列が進み、焼香を済ませると、右側に並んでいた親族の若い女性に手招きをされる。
「ねえ、君、草野君?」
「そうですが、どうして?」
「彼が、家に来たとき、話してたんですよ。別の高校に通ってる仲の良い男友達がいるって。違う制服の男子学生は君だけだからね」
 なるほど。
「良ければ、顔を見ていってもらえないかな」
「分かりました」
 俺は女性に連れられ、棺へ向かい顔を覗く。
 瞳を閉じた田原の顔は、普段電車の中で見せる寝顔と変わらなかった。今にも目を醒まし、電車で寝過ごしたことを悔やみ始めそうな気さえする。
 いつもと違う事と言えば、日に焼けていた田原の肌はすっかり青白く変わっていることと、田原の周りに花が詰められている事だ。
 また、別の感情が生まれた。いや、今度はこれまで俺を支配していた悩みをすべて消してしまう。そんな感情だ。


 公道に出ると、制服姿の椎名が立っていた。
「来たんだ」
「当たり前でしょ」
「今から入るの?」
「違う。会場から出た時に、中に入る草野を見かけて、待ってたの」
「そうなんだ」
「さっき警官から聞いたんだけど、田原は自殺したのかな?」
「それはないと思う」
「やっぱり」椎名は俯き、「まだ犯人は全く分からないんだって」
「そうみたいだね」
 俺が言葉を返すと、椎名が俺の懐へ飛び込んできた。
「もし、犯人が捕まらなかったら、私達で犯人を探そう」
「ああ」
「そして、復讐しよう。約束だよ」
「分かった、約束する」
 すると椎名は嗚咽を漏らし始めた。
 そんな彼女の姿を見て、先程、生まれた感情が更に強くなる。
 悔しい。ただ、強い悔しさを感じるのだ。
 俺は何を悩んでいたんだ。記憶を失って、田原が死んだという話を聞いて混乱していたのだろうか。だが、記憶が戻らない事なんて重要ではない。何故ならば、俺が犯人である訳がない、この悔しさが何よりの証拠である。
 最後に田原が教えてくれたんだろう。
 俺を現実につなぎとめてくれたんだろう。
「ねえ、こういう時、男子は優しく抱擁するものなんだよ」
 椎名に指摘され、行き場に困っていた自分の両手を眺めた後、そっと彼女の身体に置く。
 先日、田原の発した「草野は童貞だから」という言葉が俺の脳裏に蘇った。