大体数日くらい掛かるという妖精界入り口までの道程を、守羽達は電車とバスとを乗り継いで半日で着いてしまった。
 どうやら徒歩のみでの移動時間として計算していたらしいシェリアの案内の下、彼らは土地の名も知らぬ田園風景が広がる大田舎の地を踏んでいる。
「すごいねー!ニンゲンって、いっつもあんにゃの使ってどっか行ってんのー!?」
 乗り物に乗る度いちいち驚愕し喜びはしゃいでいたシェリアをおとなしくさせるのに多少以上の苦労を要しながらも、妖精はまさか人の世で公共機関を利用しないのだろうかと疑問を抱える守羽だった。
(目的地までの移動時間を徒歩で考えてたくらいだし、少なくともシェリアにとってはそうなんだろうな…さすが人外というか猫というか)
 普通の人間であれば、休みなく電車とバスで移動し続けてようやく半日かけて到着するような地を徒歩で向かおうとは思わない。
「で、妖精界ってのはどっから入るんだ?」
 人の姿もまるで見ない風景をざっと眺めながら、この真夏にバテることもなくピョンピョン跳ね回る猫娘へ問う。
 こことは違う別世界“具現界域”というものの知識はあれど実際のものを知らない守羽にとってはいまいちイメージのしづらいところだった。
「こっちこっち!あれっ」
 ウェーブがかった黒髪とワンピースの裾を揺らめかせながら先導するシェリアが指差す先は田園風景のさらに奥にある、木々の生い茂った小高い丘。
「あのてっぺんに、入り口があるんだよ!」



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 うだるような暑さは、丘を登り始めると嘘のようになくなった。傾斜を上らねばならない労力はもちろんあるが、それ以上に木々が陽光を閉ざし涼風を運んできてくれることでちょっとした登山よりも楽な気持ちで足を動かすことが出来た。
 途中途中で静音に気を払っていたが、それも杞憂だったようだ。守羽や由音、シェリアなどの人外やその性質混じりの中で唯一の真っ当な人間である静音だが、体力は平均的な女子よりも上の方だったし、最悪の場合は疲弊した両足を万全の状態に“復元”させる手もある。
 難なく全員が丘の頂上まで行くと、そこで二つの声が聞こえた。何やら話している。

「だから違うっつの!ありゃちゃんとした理由があって最終話手前で明かされただろうが!あれで納得しないとかアンチかよテメェ!」
「あんな取って付けたような適当な理由で納得できる方が頭悪いでしょうが!アンタこそ自分のお気に入りのキャラだからって擁護すんのやめなさいよ!」

 最初こそ警戒を見せた守羽達一行だったが、聞き覚えのある声音とその会話内容にあっさりと構えを解いて頂上で言い合いをしている二名へ歩き寄る。
「…なんでまだここにいるんだよお前」
「おう、やっと来やがったか。旦那の倅」
 煤けて痛んだ赤茶色の髪質に褐色肌の青年が、声に応じて片手を上げて返事する。
 妖精種から魔性種へ堕ちた人外、アルだ。そのすぐ傍にいるとんでもなく長い赤毛の髪をした女性は見たことがないが、おそらくはアルと共に先発した同盟構成員の一人、音々だろう。
「あっ、テメエあん時の!」
「あー、あの時の悪霊憑き君。やっぱまた会ったわねぇ」
 その証拠に、依然『突貫同盟』の数名と遭遇したことのある由音が人差し指で音々を指して声を張り上げていた。向こうも知っているような口ぶりであるし間違いないと判断する。
「やっほーアル!あとネネ!」
「はあぁぁ~~シェリアちゃん!久しぶりね相変わらず可愛いんだからー!」
「結局シェリアも来たのかよ。やめときゃいいのによ」
「だいじょぶ!あたしはみんにゃにわかってもらうために行くから」
「えっと…」
 音々がシェリアに抱き着き、アルが呆れ、シェリアが笑う。人外達との面識の少ない静音は戸惑った様子で守羽へ顔を向け、由音は副会長に絡んでいた一件から未だ信じ切るに至っていないのか僅かに警戒心を再び露わにしていた。
 とてもこれから協力して妖精界に乗り込む同士としては程遠い。
 パァンと両手を打ち鳴らし、青筋を浮かべた守羽が怒鳴る。
「黙れ黙れお前ら全員一旦黙れ!こんなんじゃ行っても返り討ち確定だ馬鹿共!おらぁ自己紹介から始め直すぞ円陣組めぇ!」



