Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は 二章
第一話 肝心なこと

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「それでは明日より長い休みとなるがー、だからといってだらけることなく生活するようにー」
 例年通りの忠告を台本通りに読み上げる教師の言葉を半分以上聞き流しながら、神門守羽は今後のことを考えていた。
 当然夏休みをいかに満喫するか、などといった平凡なことではない。
「あっぢー……」
 暑さにやられて机に突っ伏す友人の後ろ姿をちらと見やって、守羽は蒸し暑い教室で湿気の高い吐息を漏らす。
 やはり、どれだけ考え抜いても、
(分の悪い戦いになるな…下手をすれば、酒呑との戦闘よりもずっと)
 一つの世界へ吹っ掛ける喧嘩をするのに、こちらの戦力はあまりにも少なかった。



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 終業式を終えて正午で下校となった彼らはそれぞれまっすぐに家へ帰り、各自準備を整えたのちに守羽の家へ集合という形になった。
 事前に準備を終えていた守羽は、居間にいる者達へそれぞれ視線を巡らせる。
 色素の薄い髪を肩に触れるかどうかの辺りで揃えられた、少女と見紛う童顔小柄の母親は人数分作り終えた昼食のチャーハンをテーブルに並べている。
 そして、その手伝いをしてせっせと居間と台所をせわしなく往復しているのは、そんな母親よりもさらに小さな幼女。
 煌めく白銀の髪を持つ白埜しらのが、両手でチャーハンの盛られた皿を持って守羽の前を通過する。
 そんな白埜をじっと見つめている守羽の視線が鋭くなる。
 今やその身に宿る全ての力の全開放に成功した守羽は、その半身を構成する退魔師の力によって人外の性質及び真名を看破する素質も取り戻している。
「……?」
 テーブルに皿を置いてまた台所へ戻ろうとしたところで、視線に気付いた白埜が守羽を見上げる。
(こんな幼子も同盟の一員らしいが。…っ!?)
「……なに?シュウ」
 『陽向』の退魔師には継承されていく知識の恩恵がある。半分しか継げていない半端な守羽でも、全集中して見極めれば相手がどんな人外なのかは大体分かる。
 白埜の本質を視た守羽は表情には出さないまま静かに驚愕した。
(この子…まさか)
 自分の認識が間違っていなければ、この白埜という娘に宿る力は、その本質は。
(アルヴやグレムリン、セイレーンなんて並の妖精や魔獣とは比にならない…こんなところでこんな神聖な存在に出会うとは)
 なんとなく御利益を期待して白埜の頭をくしゃりと撫でると、抵抗することなくただ不思議そうな顔でされるがままになった。
「……アルより、やさしい」
「ん?」
「……アルは、もっと、…ぐりゃーってなでるから」
 撫で方の話かと納得して、最後に頭をぽんと触れて守羽は居間へ戻り腰を下ろす。手伝いをしようかとも思ったが、母と白埜だけで手は足りそうだったので控えた。
「あんまり白埜に手を出すと、アルがキレるから用心な」
 居間には守羽以外にも一人、男がいた。抹茶のような深い緑色の髪をスポーツ刈りにした青年。
 この場にいる白埜と同じく、神門旭を長とした組織『突貫同盟』の一員レンだ。
 今現在、この家には母親と守羽に加えて『突貫同盟』の二名が来ていた。
 理由は単純で、これから守羽達が不在の間にこの家に残って妖精達に狙われている母親を守ってもらう為。
 妖精種全体における大罪人である神門旭を連れ去ったこの状況で、さらに欲張って手を伸ばしてくる可能性は極めて低いが、念には念を入れての態勢だった。
 そして、他の同盟員二名はといえば。
「そのアルは、勝手に先発で行っちまったらしいな」
 畳の上に足を延ばして、守羽は呆れたように言った。
 同盟の主力、魔獣種『岩礁の惑唄セ イ レ ー ン』こと音々ねねと妖精種から『反転』によって悪魔へと転じた『打鋼アルヴ』ことアル。
 この二人は此度の妖精界殴り込み作戦に手を貸してくれるという話だったが、どうやら今朝方にはもう先に出て行ってしまったらしい。
「まあ、仕方ないよ。あの二人だって、そこそこ焦れているんだから」
 弁護するよりかは、むしろそれが当たり前だと言わんばかりの口調でレンは続ける。

