Neetel Inside ニートノベル
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「クック、ハハッ。アハハはは!!」
 振るう斬撃が地を裂き空を断つ。高笑いを続けるアルが、右手の刀一本のみで迫る攻撃ごと妖精達を視界に入った傍から斬り伏せていく。
「軽ィ温ィ弱ェ!オラオラどうした、テメェら自分の世界を守りたかねえのか!?全力で来い、死ぬ気で殺しに来やがれッ」
 吠えるアルは無傷ではなく、全身に細かな裂傷や擦過傷ができていた。圧倒的に押しているのはアルの方なのだが、彼自身が回避など面倒だとばかりに来る攻撃を全て律儀に返り討ちにしているのが、主な被弾原因として挙げられた。
「アル!出過ぎるな少し下がれ!」
 鬼神と一時的にではあるものの互角に渡り合ったというアルの、これが『反転』によって悪魔へと転じた本能なのかと戦慄しながら、守羽は冷静に全体を見渡しながら指示を出す。
 最初の包囲を突破して、その後方に控えていた予備隊をも蹴散らした守羽達へと妖精は次から次へとやってきた。
 ある者達は地を駆け、またある者達は空を飛び、隊としての動きを見せながら真っ向から五大属性(あるいは四大属性)を束ねた遠中距離攻撃を繰り出してくる。
 基本的に妖精種は温厚な性格が主立っており、それ故に戦闘に秀でた者は少ない。その上で近距離を得手とする者などもっての外だ。
 つまり、数で押されていても質で勝る彼らには分がある。
 しかしそれも、今の段階においては、の話であるが。
(いちいち全部を相手にしてたらいずれ力尽きるのはこっちだ、このまま戦力を集中して一点突破を目指す!)
 後方でシェリアと音々に守られながら守羽・由音・アルの正面両翼が切り開く道をひた走る少女静音には全ての状態を元に戻す“復元”の異能がある。これによりあらゆる傷も受ける前の状態へ戻すことができる。
 だがこの力では対象の疲労等まで戻すことは出来ない。全力疾走して息を切らした相手へ“復元”を掛けても酸欠は治らないし、断裂した筋組織を戻すことは出来ても断裂手前の酷使され疲弊した筋肉を戻すことは出来ない。
 だからこの一団は無限に戦い続けられるわけではないのだ。いずれ限界が来て、疲れ切った体は行動を停止してしまう。
 加えて能力者である静音本人の能力限度もある。異能の反動は必ず何らかの形で現れ、例えば守羽の“倍加”の場合は身の丈を越えた力を引き出すことで肉体へ反動が返り、負傷する。それと同じように静音の能力にも体力なり精神なりを削る反動はある。
 焦りを表に出さないように心掛け、正面を受け持つ守羽は右隣で暴れている由音へ呼び掛ける。
「由音!右はもういい、正面を切り開くぞ」
「っ、おう!」
 相変わらず“再生”にかまけて防御を蔑ろにしている由音が傷だけ治った血だらけの姿で大きく頷き、サイドステップで守羽のすぐ隣へ着地する。
「出せるだけ全力だ。俺も―――本気でいく」
「了ッ解!行くぜオラァぁああああ!!!」
 並んだ二人が同時に目を見開くと、その地点から漆黒と純白のオーラが隣り合う柱となって空高く昇り上がった。
 太く生えた柱が徐々に細くなってやがて消えた時、その中心点にはさっきまでとはまるで姿の変わった両者がいた。
 全身を覆うは獣の姿を模した甲冑のような黒々とした邪気を纏う人間。その両眼は淀んだ黒色に染まっているが、自我は変わらず確立されている。
 その怪物じみた外見に対抗するかの如く、大きな半透明の薄羽を煌めかせて真白に近い生成色の髪を風に煽られながら、開く瞳は澄んだ琥珀の色と化す。
 “憑依”最大深度の東雲由音と、全能力完全開放の神門守羽の二人の圧力を前にして妖精達の動きが一瞬だけ止めさせられる。
 その好機を見逃すわけがなく、ほとんど同時に放たれた一撃は黒と白の奔流を渦巻き絡ませながら虚を突かれた妖精達を吹き飛ばし再起不能とさせていく。
「…ん!?オイなんだ守羽どうしたその髪!その目ぇ!?あれ羽も生えてる!」
 確かな手応えに顔を綻ばせた由音が、隣の守羽へ視線を向けた途端に跳び上がるほど驚いて大声を張り上げた。リアクションはともかく他の皆も同じく驚きを禁じ得なかったらしく、それぞれが戦闘の合間に守羽の変化した姿を視認して目を見開く。
 それらを受けて、ふと守羽はこの姿を目の当たりにしたのが鬼神と『イルダーナ』の刺客二名だけだったことを思い出す。
「まあ、これが俺の真の姿ってわけだ。人間らしくは、ねえけどな」
 自嘲するように呟く。これまで滑稽にも人間を名乗り振る舞ってきた自分がこんな姿を晒しては、いくらなんでもこれまで通りに扱ってくれることはないだろうと、そう諦観しかけた時だった。
「すげえなそれ!かっけえ!オレと組んだら白黒コンビだなっ」
「素敵だね、その羽」
 あまりにも素っ頓狂なことを大口開けて笑いながら言い放つ由音に呆気に取られる守羽が、その背後から続いた声に振り返る。
「静、音さん」
「今更そんな反応されると、こっちが困るかな。…私達は、真正の人間かどうかで貴方を見てきたわけじゃない。どう変わろうと、私達の『神門守羽』は変わらないよ」
