界に馴染みの深い妖精達の所在くらいならば片手間で掴めるが、そうでない外界の存在には感知が回っていない。
 要するに発動する結界内に入り込めているかどうか、ここからでは確認できない。
 だが。
(これ以上時間は作れませんから!もし外にいたのならわたしが必ず…!)
 女王直々にでも結界へ引き戻す覚悟を胸に、彼女は組み上げた術法を解放展開する。

女王ティターニアの王命にて、此処に界を別つ境を!五大の祖の智と総意を以て、此処に全精霊の恩寵を!」

 ―――界域結界・確立。
 ―――五法障壁・承諾。

 それは隔絶する檻。それは拒絶する箱。
 完全なる堅牢の砦が、人世から別離した妖精世界のさらに内側に顕現した。

       

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