第六話 妖精界の実情と内情


「…それで、これは」

 アル・由音・シェリアの門前での合流からそのまま国内へと通された元『侵略者』であり現『賓客』の扱いを受けている少女、静音はゆっくりと首を右に傾け、

「…どういうこと?」

 それは聞く者によっては詰問にも受け取れたかもしれない。投げ掛けられた問いに応じる相手は冷や汗混じりに視線を逸らすことしか出来なかった。

「いや、なんというか、えっと」
「ようこそいらっしゃいました~、何もない国ですがごゆっくり~」
「何も無いとは失礼だなオイ」

 質問に適切な回答を用意できずしどろもどろになる守羽の背後、足りない背丈を椅子の上に立つことで補っている小柄な妖精の娘が守羽の頭を胸に抱き留め撫で続けている。
 ふにゃりと幸福そうな表情でなでりなでりと黒髪を梳いている妖精の娘を、背後の玉座に腰掛ける妖精王オベイロンが呆れた顔で見やっていた。




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 ようやっと妖精女王・ルルナテューリの抱擁から解放されて、玉座の間には奇妙な面子が会することと相成った。
「そうですか、貴女が守羽のお母さんの…」
「はい、その妹ルルナテューリと申します。今は一応、妖精界の女王やってますから」
 妖精女王ティターニアの自己紹介をもって先の行動にひとまずの納得を示す静音。ただ叔母に一方的に愛でられていただけなのだと理解してもらって守羽としても人心地つけた思いである。絵面的にも、あれはあらぬ誤解を受けておかしくない状況ではあった。
「私は久遠静音です。守羽とは…えと、学校の先輩で。あ、学校というのは」
「人間界での教育機関のことですよね?それくらい知ってますから。へぇ~、ということは久遠さまは守羽さまの…」
「おかしな勘繰り入れないでください、……女王様」
 少女二人の会話に割り込み、結果自身の叔母の呼び方に迷った末の無難な敬称に、ルルナテューリは不満そうに頬を膨らませる。
「もう、そんな他人行儀な呼び方は嫌ですから。あっちの王さまみたいにルルって呼んでくれていいのですよ?あ!それともお姉ちゃんでも嬉しいかもですねぇ!」
「それは勘弁してください…ルルさん」
 流石に叔母とはいえ、外見年齢が中学生くらいにしか見えない娘を相手にその呼び方は抵抗を覚えた。渋々、消去法をもって改められた呼び方に今度こそルルナテューリは満足そうに破顔した。
「おねーちゃん…」
 それら一連の会話をぼんやり聞いていたシェリアが、ぶらぶらと足を揺らしていた椅子から下りて静音のもとまで駆け寄ると、その腰にしがみついて、
「ね、ね!あたしもシズのことシズねぇって呼んでもいーい!?」
「え?」
「だめ…?」
 何言ってんだお前、と守羽が注意しかけたところを静音に片手で制され、その手を腰に押し付けて来るシェリアの頭に置いた。そのままこくりと頷く。
「ううん、いいよ。ご自由にどうぞ」
 慈愛に満ちた微笑みに、シェリアも花の咲いたような笑顔を返す。妖精にしては珍しい黒髪ということもあって、こうして見れば中々どうして仲の良い姉妹に見えて来る。
「…まぁ、静音さんがいいのなら」
 本人が何より嬉しそうなのを、他人が横から口出しするものではない。考え直し、微笑ましい光景を眺めつつ残っていた緑茶を一口含み、
「うふふ、いずれは久遠さまとあのような元気な子をお育てになられるご予定ですから?」
「ぶふぅっ!!」
 そして一息で噴き出した。元凶同じくして、本日二度目の噴茶である。