「だって旦那さんが連れてかれて、もう向こうじゃ一週間以上経ってるわけだしね」

 最初、レンが何を言っているのか守羽には理解できなかった。
 父親が妖精組織『イルダーナ』の面々に捕らえられて連れて行かれたのは三日前のこと。
 だがここで、守羽はある一つの事実に思い当った。
 神門旭が連れて行かれたのは“具現界域”と呼ばれる、人外達が独自で創り上げたこことは違う空間、違う世界だ。
 となると、そこはこことは違う法則が働いていたとしてもなんらおかしくない。
 それこそ今自分が立っている場所の裏側では日が沈んで夜となっているのと同じように。この世界ですら、同じ時間の中にありながら異なる生活を送っている。
 それが世界ごと異なれば、食い違う箇所が多く広くなって然るべきなのだ。
「レンっ!!」
 声を荒げて、守羽は麦茶をすすりながらのんびり昼食の配膳が終わるのを待っているレンに掴み掛る。
「うわっ、なんだなんだ?」
「この世界と妖精界とじゃ、まさか時差があんのか!?どれだけだ?どれだけの差がある!?」
 旭が連れ去られてからの三日、もどかしい思いをしながらも準備を進めていた守羽の頬を冷や汗が伝う。
「あれ、守羽に言ってなかったの?レン」
 怒声を聞いて台所から出て来た母親が、おっとりとレンに声を掛ける。
「ありゃ、てっきり俺は姐さんがもう説明してるもんかと」
 胸倉を掴まれたレンも、呑気に片手で頭の後ろなんか掻きながら答える。
「そうだよ。時差っていうか、妖精界はこことは時間の流れが違う。あっちはこっちより三倍くらい早いかな」
 確認を取るようにレンが顔を向けると、母もこくりと頷きを返す。
 三倍。
 ここでの一日が、妖精界では三日ということ。そして旭が連れて行かれたのも三日前。
(一週間どころじゃねえ、九日…!!妖精界では既に連行から九日も経ってやがるってのか!)
 レンの胸倉を離し、勢いよく立ち上がる。
「昼飯なんて食ってる場合じゃねえじゃん!早くしねえとヤバい!!」
「え、せっかく今全員分できたのに」
「ちょっと呑気過ぎるだろアンタの旦那だぞ母さん!?」
 旭が連れ去られてから吹っ切れたかのようにこれまで通りののんびり屋に戻った母親に叫び散らすが、それでも動揺することもなく母親は白埜と共に運び終えた昼食をテーブルに並べる。
「大丈夫だよ、元々妖精界で暮らしていたわたしやレンが保障するけど、そんなすぐに旭さんは処刑されたりするわけじゃない」
「でもさ!」
「ほら、座って。腹が減っては戦も出来ないよ。万全の状態で、旭さんを助けに行かなきゃでしょ?」
「いやだから―――」
「おお、うまそう」
「……こんしんの、できばえ」
 鼻孔をくすぐる匂いにレンが歓声を上げて、白埜は満足そうに胸を張ってレンの隣に座る。
 完全に食事に移る流れになった他三名に強い疑問を抱きながらも、仕方なしに守羽はその場に膝を折って座り直す。
(いいのかなーこんなんで……)
 ひたすらに首を傾げながら、両手を合わせてスプーンを手に取り食事を始める守羽だった。
 チャーハンは美味しかった。

     