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「とりあえず俺から…つっても俺は今更名乗るまでもないが神門守羽。神門旭の息子で、これから父さんを取り返しに行く為に『アーバレスター』っていう組織の長になった。よろしく」
 出立前にその場の六名で円形に広がり、守羽から順番に自己紹介が始まる。
「オレか。東雲由音!“再生”の能力者!守羽が味方だって言うなら信じるけど、変なことすんなよお前ら。ってことでよろしくお願いします!!」
 隣の由音がざっくりした紹介を終えると、次に由音の隣の静音が口を開く前に別の呟きが聞こえた。
「東雲…?」
「あん?」
 音々が、由音の姓名を聞いて一瞬呆けたような表情になって、すぐまた取り繕う。
「なんだよ」
「あ、いえ、別になんでも。なるほど、東雲で、由音ね。はいはい了解。…ってことは」
 訝し気な由音の問い掛けも適当に流して、音々はその隣に立つ少女を見て楽しそうに瞳を細めて先んじて彼女の名を明かす。
「そっちは久遠ちゃんかしら?もしかして」
「っ…貴女は、私のことを?」
「いいえ、あなたのことは知らないわ。東雲も同様にね」
 何やら含みのある言い方に眉を顰めるが、今は自己紹介以上に話を広げる時間は無いと判断し静音も端的な自己紹介をする。
「久遠静音です。能力は“復元”。元の形・状態さえ知っていれば無機物有機物、生物非生物を問わず損傷や欠損を元通りに出来ます。…貴方達は、今が万全の状態ということで大丈夫でしょうか?」
 視線を二名の人外へ向けると、アルと音々はそれぞれ答えの代わりにその場で跳んでみせたり両手を広げたりしながら、
「まあ元の状態っていうなら妖精の頃まで戻っちまうが、今はこれが万全だ」
「私も。これで絶好調よ」
「わかりました。覚えておきます」
 二人の状態をしっかり目視で認識し確認してから、静音は一礼して紹介を終える。それから両耳を立てたシェリアが声を張って一歩前に出た。
「はい、あたしシェリア!ケット・シーの妖精です!」
「うんうん。可愛い」
「テメェの紹介はまだだろ黙ってろ魔獣」
 無言で音々とアルが胸倉を掴み合ってメンチを切り始めたのをスルーして、シェリアは続ける。
「ミカドやニンゲンがぜんぶ悪い人じゃにゃいんだよって妖精界の人たちにちゃんとわかってもらえるように、がんばるから!よろしくー!」
「はいよろしくー。おい音々、次お前だぞ」
 雑に拍手で締めて、守羽が凄まじい形相でアルと睨み合っている音々に発言権を振る。
「チッ、あとでシメるわ半端悪魔め。…音々よ、魔獣の類で真名はセイレーン。海で船を沈めたり乗員を惑わせる唄を唄ったりしてたヤツね。私はしないけど。で、ボス…神門旭を長とする『突貫同盟』の一員。今回はボス救出ってことで手を貸すわ。よろしくね、ええっと、『アーバレスター』だっけ?」
 かくんとお辞儀をして、ギロリとアルを一睨みしてバトン代わりとする。嘲笑で受け取りの合図とし、アルが口を開く。
「音々に同じく『突貫同盟』が一人。昔は妖精、今は悪魔。アルヴって真名で今はアルだ。金行遣いで武具を創るのが得意なんだが、都合上向こうに行くと自由に使えなくなる恐れがあるもんで今回は自前で持ってきた」
 そう言って、背中に背負っている二本の武器を示す。一つは守羽もよく知っている本物の名刀、童子切安綱。もう一つの剣には見覚えがなかった。
 ともあれこれで全員の紹介を終え、守羽は手早く話を次へ進める。
「それで、なんでお前らここで油売ってたんだよ。レンからは今朝方にもう向かったって聞いてたのに」
 てっきりもう妖精界に先手を打っているものとばかり思っていた守羽の当然の疑問に対し、ふっと自嘲気味に笑ったアルが一言。