「よぉ今代の妖精王。アンタ強いんだってな?玉座に居座るだけしか能が無ぇ王サマにしちゃ珍しい部類だな?」
「しょっぺぇ煽りはやめとけ『反魔』の小僧。玉座の間こ こに通された時に武器は取り上げられてんだろ。『反転』済みとはいえ、武装無しのお前に負けるほどヤワじゃねーぞこっちは」
 鼻先が触れそうなほどの距離で、アルがチンピラの如き形相で絡んでいるのは仮にも一国一界の王。もしこの場に近衛や側近がいれば斬首ものの大騒ぎになっているところであるが、幸いにもこの妖精王は異様なほどに寛容であった。
「そうそう、それよ。なんだよ反魔って。俺らアルヴの妖精は大昔から『打鋼うちがね』だの『魔法の金属細工師』だのって呼ばれてたはずだが」
「妖精界に反旗を翻した裏切り者、妖精崩れの悪魔。略して反魔だとよ。くっく、嫌われたモンじゃねーかアルムエルド」
「もとから好かれちゃいなかったがな。あとその呼び名はやめろ、もう棄てた名だ。今はただのアルだよ」
「そーかい」
 あの血気盛んな悪魔がじっとしているはずはないと、女王や静音との会話の最中に半ば冷や冷やしながら様子を窺っていた守羽であるが、存外この二人気が合うようで楽し気に会話に興じていた。何よりではあるが、やはり王を相手にあの態度は如何なものかと思わずにはいられない。

「いやーでもすげえな!こんなんゲームの中でしか見たことねえわ」
「まあしっかり見てみればたいしたもんよね。前に来た時は侵攻で外観とか内装なんて見てる余裕無かったし」
 玉座の間の窓から外の風景を見下ろしていた由音の隣で手持無沙汰な音々が相槌を打つ。
 由音は守羽への忠義心から付いて来たのであって妖精間の内情云々にはさして興味が無いらしく妖精王・女王にはあまり接触しようとはしてこない。単純に守羽とルルナテューリ、肉親との会話に遠慮して身を引いているのかもしれないが。
「あっそうだ!せっかくだしさ音々、アンタらが前にここ攻めた時の話してくれよ!守羽の母ちゃんを連れてく為に攻め込んだんだろ確か!」
「あー…そうね、私達…『突貫同盟』は、それぞれ妖精界を目的地として手を組んだけど、別に目的は一つっきりじゃなかったしそれに、あの時は同盟も今より多かったわ。ボスとその他は当時の妖精女王筆頭候補のあの人を連れ去る為に。で、私とアルなんかはハクちゃんの為に」
「ハク?」
「…そうそう!ハクちゃんってばもんのすごく可愛くってね!前とかアルの為なんかに料理作りたいとか言い出したんだけどその時のあの子ったらもう悶絶するくらいキュートに頑張ってて!!」
「なんでいきなりテンション上がってんだよ怖えな!侵攻の話どこ行ったんだよ!」



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「―――いやいや!なに普通に盛り上がってんだよ!!」

 しばらくの間、そうして各々八名が地位も身分もさして気にした風もなく歓談をして、小一時間ほどした頃になって絶叫と共に守羽が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「違う違う!俺ら世間話しにここまで来たわけじゃねえだろ!?うちの父さん返せや!」
 肝心の本題を忘れそうになるほど、王と女王がのんびりしているものだから、なんとなしにその空気に飲み込まれてしまっていたけれど。そうじゃない。
 音々と由音に関しては、「あ、やっとその話題?」なんて言いながら一区切りついた会話を打ち切って窓際からこちらへ歩き寄ってくる始末。気付いていたのなら言ってほしかったという恨みがましい視線を送るも効果は無く。
「おう、そうだったなー。ルル」
「はぁい」
 自らの宝剣を手にアルと武器の装飾が造形がと語り合っていた妖精王も、その叫びを受けてようやく妖精女王を手元に呼び寄せる。
 そうして、玉座の片側にルルナテューリが立ち王は座したまま。こちら側六名と対面する形で再度語るべき場が構成される。
「じゃ、親睦も深めたところで本題そっちも始めるか。ちょうど、こっちも訊きたいことがいくつかあったからな」
 大柄な体躯を窮屈そうに玉座に収めながら足と腕を組み、王様らしい不遜な態度で妖精の王は本題を語るに相応しい表情を作って見せる。
 本題、すなわち神門旭の処遇に関して。
 妖精界における大罪人であるその人を、わざわざ外界へ出向いてまで捕らえて来た身柄を、みすみす手放すような真似が出来ないことは分かっている。だがなんとしてでも返してもらわねばならない。例えどんな返答だろうと、それだけは譲れない。
 ところがである。妖精王は引き締めた顔で、厳かな声音で、