 神門家の昼食が終わって少しして、待っていた三人はやってきた。
 遠方というか別世界への遠出ということもあって事前に動きやすい恰好で来るようにとは言ってあったが、東雲由音についてはまったくの予想外だった。
「おま…それで行くのか」
「ん?おお!」
 唖然として守羽が思わず問うても、由音は胸を張って肯定するだけだった。学校指定のジャージ姿で妖精の世界に踏み込むことにはなんの抵抗もないらしい。
「どうせオレなんかは一番怪我しやすいんだから、服なんて別になんでもいいんだよ!すぐボロボロの布きれになっちまうんだから!」
 言ってけたけた笑う由音の言い分に、守羽達は思わず納得しかけてしまった。
 “再生”の異能を宿す由音は、どれだけの重傷からでも復帰できる特性がある。ほとんど半不死に近い性質を備えている故の油断か、やたら防御に甘い部分が見受けられるせいで大抵の戦闘では着ている服はほとんど引き裂け破れ、出血で真っ赤に染まるのが定番と化していた。
 それを考えれば、どうせ使い物にならなくなる服に関して頓着する方が馬鹿らしいということか。
 もっとも、服の切れっ端でも残っていれば静音の“復元”を用いて元に戻すことは可能だが。
 そんな便利な能力を持つ久遠静音はといえば、普段あまり見ないジーパンに白シャツという洒落っ気を度外視したラフな格好だった。長い黒髪も、ヘアゴムで留めてポニーテールにしている。
 由音は小さなリュックサックを背負い、静音はキャリーバックを転がしてきた。守羽の言った通り、何日掛かるかわからない妖精界攻略の為に最低限の荷物は押し込めてきたようだ。
「やほーシュウ!」
 その中で唯一手ぶらの上に相変わらずの白ワンピースで静音と共に来た猫耳少女、ケット・シーのシェリアが呑気に挨拶なんかしてくる。
「おう、シェリア。…お前も、そんなんでいいのか?」
「ん?んー、いつもこれだし?」
 さして考えてもなさそうな間を置いて、シェリアはワンピースの裾を持ち上げてにぱっと笑った。
「だいじょぶだいじょぶ。いざとにゃったら加護でどーにかするから!」
 風の加護とやらを受けているシェリアは、平時有事を問わず風の力を発揮して万事を収めている。ケット・シーとしての能力もかなり高いようで、前の大鬼戦で助太刀してくれた時も牛頭や馬頭を相手に速度で圧倒していた。
「まあいいか…」
 出発前から早くも不安が募るが、言っても始まらない。
 人数も揃い、守羽は色々と必要と思われる衣服や雑貨を詰めたバックを背負って玄関を振り返る。
 その先にいた相手に、守羽はいつも登校する時のような気軽さで片手を上げて、
「んじゃ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
 同じように極力いつも通りを心掛けて見送りの言葉を返した母親へ上げた手を振る。
「レン、白埜。母さんは頼んだ」
「ああ。何もないとは思うけど、まあ気長に待ってるさ」
「……まかせて」
 最後に同盟の二人に声を掛け、四人は神門宅を出て最寄りの駅まで向かう。
 シェリアが言うに、妖精界への出入り口というのは複数あるらしい。別の空間、別の世界へ入るにはさらにその世界の住人の許可が必要とのこと。これはシェリアが一緒に行くので問題無い。
 普段のほほんとしているシェリアがちゃんと妖精界への入り口まで案内出来るのか大いに疑問が残るところだが、そこはこの少女の奇妙な自信を信じる他ない。
「よーっしゃ!そんじゃまあ、ひとつここは気合いを入れるとすっか!」
 家を出てほんの数分後、道路を家々に挟まれた幅狭な道路を先陣切って歩く由音が半身振り向かせて声高に言った。
「なんだよ気合いって」
「いやほら、えいえいおー!ってヤツ。……ん、ちょっと待てよ。オイ守羽やばいぞ!」
 いつも通りのハイテンションで早口に告げる由音に、早くも付き合うのに疲れてきた守羽もあざなりな返答をする。
「なんだよ何がやばいんだ」
「肝心なこと決めてねえじゃんかオレら!」
 慌てふためく由音の様子に、静音とシェリアも首を傾げて思案顔をする。
「肝心なこと…?」
「えーと、にゃんかあったっけ?」
 思わず忘れ物でもしたかと、守羽が受け取って引っ張っているキャリーバック(重い荷物を女子に持たせるわけにはいかないと、半ば強引に取られた)を見やる静音と、手ぶらでニット帽ごと猫耳を動かすシェリアにはやはり由音の言葉に思い当る節はない。
 当然知らないとすまし顔で肩を竦めた守羽に、呆れたと言わんばかりの表情で顔に片手を当てた由音が一言。
「組織名ッ、だ!!」
 これぞと断言したその一言に対し、三者の反応はと言えば。
「…………あー」
「なるほど」
「おおー!」
 そういうことかと意味の成さない声を上げる守羽と、納得した表情で静音。シェリアに至っては何故今まで気付かなかったのかと世紀の大発見をしたように目をキラキラさせていた。
 背中のバックを担ぎ直して、炎天の空をぼんやり見上げた守羽が確認を取るように三人へぐるりと視線を巡らせる。
「…いる?四人ぽっちの一団に。組織名」
「「いるっ!!」」
 即答で奔放コンビがずいと前に出る。片手で押し返しながら最後の一人に視線を定めると、彼女も頷きをすぐに返した。
「目的の合致する同士の集まり、集団の名を決めることで統一感を出すのは案外大事かもしれない。統制されるし、目的への士気も高まる」
「よっし名前決めるぞ皆考えろー」
 静音の発言に重きを置いている守羽があっさり掌を返し、駅に向かう道すがらこの集団の名を決めることとなった。

