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力を持ってる彼の場合は 二章
第十話 絶望の開幕


「囲まれてやがる」

 顎をしゃくって外を指す妖精王の言葉に首肯を返す。共に苦虫を噛み潰したような表情で、いきなり現れた魔性の気配に意識を向ける。
 まともに触れれば正気を失いそうになるほど強大な禍々しい威容。それが東西南北のそれぞれに四つ。
「なんだこりゃ」
 グリトリニルハイムでも一際高い場所に建てられた王城から見える遠方の光景に、守羽はかつてないほどの絶望を覚える。
「まったく。ひっでぇ……悪夢だな」
 瞬間で悟った。
 この国はもう終わりだと。



     -----

「…………」
 北。
 巨大な蹄で地を叩く、四足の下半身に人の上半身という怪物。外見からはケンタウロスを連想させるのが一般的か。
 淡く仄かに輝く肌が生み出す影は地表を広く覆い、深淵の闇から這い出るは無数の異形と草木を腐らせる紫煙。
 湧き出る異形、黒い津波。
 悪魔の軍勢は留まることを知らない。



(ブエルは初めから全開。まぁ、奴ならそう来るだろう)
 南。
 真逆の方位から大軍が発生するのを遠目に確認して、長大な両刃剣を背負う銀鎧の戦士が赤いマントをたなびかせて腰を降ろしている。
(あれならオレは最低限でいい。面倒事はマルティムに全投げだな…)
 彼は小高い丘の上にいた。戦士の意思を汲んだか、静かに震える大地はゆっくりとその身を持ち上げる。
 それは丘でも地面でもなかった。
 常識を超える巨大な鰐の化物。それの咆哮を引き金としてか、戦士の周囲からは地中を突き破り有翼の悪魔が姿を現し始める。



「おむかえ」
 東。
 妖精界の気象天候はこの世界の重鎮によって操作されていた。だというのに何故か、今はその掌握下を離れ黒雲が東の空を覆っている。
 作物を育てる為に雨を降らせることはある。だが雷など必要としたことはなかった。
 暴風が吹き荒れ、落雷から召喚される魔獣の勢力がけたたましい悲鳴に似た音で吼える。
 その中心。
 ろくに束ねてもいない茶色の長髪を暴風に投げ放って、強烈な風に当てられても絶えることない焦熱の翼と紅蓮の尾を振る少女は王城を真っ直ぐ見据える。
「おむかえ、きたよ。はる」



 |そ《・》|し《・》|て《・》。
 |西《・》。
 |そ《・》|こ《・》|に《・》|は《・》、|何《・》|も《・》|い《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》。



     -----
「どうなってんだ。…八賢」
 王の間、その中央で妖精王イクスエキナが呟きを漏らす。
 すると王座の正面床に円陣が浮かび上がり、円周上に八つの光の柱が出現した。
 王城地下で常時妖精界全土の感知を行っている八名の高位妖精達の情報伝達手段の一つとして成立している光柱がそれぞれ微振動して音を放つ。
『不明。…不明』
『いやマジで意味わかりません。侵入した形跡も痕跡も無し』
『自然な流れで入界された。「魔族」が、魔性が、…あろうことか、魔神が!』
「―――魔神」
 聞き逃せない単語に守羽も眉根を寄せる。
 人外の大別にある一つ。極めて強大な力を持った神格の魔族、魔神種。
 その実力は神話クラスともされ、まず滅多に目の当たりにすることもなければ、まともな一生で見えることもないはずの存在。
 そんなものが、一度に四体も。
『ついでに連中は眷属の悪魔共も呼び寄せてる真っ最中。問題はその、数と規模』
「どれほどだ」
 出来れば聞きたくはなかった。遠く見える黒色は大地を瞬く間に浸食し広がり続けている。さらに守羽が捉えた退魔師由来の感覚を信じれば、おそらくその数は。
『現状、南に八千体』
『東、この会話の間に五万から九万へ』
 イクスエキナの溜息には同意する。ただ彼も察しているはずだ。南と東なぞ、まだ軽い方だと。
 守羽は光柱が伝える情報を耳に留めながら部屋の中を移動し、大窓の一つを開け放った。
「…俺は仲間と合流する。急げよ妖精王。もしかしたら、もう」