「神門旭の返還、解放。ああ可能だ。やろうと思えばやれない話じゃない」

 そんな風に言ってのけた。

「ぶっちゃけた話、俺も乗り気じゃねーんだわ処刑の件は」

 妖精王が、王たる立場としては信じられない発言を繰り出してくる。
「だが周りはそうもいかねえ。何せ先代妖精王の伴侶となるはずだった女を拉致誘拐したとまでされている大罪人の処遇。俺達妖精ってのは外界へ興味を示さない傾向が強い代わり、その内部環境への変動へは強い抵抗を覚える。何が言いたいかは分かるな?」
 ようやく落ち着いて腰を降ろせた椅子の上で、俺は王の言い分に静かに頷く。
 妖精種は争いや環境の変化を嫌う、というのは察していた。こうして自分達にとっての理想郷を一つの世界として構築し、その内に篭りっきりになっている辺りからもそれは分かる。
 そして妖精が、生み出した理想郷の内部で長らく変化の無い生活を続けてきていたことも、おおよそ判断可能だ。
 となれば、誰がその不自由なき日々の平穏に変化を求めるものか。ましてや代々継承されてきた由緒正しき王座のシステムに歪みなど許すものだろうか。
 王と共に世界を支えるはずだった妖精の誘拐に乗り出し侵攻、妖精界に大きな震撼を与え、散々に荒らしまくった結果攫われた女王筆頭候補。
 必然的に考えて、神門旭はそれら能動的に続けられてきた妖精界の全てを破壊した、いわば世界にとっての敵である。
 いくら温厚で争乱を嫌う種族とて、斬首を望む声が多いのも頷けるほどの要素をあの父親は内包しているといっても過言ではない。
「ま、元を正せばあの女をおとなしく解放しなかった妖精界の側にも責任はあるんだがな。両想いなのは明白だったっつのに、次期妖精女王ともなると周囲がそれを許さなかった。神門旭はそこら辺も分かってた上で、あえて悪役を演じて攻め入って来た節もあるが」
 駆け落ちの選択肢は残されていなかった、という意味だと守羽は汲んだ。だからこそ、最も強引な手段に及ばざるを得なかった。確かに守羽の知る父親の性格上、添い遂げる為とはいえ真っ先に侵攻という方法を選ぶような人間ではなかった。
「どうすれば父さんを取り返せる」
 それまでの話を脇に置き、守羽は端的にそれだけを訊ねる。
 妖精王が、この国のトップがそれを可能だと言った。ならばそれなりの根拠があるはずだ。
 だが王は僅かに口籠る。会って間もない男だが、こんな風に何かを言い淀むような者ではなかった、という違和感がある。
 玉座にふんぞり返ったまま、妖精王の視線だけが真横に逸れる。そこにいるのは側で控えていた妖精女王ルルナテューリ。視線を受けて、彼女は物悲しそうに瞼をそっと伏せた。
 一体なんだというのだろうか。
 守羽が疑問を口に出そうとした時、ついに王が面倒そうな溜息の後に話す。