「とりあえず守羽なんかねえの?リーダーだし」
「俺か。うーん…じゃバリスタとか」
「にゃにそれ?」
「昔の大型弩砲だったっけ。大きな矢とか鉄球とかを打ち出した」
「さすが静音さん。最近授業でそんな兵器の名前出てたんで。確か攻城戦とかでもよく使われてたって話だし、妖精界に喧嘩売るならちょうどいいんじゃないか」
「なんかダサくね?」
「お前の感性はさっぱりわからん」

 さして時間を掛けるつもりもなかった組織名だが、思いの外これには時間を要する羽目となり、

「その短めの名前がなんかパッとしねえんだよな。いっそバリバリ最強ナンバーワンとかにしねえ?」
「バリスタの名前半分しか使ってねえし、それならいっそ『鬼の手オーガハンド』とかで押し通した方が百倍マシだわ」
「じゃあそれで!お前『鬼殺し』だし!!」
「却下だ馬鹿野郎」
「バリスタってほかの言い方にゃいの?」
「えーと、確かバリスタっていうのがラテン語で、それをフランス語に訳すとアーバレストだったかな。ただ、そうなるとこっちはクロスボウの意に近くなっちゃうみたいだけど」
「バリスタよりいいじゃん!こっちにしようぜっ強そうだしよ!」
「まあなんでもいいわもう。それともいっそラムダ・ドライバにでもするか?」

 こうして、拗れに拗れた結果。

「まあでも、俺らの目的は神門旭の救出一つっきりに限る。脇道に逸れたり道草を食ってる場合じゃねえ。言わば俺達は放たれた飛矢だ、どうあったって目的に到達するまで止まる気はない」
「そういうことにゃら、やっぱりアーバレスト?」
「目的をそのまま名として冠するのなら、それがいいかもね」
「うーん、でもオレら四人だぜ?ここはアーバレスターにしよう!」

 わけのわからない発言を重ねる由音に降参して、半ば強引な妥協と納得の末に神門旭救出を第一最優先として動く彼らの名は決まった。
 いつの間にか、話しながら歩いている内に駅はすぐ目の前にあった。
「はあ…それじゃ、肝心なことってのも無事決定したし。『アーバレスター』、行くとするか」
「うん」
「はーいっ」
「おう!」
 三者がそれぞれ頷きを返し、新生組織『アーバレスター』は行動を開始する。

     