『北方……腰を抜かすな我らが王よ。三百万の軍勢が迫っておりまする。それも、未だ増え続けながら』

 窓を蹴って地上へ降りる。黒雲と瘴気に侵された寒色の空に怯える国民の声に焦りが滲む。
 平静をこそ保っている風を装いつつも、守羽はおそらく誰よりも恐れていた。
 同時に出現した恐るべき四つの気配。その一つ。
 西にあった魔神の存在感が、綺麗さっぱりに消え失せていたことが何よりも気掛かりでならない。
 そう。
 もしかしたら、奴は、もう。



     -----

「やあ、どうも。こんにちは」

 何もかもが瞬きの内だった。
 虚空から姿を現した、黒い肌の屈強な男。その男が跨る巨大な蒼白の馬が、嘶きと共に眼下に立っていた妖精の子供達を踏み潰さんと脚を落とす。
「ッ!」
 幼い女児の小さな頭部が破壊される数ミリ手前まで来て、かろうじて反応に間に合った由音の右ストレートが化物馬の爪先を弾いた。
 何者か。
 どうやって現れたか。
 目的は。狙いは。
「セラウさん、静音センパイ!!こいつら連れて早く遠くへ!!」
 そんなものを考えるよりずっと先に、まず子妖精の安全を確保するべくして放った由音の怒声は間違いなく端的に最善を示したものだった。
「ほほう、人間かね。なるほど迅速確実な判断。相応の経験を積んでいると見た」
 顔の上半分を覆い隠す仮面の内で、魔神は薄気味悪く口元を引き伸ばして瞳を細める。
 〝憑依〟解放。この世界では万全に振るえる力ではないが、やるしかない。
 見上げる騎馬の敵を目掛けて跳び上がる。分かっていた、相手は自分の遥か格上。まともに打ち合って勝てる見込みは皆無。
 だが東雲由音であれば話は別。これまでもその半不死性を利用した大物喰らいっぷりを発揮してきた由音なら、あるいは。
 少なくとも静音はそう考えていた。それと共に子供達を連れての退避を行おうとして、その時。
「…な」
 無骨な剣を振り被る骸の兵が、虚ろな瞳を定めて武器の切っ先を向けていた。
「シズ姉っ」
 あわや首を両断されかけたところを、割り込んできたシェリアの一撃が骸兵を吹き飛ばすことで阻止する。
「だいじょうぶ!?」
「う、ん。ありがとうシェリア。でも一体この兵隊、どこから…」
 困惑はすぐに解ける。
 騎乗する魔神の影から広がる闇が、洞のように奥底から死屍と腐肉を纏う骸骨の兵団を彼方から呼び寄せている。
「驕らない方がいい。君達人間如きが積み上げた経験で、私達を括れると思わないことだ」
 淡々と事実だけを告げるように言い放ち、魔神は右手を払う。その手には、いつの間にやら捻じくれた斧剣を備えた槍が握られている。
 なんの装飾も施されていない質実剛健なハルバードから払われる血肉の主は、右腕を潰し切られた状態で荒く息を吐いていた。
「ユイ!」
「俺はいい!!コイツはここで止めるから、お前らは守羽達に…ッ!」
 失くした腕を〝再生〟させながら叫ぶ由音が、その途中であることに気付き歯噛みする。
「テッメェ……!?」
「同じ性質に寄ってるからか?悪霊憑きの人間、君には状況が分かっているようだね」
 悪霊による一心同体の人外化。それによって由音には飛び抜けた感知能力が発現する。
 特に、同系統の死霊や魔性の気配には敏感に。
 多くは選べない。
「…………城へ、急げ皆」
 絞り出すように由音が指示する。
「俺が、なんとかする。このクソ野郎も、|ア《・》|イ《・》|ツ《・》|ら《・》も!」
 多くを選べなくても、なんとかするしかない。
 だって守羽ならきっとそうするから。
 静音やシェリア達にはまだ届いていないだろう、国土全体から響く数多の悲鳴の元。
 どういう手段を以てしてか、この魔神。
「なに考えてんだ、この国の妖精になんの恨みがあるってんだよ!」
「我らは『魔族』、奴等は『聖族』。それ以上の理由が無いと人間はこんなことも容認できないのかい?」
 グリトニルハイム全域から無造作に湧かせ続ける骸兵に脅かされる民の命が、東雲由音という人間にとってはどうあっても我慢ならなかった。