「簡単なことだ。ここに来た時と同様、強引に掻っ攫っていけ。牢獄をブチ壊し、妖精をぶっ倒し、この世界を蹂躙して逃げ延びろ」

「…そうか」
 溜息を吐き返して瞳を細めた守羽が、剣呑な空気をいち早く悟り邪気を身に纏い掛けた由音が、凶悪に笑みを浮かべたアルが、何か行動を起こすよりずっと早く、
「だめっ!!」
 一陣の強い風が玉座の間に吹き荒れる。テーブルの上のカップやら湯呑やらが突風に押されて床に落ち、窓枠がガタガタと揺れる。
 ウェーブがかった黒髪を風に遊ばせるがままにして、シェリアが立ち上がった姿勢で皆の挙動を制する。
「そんにゃのだめ!それじゃ変わらない!」
「シェリア」
「あたしは!わかってもらうために、ここに戻ってきたの!ほかの皆に、アキラもシュウもわるい人じゃにゃいよって、わかってもらうために!それにゃのに、これじゃ…」
 そうだった。シェリアだけは違ったのだ。
 所属していた妖精組織から離反してまで、シェリアは罪人の悪評を雪ぐ為に奮闘してくれた。この世界の者達に、裏切者と後ろ指を指される覚悟を決めてまで。
 妖精王の言葉にそのまま従ってしまえば、今度こそ神門旭は守羽もろとも人外勢力の一角を丸ごと敵に回してしまうことだろう。
 そしてそれは、そのまま協力してくれたシェリアへの裏切りにまで繋がる。
 間違いなく最悪の選択。
 だが。
「犠牲にするものは大きいな。リスクも馬鹿でけえ。だが王城ここまで踏み込んでくる機会は、おそらく今後二度と無い。それは妖精王たるこの俺、イクスエキナが十二分に保障してやる」
 あえて王として以外に自らの名を明かしてまで断言したのは、彼という一妖精の観点から見ても再度の侵攻が絶望的に不可能であることを示しているのか。
 半泣きのシェリアに静音と由音が付き添う中、代表者である守羽が無言で続きを促す。
「だが今ならその限りじゃねえ。おれ女王ルルが直々に迎え入れた賓客としてのお前らなら、まだ可能性のある話だ。先に言うとな、もしお前らが俺の提案通りに城内を暴れ回って神門旭を掻っ攫って出て行こうと、俺やルルは関与しないつもりだ」
「随分と適当だな、父さんを罪人としてここまで引き摺ってきたのはアンタらお上の指示なんだろ?」
「いんや、違う」
 確定事項として突きつけたつもりだった発言に、他人事のように否定が返された。
「俺は一言も『人の世界で隠匿してる神門旭を捕らえろ』なんて命令は下したことはない。そもそも『フェアリー』には別命をきちんと与えた上で人間界に放ったんだが…」
「フェアリー?」
「……『イルダーナ』のこと、だよ。シュウ。名前、変えたの」
 ぐすぐすと静音に鼻をかんでもらいながら、途切れ途切れの注釈を入れるシェリアに頷いたのは妖精王イクスエキナ。
「おう、そういえばファルスフィスの爺からそんな報告も受けてたっけな。その『イルダーナ』ってのには本来違う命令を出してた。……先に、こっちから話をつけた方が早いか」
 もう一度視線と首肯とでルルナテューリと取り決め、王は一旦話を横道に逸らす。もっとも、彼ら妖精側にとってはこちらの方に気掛かりな点があったのも事実ではあったようだが。
 王は六名の『賓客』を見回し、端的にこう訊ねる。
「お前ら。誰でも、なんでもいい。人の世で妖精殺しが立て続けに発生している件について何か知ってることはないか」
「…妖精殺し?」
 いきなり初耳の情報を突きつけられ、守羽がまず思案顔になりつつも否定。知らないと表情で返し、他の皆を振り返る。
「静音さん…も、知らないですよね。もちろん由音も」
「知らねえな!なんだそれ、誰がやってんだそんなこと!」
「それがわかりゃ『イルダーナ』も難航しちゃいねーよ人間の小僧」
 ゆるゆると首を左右に振るう静音と、初耳ながらも内容も満足に知らぬままに憤慨する由音。当然ながら情報を掴めていなかったとされる『イルダーナ』所属のシェリアも同様だった。
「俺も知らんな。『突貫同盟』は最近再始動したばっかだし、それまで使ってた情報網もほとんど必要としてなかった上にそもそも集める情報も無かった。のんべんだらりと過ごしてたぜ。最近まではな」
「右に同じく。ハクちゃんと遊ぶのに忙しかったし」
「ぶっ殺すぞクソ魔獣表出るか?」
「あらぁごめんなさいね私のせいでハクちゃんに構ってもらう頻度が減って苛立っちゃったのかしら上等よ生まれ故郷の土に還りなさいなクソ悪魔」
 もはや誰もが慣れっことなった魔獣と悪魔の喧嘩には誰も止めに入らず話を進める。
「最初は行方の知れない者が大半だった。少しずつ、それらが殺されているか喰われていることが明らかになってきて、いよいよこの世界の妖精も他人事ではなさそうだと判断されて調査をすることになった。それが『イルダーナ』に課した本来の王命だ」