 周囲で火球が爆ぜ土が隆起する戦場の只中で、ゆったりと噛み締めるように言葉を紡ぐ静音の声に言葉に、由音も言うことは無くなったとばかりに親指を立てて突き出してきた。
 そうして、守羽は自身の思い違いを恥じると共に、改めて痛感する。
 この身の内外を問わず全て理解して受け入れてくれる者がいることの、どれだけ掛け替えのないことか。
「……っ。由音、その状態は平気なのか?前まではそこまで深くやれなかっただろ」
 目頭が熱くなるのを誤魔化すように、正面へ顔を向け直して話題を逸らす。それにこの疑問自体は誤魔化しではなく本当に気掛かりな部分でもある。
「おう!お前がやってくれた『楔の術式』とかいうのを日昏が調整し直してくれたおかげでな!暴走せずかなり“憑依”を使えるようになったぜ!」
 いつの間にやら、守羽の知らぬ間に由音と日昏の関係が以前より親密になっていることに若干の謎を覚えながらも、今はその情報までで現状の納得とする。
 二人の一撃でこじ開けられた正面を突破しつつ、前方の三人は余力を考えながら突き進む。
 ここはまだ前哨戦に過ぎない。メインはこの先、妖精界の中心に位置するこの世界唯一最大の国。さらにその中枢。
 こんな所で疲れていられない。向こうとて、この段階ではまだ本腰を入れるつもりではないだろう。次々やってくる妖精達個々の実力から見てもまだ様子見といった色が強い。
 そう思っていた彼らの一団を、突如として左方から横殴りに水の砲弾が襲い掛かった。
「せぇい!!」
 即座に反応したのは、襲撃のもっとも近い位置にいた左側のアル。童子切安綱を両手持ちで振り回し、こちらへの被害が出る範囲の水弾のみを打ち落とす。
 刃に付着した水を一振りで払い、血気に逸るアルがここに来て僅か興奮したように犬歯を覗かせて襲撃者の名を明かす。
「出やがったなレイス!ようやく歯応えあるヤツが出てきやがった」
「……」
 無言でかつての友人を睨み据えるレイスが、次弾を周囲に展開し、
「レイスっ」
 愉快げに刀を構えるアルとの間に飛び出てきた猫耳少女を前にしてその動きを止めた。
「…シェリア」
「だめだよレイス、こんにゃこと、してちゃだめ」
「…やはり、お前は」
 期待した発言と異なっていたのか、一言を黙って聞いていたレイスは諦めたように水弾の構成を完遂させて臨戦態勢を整える。
「下がっていろシェリア。お前との話は、そこの連中を一掃してからだ」
「ううん、違うよレイス」
 頑なな青年の態度に、今度はシェリアがふうと小さく吐息を漏らして言う。語尾が終えると同時に、吹いた突風が鋭く飛んでレイスが構成した水弾を一つ残らず裂いて散らした。
「!」
「お話は、あたしとしよう?いっぱい、たくさん、しないとだよ」
 白いワンピースを翻して、風が少女を愛でるように肌を優しく這って伝う。背中からは、大気中の塵や埃を巻き込んで風の羽がうっすらと目視できた。
 妖精としての力を最大限に展開させて、それがシェリアの本気を示す『妖精の薄羽』の具現と成す。
「シェリア」
 せっかくの死闘を前に胸を躍らせていたアルが、水を差された仏頂面で少女の背中に呼びかける。シェリアは微笑んだまま、
「ごめんね?アル。でも、ここはあたしにやらせて。ずっと、そう考えてたから」
「チッ」
 不服そうに舌打ちをするも、安綱を肩に担いだアルは片手をひらひら振って対峙すべき相手を変更する。
「んじゃ、俺はテメエで我慢してやっか。来いよ靴職人」
 刀の切っ先を向けるはレイス・シェリアが睨み合う真逆、つまりは正面突破していた守羽達の右方。
 地面を踏み砕いて、小柄な中年男性が降り立っていた。
「レプラコーン…ラバーか!」
 その男を、守羽は知っていた。鬼神戦の直後に瀕死の守羽のもとへやってきた妖精。靴作りを得手とする職人。
 真名をレプラコーン、個としてはラバーと呼ばれていた者だ。
 レイスと同じく『イルダーナ』に籍を置く妖精が、侵略者達を挟む形で木槌を手にどっしりと構え、それをアルが受けて立つ。
 左右の強敵に、それぞれ二名の人員を取られた。
「先行けよ旦那の倅。あのジジイ半殺したらすぐ追い付くからちゃんと獲物残しとけよ?」
「フン、小僧が。行かせると」
「そいつは行かせるフラグだなぁ!?」
 何か言い掛けた守羽よりも早く木槌を地へ振り下ろしたラバーより速く、その木槌が地に触れる前に間合いを詰めて右足で蹴り上げたアルの一閃が走る。
「くぅっ!」
 あわや胴体を斜めに斬られかけたラバーが身を捻り茶髭の一部を斬り飛ばされるに留め、後方へ跳んで距離を離す。
「なんか俺の相手はジジイばっかだなー…ま、あの氷精ぶっ殺す準備運動には適任か」
 ぶつくさ愚痴りながら、ちらと視線を寄越したアルの意図を汲んで守羽は走り出す。それに倣い、すぐさま由音が続き音々と静音もその場を駆け抜けた。
 それらの通過を止めようと僅かな身じろぎを見せると、眼前の相手はそれを許さない。
 歯噛みしながらも、妖精達はひとまずの標的をそれぞれ定め意識を全て注ぎ込む。