 大体数日くらい掛かるという妖精界入り口までの道程を、守羽達は電車とバスとを乗り継いで半日で着いてしまった。
 どうやら徒歩のみでの移動時間として計算していたらしいシェリアの案内の下、彼らは土地の名も知らぬ田園風景が広がる大田舎の地を踏んでいる。
「すごいねー!ニンゲンって、いっつもあんにゃの使ってどっか行ってんのー!?」
 乗り物に乗る度いちいち驚愕し喜びはしゃいでいたシェリアをおとなしくさせるのに多少以上の苦労を要しながらも、妖精はまさか人の世で公共機関を利用しないのだろうかと疑問を抱える守羽だった。
(目的地までの移動時間を徒歩で考えてたくらいだし、少なくともシェリアにとってはそうなんだろうな…さすが人外というか猫というか)
 普通の人間であれば、休みなく電車とバスで移動し続けてようやく半日かけて到着するような地を徒歩で向かおうとは思わない。
「で、妖精界ってのはどっから入るんだ?」
 人の姿もまるで見ない風景をざっと眺めながら、この真夏にバテることもなくピョンピョン跳ね回る猫娘へ問う。
 こことは違う別世界“具現界域”というものの知識はあれど実際のものを知らない守羽にとってはいまいちイメージのしづらいところだった。
「こっちこっち!あれっ」
 ウェーブがかった黒髪とワンピースの裾を揺らめかせながら先導するシェリアが指差す先は田園風景のさらに奥にある、木々の生い茂った小高い丘。
「あのてっぺんに、入り口があるんだよ!」



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 うだるような暑さは、丘を登り始めると嘘のようになくなった。傾斜を上らねばならない労力はもちろんあるが、それ以上に木々が陽光を閉ざし涼風を運んできてくれることでちょっとした登山よりも楽な気持ちで足を動かすことが出来た。
 途中途中で静音に気を払っていたが、それも杞憂だったようだ。守羽や由音、シェリアなどの人外やその性質混じりの中で唯一の真っ当な人間である静音だが、体力は平均的な女子よりも上の方だったし、最悪の場合は疲弊した両足を万全の状態に“復元”させる手もある。
 難なく全員が丘の頂上まで行くと、そこで二つの声が聞こえた。何やら話している。

「だから違うっつの!ありゃちゃんとした理由があって最終話手前で明かされただろうが!あれで納得しないとかアンチかよテメェ!」
「あんな取って付けたような適当な理由で納得できる方が頭悪いでしょうが!アンタこそ自分のお気に入りのキャラだからって擁護すんのやめなさいよ!」

 最初こそ警戒を見せた守羽達一行だったが、聞き覚えのある声音とその会話内容にあっさりと構えを解いて頂上で言い合いをしている二名へ歩き寄る。
「…なんでまだここにいるんだよお前」
「おう、やっと来やがったか。旦那の倅」
 煤けて痛んだ赤茶色の髪質に褐色肌の青年が、声に応じて片手を上げて返事する。
 妖精種から魔性種へ堕ちた人外、アルだ。そのすぐ傍にいるとんでもなく長い赤毛の髪をした女性は見たことがないが、おそらくはアルと共に先発した同盟構成員の一人、音々だろう。
「あっ、テメエあん時の!」
「あー、あの時の悪霊憑き君。やっぱまた会ったわねぇ」
 その証拠に、依然『突貫同盟』の数名と遭遇したことのある由音が人差し指で音々を指して声を張り上げていた。向こうも知っているような口ぶりであるし間違いないと判断する。
「やっほーアル!あとネネ!」
「はあぁぁ~~シェリアちゃん!久しぶりね相変わらず可愛いんだからー!」
「結局シェリアも来たのかよ。やめときゃいいのによ」
「だいじょぶ!あたしはみんにゃにわかってもらうために行くから」
「えっと…」
 音々がシェリアに抱き着き、アルが呆れ、シェリアが笑う。人外達との面識の少ない静音は戸惑った様子で守羽へ顔を向け、由音は副会長に絡んでいた一件から未だ信じ切るに至っていないのか僅かに警戒心を再び露わにしていた。
 とてもこれから協力して妖精界に乗り込む同士としては程遠い。
 パァンと両手を打ち鳴らし、青筋を浮かべた守羽が怒鳴る。
「黙れ黙れお前ら全員一旦黙れ!こんなんじゃ行っても返り討ち確定だ馬鹿共!おらぁ自己紹介から始め直すぞ円陣組めぇ!」