 騒乱は拡大する。
 この国、この世界、その全てを呑み込んで。

「うわ、あああ!?」
 骸の兵が、子供を抱いたまま尻餅を着く妖精の男へと錆に塗れた剣を振り被る。
 切れ味の鈍い剣身が男の頭蓋を砕き割ろうという間際、横合いから割り込んだ手刀が兵の剣を叩き落とした。
「叫んでる暇あんならとっとと立てっつの」
 次いで貫手を深々と突き立て、白けた顔でアルは屍兵の一体を仕留める。
「逃げろ。間違っても家に引き籠ろうなんて考えんじゃねえぞ。王城へ向かえ」
 血と肉片に染まった手でしっしっと妖精を追い払い、次の敵へと視線を定める。
 魔神出現から今までの僅かな時間で発覚したことがある。
 敵の中におそらく一人、極めて高位な転移の使い手がいる。
(となりゃあ、籠城は既に意味がねえ。戸を閉じようが錠を掛けようが、敵が空間を跳んで現れるなら止める手立ては無いからな)
 展開は目に見えて明らかだが、逃げ惑うよりはこちらの方が幾分被害は軽減できるだろう。
 頭を引っ掴んで膝蹴りで顔面を蹴り潰した兵隊を投げ捨てながら、アルは一息大きく吸って周囲一帯へよく響く声を張り上げた。
「妖精共、王城へ集まれ!!精霊との融和性の高い連中は女子供や年寄り共を防壁で守りながら殿で気張れ!出来んだろ!?やれなきゃ俺がケツを蹴り飛ばす!!」
 魔神が降伏を受け入れるはずがない。より手間取らない虐殺が捗るだけだ。
 取れる道は徹底抗戦。それが防戦であろうが時間稼ぎの遅滞戦闘だろうが。
 今はその一択に懸ける他無かった。
「情けねえ野郎共だ。余所モンにおんぶに抱っこで守ってもらって、一丁前に国の一員のつもりでいやがる!馬鹿か!?ここは何の国だ、テメェらはどこで暮らしてる何なんだよ!!」
 本来外敵であったはずの男が放つ発破の怒声に、一瞬呆けていた妖精達は僅かに気勢を上げる。特に、若い男達にその傾向は強かった。
 人にせよ妖精にせよ、守るべきものを前に逃げ出す奴は男じゃない。そういった認識が、非戦を掲げる彼らにも確かにあった。

『早く行って!ここは僕らで止めます!』
『棒切れでも木板でもなんでもいい!とにかくなんか持ってあいつら押しやれ!』
『爺さん!?いいから逃げろって腰でもヤったか!?』
『馬鹿言うな!お前ら若造なんぞよりも精霊達との対話には慣れとるんじゃい!全員逃げてから大通りの道を土精に頼んで塞いでもらう!』