「『反魔』め、二度目の侵攻が通ると思うなよ」
「なんだそりゃ、俺こっちではそんな風に呼ばれてんのか。ってかジジイ、靴職人なら俺に一足作ってくれよ。頑丈なヤツ」
「貴様におあえつら向きな、真っ赤に焼けた鉄の靴ならすぐ作れるが?」
「ハッハッ、んなモンなくたって俺は愉しく上手に踊ってみせるぜ。愉し過ぎて踏み潰しちまったらゴメンなァ」

「お前が、俺に敵うと思っているのか」
「そいえばレイスに勝ったことにゃいよね、あたし」
「ああ。そして今回も勝てない」
「ううん。勝つよ」
「たいした自信だ。ますますあの悪霊憑きに寄ってきたようで…腹立たしい」
「自信じゃにゃくって…あの時とは、もう違うから」
「何が違うか。お前は何も違わない、何も変わらない。変わる必要は無いんだ。お前はこれまで通りのお前で…よかったんだ」
「だめにゃんだよ、それじゃあ。でも口で言うだけじゃ、わからにゃいよね」
「……何が、お前をそうさせた」
「レイスも、もっといろいろ見てみにゃよ。そしたらきっと、わかるから」

 靴職人と妖精崩れの悪魔が。水の扱いに長けた青年と風の寵愛を受けた少女が。
 互いが互いの得手とする力をぶつけ合う余波が地面を細かく揺らすのを足裏で感じ取りながら、ついに守羽はその先にある一つの大国を目の当たりにするのだった。
 広い敷地全域を囲う城壁はさして高くもなく、簡単に乗り越えられそうに見えた。
 だが守羽の目を引いたものはそれではなく。
「なんだ、ありゃ」
 隣の由音も思わずといった様子で呟く。
 無数に連なる家々や店がびっしりと広がっている中央に一際高い城がある。
 だがそれ以上に高くそびえ立つものがあった。しかもそれが八つ。
 城壁に隣接する形で等間隔に設置された、薄く向こう側が見える程度に透明度を持った翠色の結晶が、六角柱に形を整えて空へ突き出ていた。
 その異様な鉱物にも金属にも思える巨大物が全てを守るように囲い屹立するあの国こそが、この世界の呼ばれ方と同じ名を持つ妖精国。
 父親の囚われている世界、国。グリトニルハイムの全貌を、ようやく守羽達は目にしたのだった。

       

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