Neetel Inside 文芸新都
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 境川に架かる橋の近く、野菜の無人販売所の前、小学校に行くために集まっていた子供たちは、2列をつくっていってしまった。そのあとには、よれて襟元が広がった薄汚れたシャツと半ズボンをはいた子供が1人残っていた。背は低く長さ1cmほどの坊主頭で体は土と日焼けで黒い。ボロボロの穴の開いた運動靴。
 彼の名は悟天という。
 悟天はさっき学校に行った子供たちに言われたことを思い出した。おれって臭いかな。おれの所じゃみんな同じくらい臭くて汚れてるんだけど。悟天は自分の着ているシャツのにおいを嗅いでみた。確かに汗と埃のにおいがした。しかしそのにおいには不断慣れていたので自分があちら側の人間にとってどれだけ臭く感じるのか具体的に想像することは難しかった。それでも自分が近づいた時の彼らの表情をみて悟天は学習した。あちら側の人間と付き合うためには体や衣服を清潔にして汗や埃の臭いをさせてはならない。
 悟天と彼らが交わした会話。ねぇきみあっちの人でしょ?あの橋の、向こう側の。うん。あのね学校の先生が向こうのスラムにいる子と会ったり話したりしちゃダメだっていうから。どうして?フケツからだって、汚いから病気とかうつされたりするからダメなんだって。
 でも、と悟天は思った。でもおれは病気になってない。確かに病気で死んでいくやつもいるけど、でもおれは。
 そしてこうも考えた。もしおれが清潔〔キレイ〕な体で、清潔な恰好だったら。もしそうしたら、だれもおれがスラムから来たなんて判らないだろう。
 日が昇って東の山々の稜線を離れ、地面と大気を急速に温め始めた。夏の朝のすがすがしい空気は消え去ろうとしている。あと1、2時間もすればアスファルトの上に陽炎が立つだろう。悟天は立ち上がり、橋をわたって寿町の南、彼の町へ帰った。

       

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