 妖精王が説明の傍らで指をパチンと鳴らすと、先程の突風で零れた茶が一瞬で蒸発し、あとには滲みすら残らなかった。案外汚れを気にする性質なのかもしれない、とどうでもいいことを考えている間にも言葉は続く。
「で、どうもその最中に行き着いちまったのがお前の暮らす街。そこで見つけちまったのがお前という存在と妖精襲撃の一件。覚えはねえか?」
「……、ああ」
「……、あっ!」
 問い掛けに反応したのは守羽と由音。
 鎌鼬、口裂け女、四門、陽向。
 連戦に次ぐ連戦の中、神門守羽という異端の混じり者を見つけ出す機会はいくらでもあったように思う。
 由音は由音で、後者の方に心当たりがあった。あの、大鬼襲来の前兆でもあった大量の餓鬼が街中を跋扈していた折のこと。
 『鬼殺し』を探してあちらこちらをうろついていた餓鬼に、不幸にも見つかってしまったピクシーという種類の妖精を助けたことがあるのを思い出す。
 あれ自体は偶然の出来事であっておそらく今回の妖精殺しの一件とは無関係であったものだろうが、結果的に『妖精が襲われた』という事実のみが妖精組織イルダーナを引き寄せてしまった一因であるのも否めない。
「そこで目的が目移りしちまったんだろうよ、妖精殺しの究明から大罪人の捕縛にな」
「王命の果たし途中で、俺達の存在が見つかっちまったわけか。ってことはそっちは『イルダーナ』側の独断であってアンタは関与していないと?」
「言い方が悪いがそういうことだ。俺がそれを知ったのはファルスフィスが瀕死の神門旭を妖精界に連行してきてからだった。定期報告も兼ねて前々から戻ってくるようには言ってあったが、まさかあんな余計なこと仕出かしてくれるたぁな」
 余計なこと、と感じていたのはおそらく罪人の処遇に関心を示さない王と、神門旭に関わりのあった妖精女王くらいだろう。他の妖精達は罪人の捕縛に歓喜したに違いない。…非常に業腹な話だが、聞く限り運が無かったという他あるまい。
 ひとしきり話すべき用件を終えたのか、王は大きく伸びをして場の打ち切りに入る。
「…ともあれそういうわけだ。妖精殺しを知らないんなら俺から訊きたいことはもう無い。今からお前らには賓客としてこの国を出歩く許可をくれてやる。中々見れるモンじゃねーし、せっかくだから数日くらいは妖精界を堪能して行けや」
「待ってくれ、そんなことしてる場合じゃない。俺達は父さん…神門旭を」
「実行するなら好きにしろ、っつってんのを汲めよ神門守羽。数日の内、お前らが何をしようが目を瞑る。俺も、ルルもな」
 旭の奪還、逃亡、追手の迎撃。もし王の言葉に従い牢獄から父親を連れ出すのならば相応の覚悟が必要になる。侵攻時と同じか、それ以上の覚悟が。
 それらの決意と準備を、成すのであれば数日中に終えろと言外に語っていたことに気付く。
「やるのは勝手だが、できるだけ荒らさずに頼むわ。ここの住人は平穏こそを望む。荒事なんざ短期の内に終えたいのさ。大方の連中はな」
「アンタは…それで大丈夫なのか」
「無論のこと大問題だ、俺はこの世界の王様だぞ。責任がどうのこうのとまたうるさくなる」
 腰がくたびれたのか、玉座から立ち上がった王が首や腰をゴキゴキと鳴らしながら心底面倒臭そうに答える。王という立場に、実は辟易しているのかとすら思える仕草だった。
「だが、まあ。全ての意見を押し潰して王権全開で神門旭を釈放するよか、お前らが勝手に暴れて連れ出してってくれた方が、こっちもいくらか面目が維持できるってもんよ」
 言って、埃を払うように片手を振るう。退室を促す挙動に守羽達も黙って席を立った。何かを言いたげにしていた面々も、口出しを控え大きな両扉へ向け背を向ける。
「覚悟だけは、固く持てよ神門守羽。後悔しないようにな」
 最後尾で出て行こうとした守羽の背中に、刺さるような声色。振り返らず、一度立ち止まる。
「その行為は全ての絶縁と決別を意味する。半分故郷でもあるこの世界にはさして愛着は無いだろうが、それ以外とのえにしとも繋がりを断たなくちゃならねえ」
 言いたいことは、すぐにわかった。無言で足を前に進める。
 奪還を志すのなら、この世界に二度と訪れることは無い。訪れるつもりもない。でもそれは、きっとあの人とも永劫の別れを意味する。
 だから、妖精王イクスエキナの言葉の矛先は、本当は守羽ではなくて。
「数日の猶予だ。…もし心残りがあるのなら、その間に解消しておけ」
 彼の隣で物悲しそうに顔を伏せる自らの伴侶へ、それは王なりの配慮だったのかもしれない。