 若い者だけでなく、長きを生き古くから精霊と懇意にし続けていた老翁までもが家族や民の為にと踏ん張りを利かせる中、この場はしばらく保つと判断したアルは大通りの敵をなるだけ蹴散らしながら駆け抜ける。
 両の拳と足には仄かに灯る何かの記号が浮き上がっていた。普段は滅多なことでは使わないようにしているルーン術式が刻印という形で恩恵を示す。
 アル本来の、武装を生み出す戦術は使えない。少なくとも|今《・》|は《・》。
(敵の転移は厄介だがさほど精密ってわけでもねえ)
 出現する数こそ多いが、グリトニルハイム全域を対象としているせいか箇所もまばら。初めから大軍勢を一つ所に呼び出さなかった時点で予想はついた。転移の使い手は断続的に兵隊を送り込んでの撹乱に重きを置いている。
 そうやって内側から崩していき、本命で真っ向から潰す。
(どうせ使い手も中に入ってきてやがるんだろうが、そっちは別のヤツにやらせるしかねぇわな。そんでもって、俺は)
 内側にいるであろう小細工担当は誰かが突き止める、あるいはもう衝突していることを期待するだけだ。
 妖魔であるアルには、もっと適役がある。
 北へ走り抜け、駆け上がり、高い城壁の頂上へ到達する。
 途端にその顔に邪悪な笑みが浮かんだ。
「……ハッ。いい景色じゃねえの」
 並の精神なら吐き気すら催したであろう、眼下の光景。
 ドス黒い悪意の津波がゆっくりと王国へ浸食を進めていた。
 一見したところで数は数百万といったところか。それが地平線の彼方からぎっしり、地面を隙間なく埋めて迫っている。
 異様、と言う他あるまい。
 魔神はただの一体とて油断予断を許さない大いなる災厄だというのに。それに加えてこの常軌を逸した軍勢の規模。
 そして魔軍の最奥に、屹立する禍々しき威容を見つける。
(アレか、お山の大将は)
「案外ビビりなのね、魔神様ってのも」
 遥か遠方の相手へ向けた罵りを口にして、ばさりとはためく黒翼を横目に捉える。隣に降り立った音々だった。
「こんな数にもの言わせなきゃ勝てるもんも勝てませんってこと?呆れたわね」
「遅ぇよクソアマ」
「全速力で来たってのクソ悪魔」
 音々への返事もそこそこにいつもの口喧嘩を始める二人の調子はやはり、普段といくらも変わりない。これだけの窮地、絶望を前にしてもアルと音々にとってはとうに慣れたもの。
「…で?アレを殺せばおしまいってことでいいのかしら?」
「さぁな。終わりかどうかはわからんが、一戦交える価値はある」
「そりゃアンタの個人的な思惑でしょうが」
「どうでもいいだろ、利害と目的は一致してる。どの道殺すか殺されるかしか有り得ないんだからな」
 寄越せ、と。アルは真横に立つ音々へ手を伸ばす。
 強烈な気配の出現と同時、アルは国の外側の脅威へ対抗する為の手段を音々に取り返すよう命じていた。渋々ながらに事態の深刻さを受け止めた音々もまた、悪態と共にその言葉に強く頷きを返し、両手に持つそれを手渡した。
 踵を返し、未だ混乱状態にある王城内から半ば強引に奪い取って来た二つの刃。取り上げられ武器庫に保管されていたアルの武器。
 正真正銘の大名刀、天下五剣が一振り、童子切安綱。
 贋作上等の大業物、呪いと破滅を齎す〝|不耗魔剣《ティルヴィング》〟。
「唄え。俺の為にな」
「死ぬほど嫌なんだけど……まあ、しょうがないか」
 刀を腰に提げ剣を背に担いだアルの太々しい物言いに睨みを返しながらも、嘆息する音々の声帯からは確かな旋律が紡ぎ上げられる。
 それは戦士を鼓舞する高揚の音律。セイレーンたる音々の調べが与える力の恩寵は決して小さくない。
「さて、大将首を引き摺り出すのにどれほど掛かるかね」
「ってかアンタほんとにやる気?あの数相手に」
 器用に唄と会話を両立させる特殊な喉で、音々は組織仲間の正気を疑う。
 無論、この男が狂気に浸されていることなど知ってはいたが。
「勘弁してほしいもんだぜ」
 呑気にストレッチなんてしながら準備運動をするアルがやれやれと首を振るう。その瞳は既に、かつて半分ほど堕ちた際に見たものと同じ澱のような濁った黒色に浸食されていた。
「親が親なら子も子ってか。つくづく―――飽きさせねえよなァ」
 尖った犬歯を剥いて城壁から外側へと飛び出した妖魔が数十秒後、哄笑と共に黒い津波の第一波を吹き飛ばしたのを高い視界から確認し、もう一度だけ嘆息を吐く。
 これで北は多少の間は食い止められるだろう。あの妖魔と魔獣の唄が合わされば僅かな時を稼ぐ程度なら容易と捉えた。…魔神が前線に出て来ない限り、という前提あっての話だが。
(残りの二方位までは負担し切れないわ。内側で湧いて来る敵のこともあるし、残存する戦力じゃ追い払うどころか抵抗することすら難しい…)
 北方の勢力の国に近い側から行動遅延の唄を浴びせかけつつも、背後に広がるグリトニルハイム国内の様子にも注意を鋭くする。もはやあらゆる方角からの強襲が成立する状況では安心して背を晒せる場所などどこにもない。
(…最悪でも、ボスだけはなんとしても連れ帰る)
 この国と妖精達を見殺しにすることになっても。
 一時の感傷で目的を忘れることは出来ない。それは守羽とて同じ思いのはずだ。
 ただしこの現状ではそれもまず不可能。
 一言で端的に表せば、詰んでいた。