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「とりあえず俺から…つっても俺は今更名乗るまでもないが神門守羽。神門旭の息子で、これから父さんを取り返しに行く為に『アーバレスター』っていう組織の長になった。よろしく」
 出立前にその場の六名で円形に広がり、守羽から順番に自己紹介が始まる。
「オレか。東雲由音!“再生”の能力者!守羽が味方だって言うなら信じるけど、変なことすんなよお前ら。ってことでよろしくお願いします!!」
 隣の由音がざっくりした紹介を終えると、次に由音の隣の静音が口を開く前に別の呟きが聞こえた。
「東雲…?」
「あん?」
 音々が、由音の姓名を聞いて一瞬呆けたような表情になって、すぐまた取り繕う。
「なんだよ」
「あ、いえ、別になんでも。なるほど、東雲で、由音ね。はいはい了解。…ってことは」
 訝し気な由音の問い掛けも適当に流して、音々はその隣に立つ少女を見て楽しそうに瞳を細めて先んじて彼女の名を明かす。
「そっちは久遠ちゃんかしら?もしかして」
「っ…貴女は、私のことを?」
「いいえ、あなたのことは知らないわ。東雲も同様にね」
 何やら含みのある言い方に眉を顰めるが、今は自己紹介以上に話を広げる時間は無いと判断し静音も端的な自己紹介をする。
「久遠静音です。能力は“復元”。元の形・状態さえ知っていれば無機物有機物、生物非生物を問わず損傷や欠損を元通りに出来ます。…貴方達は、今が万全の状態ということで大丈夫でしょうか?」
 視線を二名の人外へ向けると、アルと音々はそれぞれ答えの代わりにその場で跳んでみせたり両手を広げたりしながら、
「まあ元の状態っていうなら妖精の頃まで戻っちまうが、今はこれが万全だ」
「私も。これで絶好調よ」
「わかりました。覚えておきます」
 二人の状態をしっかり目視で認識し確認してから、静音は一礼して紹介を終える。それから両耳を立てたシェリアが声を張って一歩前に出た。
「はい、あたしシェリア!ケット・シーの妖精です!」
「うんうん。可愛い」
「テメェの紹介はまだだろ黙ってろ魔獣」
 無言で音々とアルが胸倉を掴み合ってメンチを切り始めたのをスルーして、シェリアは続ける。
「ミカドやニンゲンがぜんぶ悪い人じゃにゃいんだよって妖精界の人たちにちゃんとわかってもらえるように、がんばるから!よろしくー!」
「はいよろしくー。おい音々、次お前だぞ」
 雑に拍手で締めて、守羽が凄まじい形相でアルと睨み合っている音々に発言権を振る。
「チッ、あとでシメるわ半端悪魔め。…音々よ、魔獣の類で真名はセイレーン。海で船を沈めたり乗員を惑わせる唄を唄ったりしてたヤツね。私はしないけど。で、ボス…神門旭を長とする『突貫同盟』の一員。今回はボス救出ってことで手を貸すわ。よろしくね、ええっと、『アーバレスター』だっけ?」
 かくんとお辞儀をして、ギロリとアルを一睨みしてバトン代わりとする。嘲笑で受け取りの合図とし、アルが口を開く。
「音々に同じく『突貫同盟』が一人。昔は妖精、今は悪魔。アルヴって真名で今はアルだ。金行遣いで武具を創るのが得意なんだが、都合上向こうに行くと自由に使えなくなる恐れがあるもんで今回は自前で持ってきた」
 そう言って、背中に背負っている二本の武器を示す。一つは守羽もよく知っている本物の名刀、童子切安綱。もう一つの剣には見覚えがなかった。
 ともあれこれで全員の紹介を終え、守羽は手早く話を次へ進める。
「それで、なんでお前らここで油売ってたんだよ。レンからは今朝方にもう向かったって聞いてたのに」
 てっきりもう妖精界に先手を打っているものとばかり思っていた守羽の当然の疑問に対し、ふっと自嘲気味に笑ったアルが一言。
「出禁」
「……ん?」