 王城を出るとそこは噴水が中央に設置された円形の大きな広場となっていた。本来であれば数多くの妖精達が思い思いに遊び回っているであろうはずの憩いの場は、守羽達の存在があってか無人であった。
「で、どうすんだよ神門守羽」
 先頭切って進んでいたアルが、振り向きざまに最後尾の守羽へ指示を仰ぐ。結局、武器はこの国にいる間は王城内部で管理されるらしく没収されたままなのが不服そうだった。
「どうするも何も、やることは変わらねえよ。父さんを取り返す。そんでここから逃げ出す」
「守羽!それでいいんか?だってお前…」
「女王…ルルナテューリさんのことは」
 由音と静音の両方から言われ、目を伏せる。何か考え込んでいるように見えたが、すぐに顔を上げて一つ笑って見せる。
「構わねえ。あの人には悪いと思ってるけど、それでも俺にとっては父親の方が大事だ。…全員、先の戦いで負傷したり疲弊したのはいるか?遠慮なく言ってくれ」
 広場の中央で立ち止まり、ぐるりと五名を見回す。まずアルが手を挙げた。
「今からおっぱじめてもやれるぜ。ただそうなると王城に逆戻りで武器奪い返すとこから始めねぇとだが」
「オレもいける!ただ疲弊ってほどじゃねーけどちょっと疲れたかもな!いやそれでも全然いけるんだけど!」
 対抗するように由音も挙手したが、まず間違いなく無理をしているだけだろう。今回も例に漏れず、深手を負って“再生”で復帰してを繰り返してきた由音の負担は大きい。
 さらに言えば、他にも。
「…シェリア?大丈夫?」
「うぅん、…ねむい、かも」
 玉座の間からの帰り道、ずっと目元を擦っていたシェリアが眠気を訴えている。まだ幼子でもある少女には王国侵攻の疲労は多大なものだったに違いない。
 付き添っている静音も、表面上はそうと見えないが疲労の色は強い。というより、彼女がもっとも疲れているはずなのだ。
 静音にとっては今回は初めての戦場。何度も戦闘を繰り返して来た守羽や由音、アルに音々なんかはもう慣れたものだが、初陣でこれだけの大規模な侵攻をして精神が平静を保てるわけがない。摩耗した心は、必ず身体上にも影響を及ぼす。
 かくいう守羽とて、妖精王との戦闘で消耗した体力は未だ完全に戻り切ってはいない。
 数日の間、賓客としてこの国を出歩けるという国王直々の認可。この際有り難く利用させてもらう他あるまい。
「二日の間、ここに滞在する。寝床や飯は王城で用意してくれるらしいし、その間に各々は療養しながら今後の身の振り方を考えてくれ。特にシェリア」
 もし賓客という好待遇を利用して神門旭の奪還を成し遂げてしまった場合、今度こそ妖精達は俺達侵略者を許しはしない。今だって自分達の存在を許容しているはずはないが、そこは王権でほとんど強引に不平不満を押さえ付けているような現状と予測する。
 この妖精界を故郷としているシェリアにとっては選択次第で帰るべき居場所を失くしてしまう上に、下手をすれば人間界でさえも追いかけ回される逃亡生活を送る事態にもなりかねない。
 この場の全員に言えることであるし、守羽の我儘でそこまで皆に負担を強いるようなことはしたくない。出来ることなら、賢明な判断を下し抜けてもらうことが最善と見る。
 …そんなこと、誰一人としてするわけがないと心のどこかで確信していながらも。
「まあオレは別に変らんけどな!守羽に付いてくだけだし、お前の『アーバレスター』としてどこまでもやることやるだけだ」
「私も、由音君と同じ」
「こっちも同じようなものよねえ、今更の話だし」
「ああ。こんなクソみてえなとこ、もう故郷とも思っちゃいないしな」
 予想通りというか、皆々特に意見が変わることは無かった。ただ、シェリアだけは珍しく神妙な表情をして、