「くっハハッ!豆腐の方がまだ斬り応えあるんじゃねえか!?オラどうしたもっと来い!!」

 解決策も見出せないままに注意を引き付け暴れ回るアルの体力がどこまで続くか。目下最大の気掛かりはそこにある。



     -----
「報告します!魔獣セイレーンの女が先程、城内の護衛兵を昏倒させ武器庫から妖魔の剣を強奪!!そのまま城を離れました!」
「ほっとけ。どうせ神門旭を奪還するまで連中は退かねえ、精々敵の掃討に一役買っててもらえばいい」
 言葉とは裏腹に内心では感謝の念すら抱きつつ、妖精王はあくまで|妖精界《グリトニルハイム》の|王《あるじ》としての責を果たす。
「近衛兵を全て国内に出現した敵の撃破に当て…いや、三割は残せ。そっちは王城内部の護りに徹しろ」
 転移する敵は城にも例外なく現れている。各所に戦力を配備しなければ国の前に城が落ちる有様だ。
 妖精王イクスエキナは、現状の情報でアル以上の推理と仮説を組み上げていた。
 一度転移した敵はそれ以上の転移行動を起こさない。そしてこれはアルも確信を得ていたものだが、転移そのものは国内のみに限定しそれより細かな場所指定は行えない。
 さしもの魔神といえども、万に及ぶ個体の転移を正確に行使できるほどの余力は無いと見た。でなければ初めの十分でグリトニルハイムは終わっていた。
 ただし、そんなものを問題視させないほどの物量差が厳しい。一体一体の悪魔の力はそれほどではないにせよ、どうにも妖精界の戦力は一部を除いて全体的に練度が低い。
 今現在で特筆すべき戦果を挙げているのは大まかに三つ。
 妖精王直々に鍛え上げた近衛兵団の面々。
 荒事に慣れ切った『イルダーナ』の数人。
 そして外部からの来訪者達。
(誰だか知らんが国の妖精達を|王城《こっち》に避難誘導してくれてんのは助かる。転移とかいうふざけた術式の使い手をぶちのめすまで引き籠りは悪手だ)
 思考を回し続けながら、壁から取り外した大剣を手に取る。
「王、何を…!?」
「伏せてろ」
 有無を言わさぬ威厳を以て、圧迫を掛けた重鎮が跪いた頭上数ミリの空間を斬撃が通過する。重鎮の妖精が上げた悲鳴の終わりには両断された黒い悪魔の死体が転がっていた。
「クソがよ、人様の国で好き勝手やってくれやがる」
 吐き捨て、王は玉座を立つ。
「ルルナテューリに伝えろ。今すぐ王城含むその近辺に界域結界を三重にして張り直せ。転移は具現界域の結界を超えては使えねえと見た」
 これも現在の状況が物語っている。魔神は具現界域・妖精界に踏み込んでから転移を実行した。
 ならば妖精界の内側からさらに空間の層を生み出し断絶すれば敵の転移は干渉できない。
「今から全国民がここへ来るだろう。お前らはそれらを受け入れられるように城内の敵を殺し続けろ」
「はっ!……して、王は何処へ?」
 嫌な予感を覚えつつも、重鎮の一人は大剣を肩に担いだ妖精王の面を仰ぎ見る。その表情に特段の変化は見られなかったが。噴き上がる激情が荒れ狂う様子は誰の目にも明らかだった。
「言わなきゃわからんか莫迦共が。お前らもよぉく知ってる通り、今代妖精王サマはこんな事態になってもまだ金ぴかの椅子にどっかり座り込んでいられるほど寛容じゃねえんだ」
 ギシリ、と。
 剣の柄が尋常ではない握力に軋む音だけが、混乱に惑う城内の中で密かに王の怒りを代弁していた。