「出禁」
「……ん?」
「オレ、妖精界出禁になってたんだった」
 出禁。出入り禁止。
 ん?と。もう一度守羽が疑問符を浮かべると、さらなる説明を嫌々始めた。
「前に旦那に協力して妖精界荒らしまくったから、オレ妖精として妖精界に自由に出入りできるはずの資格みてぇなのを剥奪されて出禁にされてたんだよ。だからオレじゃ妖精界の出入り口は作れない、ってのをここに来て思い出した」
「…お、お前…」
 呆れて声も出ないを体現すると、それに同調して音々も頷きながら、
「アホよねぇ。それに付き合わされた私が一番不満なんだけども」
「テメェが勝手に付いてきただけだろ!」
 またも喧嘩を始めそうになった二人を引き剥がしながら、深い溜息を吐いて守羽はシェリアへ顔を向ける。
「…お前は大丈夫なのか?シェリア」
 妖精界へ入る為に妖精としての資格というのが必要だとすると、もう頼りになるのはシェリアしかいない。これで駄目なら強引に入り口を開く方法を考えるしかなくなる。
 シェリアは丘の頂上のちょっとした広場になっている場所の中央まで歩くと、そこで片手を何もない中空へ這わせるように持ち上げる。
 すると。
「…あ、うん。だいじょぶみたい!」
 掌を中心に突如無音で空間にシェリアの身長と同程度の縦長の孔が開き、それを確認して安心したように守羽へ笑顔を向けた。どうやらその空間の孔の先が、時間の進みすら異なる異世界へ繋がっているらしい。
 ここが、妖精界へ通じるいくつかのポイントの一つ。そして、潜ればもう中途半端に退くことは許されない。
 だが今更覚悟の有無を問う必要など無い。この場の全員、もうとっくに覚悟と決意を固めて来ているのだから。
「入ったら即戦闘もありえるぞ。注意しとけ」
「あ、先に言っとくけど私は唄での支援がメインだから。少し下がって中距離辺りから久遠ちゃんの護衛と兼任して前線に上がるか見極めるわ」
 同盟の二人はこの先に待ち受けている死地を前にしても飄々としたものだ。この侵攻が彼らにとって二度目のものであるということも、余裕を生んでいる要因の一つであるのだろう。
「わかった。由音、アル。突入と同時に三方警戒。俺は真正面。左右は適当に決めろ」
「おう!」
「りょーかい。我が剣、神門旭から一時的にテメェのもとに下ろう」
「守羽、皆。気を付けて」
「あたしは!?ねーシュウあたしはー!」
「お前も最初は下がってろ。駄目そうなら呼ぶ」
 いつでも荷物を降ろせるようにしながら、孔の前に出た守羽の右隣に瞳を漆黒に混濁させ始めた由音が並び、背中に背負う安綱の柄を右手で握ったアルが左に出る。
 守羽自身も全身へ“倍加”を巡らせつつ五行の力をいつでも出せるように意識しておく。
 一度始まれば、もう休む間もなく突き進むだけになるかもしれない。呼吸を落ち着けて、全員の用意が整ったのを察して吐き出す息と共に叫ぶ。
「目的は父さんだけだ、他に気を割くなよ!目標まで一直線に進む!!即席の面子だが互いを援護し合いながら戦え。……行くぞ!!」
 中の景色が歪んで見えない孔の奥へと、まず最初に守羽が飛び込む。何があっても、まず真っ先に対応できるように。続いて左右の二人、最後に後方の三人が続く。
 六名の突入と同時に孔は閉じ、さっきまであれほど騒がしかった丘の頂上からは一切の気配が消え去った。
 ここからは別の領域の闘い、違う世界の戦争。

 この時、この六名は…いや、守羽は理解していなかった。
 完全に頭の中から忘れ去っていた、とある鬼神の放った一言の、

 『神門守羽、テメェはいくさの申し子だ。今この時を乗り切ろうが、おそらくテメェの存在は次なる戦乱を呼ぶ』

 その、真なる意味を。