「オレ、妖精界出禁になってたんだった」
 出禁。出入り禁止。
 ん?と。もう一度守羽が疑問符を浮かべると、さらなる説明を嫌々始めた。
「前に旦那に協力して妖精界荒らしまくったから、オレ妖精として妖精界に自由に出入りできるはずの資格みてぇなのを剥奪されて出禁にされてたんだよ。だからオレじゃ妖精界の出入り口は作れない、ってのをここに来て思い出した」
「…お、お前…」
 呆れて声も出ないを体現すると、それに同調して音々も頷きながら、
「アホよねぇ。それに付き合わされた私が一番不満なんだけども」
「テメェが勝手に付いてきただけだろ!」
 またも喧嘩を始めそうになった二人を引き剥がしながら、深い溜息を吐いて守羽はシェリアへ顔を向ける。
「…お前は大丈夫なのか?シェリア」
 妖精界へ入る為に妖精としての資格というのが必要だとすると、もう頼りになるのはシェリアしかいない。これで駄目なら強引に入り口を開く方法を考えるしかなくなる。
 シェリアは丘の頂上のちょっとした広場になっている場所の中央まで歩くと、そこで片手を何もない中空へ這わせるように持ち上げる。
 すると。
「…あ、うん。だいじょぶみたい!」
 掌を中心に突如無音で空間にシェリアの身長と同程度の縦長の孔が開き、それを確認して安心したように守羽へ笑顔を向けた。どうやらその空間の孔の先が、時間の進みすら異なる異世界へ繋がっているらしい。
 ここが、妖精界へ通じるいくつかのポイントの一つ。そして、潜ればもう中途半端に退くことは許されない。
 だが今更覚悟の有無を問う必要など無い。この場の全員、もうとっくに覚悟と決意を固めて来ているのだから。
「入ったら即戦闘もありえるぞ。注意しとけ」
「あ、先に言っとくけど私は唄での支援がメインだから。少し下がって中距離辺りから久遠ちゃんの護衛と兼任して前線に上がるか見極めるわ」
 同盟の二人はこの先に待ち受けている死地を前にしても飄々としたものだ。この侵攻が彼らにとって二度目のものであるということも、余裕を生んでいる要因の一つであるのだろう。
「わかった。由音、アル。突入と同時に三方警戒。俺は真正面。左右は適当に決めろ」
「おう!」
「りょーかい。我が剣、神門旭から一時的にテメェのもとに下ろう」
「守羽、皆。気を付けて」
「あたしは!?ねーシュウあたしはー!」
「お前も最初は下がってろ。駄目そうなら呼ぶ」
 いつでも荷物を降ろせるようにしながら、孔の前に出た守羽の右隣に瞳を漆黒に混濁させ始めた由音が並び、背中に背負う安綱の柄を右手で握ったアルが左に出る。
 守羽自身も全身へ“倍加”を巡らせつつ五行の力をいつでも出せるように意識しておく。
 一度始まれば、もう休む間もなく突き進むだけになるかもしれない。呼吸を落ち着けて、全員の用意が整ったのを察して吐き出す息と共に叫ぶ。
「目的は父さんだけだ、他に気を割くなよ!目標まで一直線に進む!!即席の面子だが互いを援護し合いながら戦え。……行くぞ!!」
 中の景色が歪んで見えない孔の奥へと、まず最初に守羽が飛び込む。何があっても、まず真っ先に対応できるように。続いて左右の二人、最後に後方の三人が続く。
 六名の突入と同時に孔は閉じ、さっきまであれほど騒がしかった丘の頂上からは一切の気配が消え去った。
 ここからは別の領域の闘い、違う世界の戦争。

 この時、この六名は…いや、守羽は理解していなかった。
 完全に頭の中から忘れ去っていた、とある鬼神の放った一言の、

 『神門守羽、テメェはいくさの申し子だ。今この時を乗り切ろうが、おそらくテメェの存在は次なる戦乱を呼ぶ』

 その、真なる意味を。

       

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