 まるで捉えられない。
「…クソッ!」
 悪態を吐いて振るう手足は敵に届くどころか触れることさえ叶わず。
 長大なハルバードを容易く振り回す魔神の刺突に左腕を肩ごと穿ち貫かれた。
「つまらんね」
 騎乗した状態で器用にハルバードを引き戻した魔神は、酷く退屈そうな声色で腕を再生させる由音を見下ろす。
 仮面に覆われた両眼から放たれるは落胆の色。
「人間風情がそこまで〝憑依〟を扱いこなすものだから、あるいは…とも思ったが。ふむ」
 巨馬の嘶きと共に姿が消える。間違いなくこの相手が国を揺るがせている転移の使い手なのは分かり切っていたが、出来たのはそこまで。
 対処出来るかどうかは別の話。
「打ち止めかな人間、死んで良し」
 またも死角に転移し、致命の斬打を振るい落とす。狙いは頭上から脳天を割り心臓を潰す一墜。
 〝再生〟の能力がどこまで及ぶか不明だが、生物として不可欠な要素を二つも同時に破壊してしまえば絶命に届き得る。
 その判断は正しかった。厳密には思考する力を奪われてしまえば異能は、〝再生〟は、その真価を発揮できない。
 だから、
「―――ッ……!!」
 高速で敵の出現位置を割り出した由音の感知能力は人外の領域に踏み込んだものだったが、神格を持つ仮面の男からの一撃は避けられなかった。肉厚の斧剣は人の身体を引き裂いて生命維持に必要な臓器を軒並み不全にした。
「む」
 魔神は首を傾げる。心臓は死んだ、だが頭部は無事だ。
 狙いを違えたわけではない。本来の軌道上では確かに少年の首は縦に断たれていた。
 直前で頭だけを逸らして回避したのだろう。
 度し難い。どの道それは足掻きにしかならない。魔神マルティムは東雲由音の異能力を知りはしなかったものの、性能自体の見込みは立てていた。
 それが計り違いだと気付いたのは、肩から胴を唐竹割りにした由音の首がぎゅるりと背後を向き、燃ゆる眼光を奔らせた瞬間。
 肉体の死が命の終わり。それを覆すは〝再生〟という破格。
 思考死なぬ限り、この異能の使い手は死を認めない。