「…んじゃ、あたしは。ちょっとおうち帰ってもいい?お母さんとか、街のみんにゃとか、いろいろ会ってお話したい、かな」
 おそるおそるといった具合に猫耳をピクピクさせながら伺いを立てる少女に、守羽の返答は決まっていた。
「二日の間はそれぞれ自由だ、お前の好きにすればいいさ。…別に、ここで抜けたって一向に構わないぞ。俺達は誰も責めない」
 一応気を遣って返した言葉にだけは首を左右に振って否定し、それっきりシェリアは黙って静音の腕に縋り付いた。
「他も、自由行動だから散っていいぞ。でも変に騒ぎを起こしたりしないようにな、アル」
「なんで俺にだけ言うんだっつの。なんもしねえよ」
 ガリガリと煤けた赤茶色の頭髪を掻いて、ポケットに両手を突っ込んだままアルは背中を向けて何処かへと向かう。彼にとっても故郷だった土地、世界だ。感傷に浸りながら見て回りたいものでもあるのかもしれない。
「…妖精種っていったら色白の肌に童顔よね。可愛い女の子だって山ほどいるのはよく聞く話だし…。よっしゃ、ちょっと私もこの国見て回るわ。いつかの侵攻の時はそんな暇なかったしね」
「……お前も、ほどほどにしておけよ」
 同性愛者というわけではなかろうが、時折音々も女児を見る際の視線に怪しいものが含まれていることがある。アルが警戒して白埜から遠ざけようとする気持ちも、今ならわからんでもない。
「さって!そんなら守羽!オレらもどっか観光すっか…って、お?」
 それぞれ違う方向に進んで行った二人を見送って、大きく伸びをした由音が提案を口にした途中に、袖を引かれる感覚に気付いて視線を下ろす。
「シノ」
「おう、妖精界ってなんか面白いとこねえか!?せっかくだから案内してくれよシェリアっ」
 ぽすんと黒髪の頭に手を乗せて笑う由音へと、上げた両目をじっと向けたままシェリアが唇をもにょもにょとさせながら、
「あの、ね。シノも一緒に来て、くれたらにゃーって。…うちに」
「お前ん家に?オレがか?」
 きょとんと自分を指差す由音にこくんと頷くシェリア。それを見ていた守羽は意味ありげに笑みを見せ、隣の静音はほんのりと頬を朱に染めて視線を横に逸らしていた。
「んなら全員で行きゃいいじゃねえか、なあ守羽?」
「いや俺は……うん、俺は静音さんとどっか面白いもんないか探してみるから、あとで合流しようぜ。なんかあったら教えるから」
「お?なんだ手分けして面白ポイント探すゲームか!?なんだよそうならそう言えよなぁ、おーし負けてらんねえからな行くぞシェリア!!」
 勝手に誤解したまま、由音は意気揚々とシェリアの手を引いて広場を出て行った。「ってかお前の家ってどこだよわかんねえええ!!」と消えた先から聞こえてきて、残された二人は呆れ半分に苦笑を浮かべることとなった。
「シェリアも大胆なことをするようになったなー…まあ、そんな深い意味はないんだろうけど」
 久しぶりに帰るから一人じゃ不安だとか、由音に見せたいものがあるとか、そんなところだろう。あの少女の思考と精神性からして、両親に紹介したいとかいう展開にはまだ至らなそうである。
「俺達は、どうします?静音さん」
 由音への適当な誤魔化しからああは言ったが、別段彼女とそういった約束事をしたわけではなかった。
 だが静音の方はまんざらでもなかったらしく、広場から見える風景をきょろりと見回しながら、
「うん…。とりあえず、歩いてみようか。妖精の方々を驚かせないように気を付けながら」
「そう、ですね。えーっと、じゃあ。行きます?」
 意図せずして二人っきりの状況に持ち込めたことに内心で狂喜乱舞しながら、守羽は中世ヨーロッパによく似た建築風景を眺めながら歩き始める。
 そのすぐあとを付いて来る、憧れの先輩の小さな歩調に合わせながら。
sage