「お、ォォおおお!!」

 今出せる最大出力。負念に溢るる邪気の総力が分断された肉体を巡り血肉を繋ぎ、獣の如き牙を右拳から撃ち出す。
 魔神の意識が明確に人間へ注がれる。有象無象へ向けるのは塵芥ほどの関心。それがことここに至って修正される。
 能動的に行っていた行動を設定し直し、ようやくマルティムは自らの思うままに眼前の対象を殺すことにした。
 黒色の牙はハルバードの切っ先で打ち負け、纏う邪念は息に吹き消される蝋燭の火が如き容易さで突破される。
 何度目かになる肉体破壊。慣れたものだ、痛みなどで臆する段階はとうに超えている。
 由音には次の魔神の狙いがはっきりとわかった。
 身体を殺しても意味が無いことを知った。なら今度こそ頭部を砕かれる。脳漿を飛散させた先に〝再生〟の発動が期待できるかは怪しい。
 だからここだけは守り抜く。
 しかし魔神の転移に翻弄され、そもそもこの人外の膂力を前に妖精界の制限を受けた由音の性能ではハルバードを受け止めることは不可能。
 だが、しかし。
 かろうじて一手を読み越えた。
 |転《・》|移《・》|の《・》|誘《・》|導《・》|に《・》|成《・》|功《・》|す《・》|る《・》。
 由音の背後を取った魔神の、さらに背後。
 手刀に渾身の神威を乗せた守羽の踏み込みが石畳を砕き。

「〝断魔、祓浄!!〟」

 立てた二本指から伸びる断魔の太刀が魔神の背中へ逆袈裟から見舞われた。



     -----

 まさか合わせてくるとは思わなかった。
 王城を跳び出してすぐ、由音達がどこにいるのかを探った。凶悪な気配の出現とほぼ同位置にいたから探し回る手間は無かったが、同時に激しく動揺したのも事実。
 そんな中で最適解を連発した由音によって、なんとかその場の犠牲を無しに開幕の衝突を乗り切れたのは奇跡に近い。
 子妖精共々シェリアと静音を逃がし、単身魔神に挑み掛かった由音の援護に駆け付けるのは無論のことだったが、魔神はまだこちらに勘付く様子もなく。だからこの不意を打てるチャンスを逃したくはなかった。
 機を狙う俺の意図にいつから気付いていたのか。由音は途中から立ち回り方を変えて俺の奇襲に適した動きをした。
 おかげで転移の裏をかき、早九字の破邪を直撃させることが出来た。
 俺の斬撃にガードを回す暇も無く吹き飛ばされた魔神が、激突した民家の瓦礫に埋もれ土煙に撒かれる。
「ナイス!守羽!」
「お前の手柄だろ。…まだやれるな?」
 血だらけの由音がぐっと拳を突き出す動作に笑みを返す。笑っていられる状況では、これっぽっちもないのだけれど。
「魔神とその配下に全方位囲まれてる。妖精王が何らかの手を打つまでに、俺達でこの国内の敵を少しでも減らすぞ」
 状況は相変わらず詰みだが、詰むまでを引き伸ばすことは可能だ。稼いだ時間で詰みを解くのが王の役割。そこまでこちらも手は回らない。
「魔神は全部で四体。アレは…俺らでやるしかない」
 由音はグリトニルハイムが持つ外敵排除の総意によって〝憑依〟の出力を大きく削られている。俺も五大元素はおろか『神門』を用いて本来の妖精種の血を覚醒させた姿にもなれない。
 それでもやるしかない。
 限られた力と時を使って。
 転移の使い手を斃す。

「無理だよ」

 呆れた声は俺と由音の背後から。民家の瓦礫に埋もれる姿は無い。
 互いに互いを突き飛ばして地を割るハルバードを避ける。

「君達には」

 次に現れた地点から由音の五体が空中に撒き散らされる。
 瞬時に再生した由音と俺の怒声が重なる。
 ―――稼げて数分が上等。
 コイツは、コイツらは。

「斃すどころか、止めることすらね」

 あまりにも別格だ。

ソルト 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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