Neetel Inside 文芸新都
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椎名
「やめた?」聞き間違いだろうか。会社を辞めただとか。
「だから、仕事を辞めてきたんだ」
「何で?」
「決まってるだろ。そいつを調べるためだよ。名刺も、ほら。貰ってるし」
 草野は名刺を差し出す。
「いやいや」
 社会人にとって仕事というのは、衣食住の全てを支える柱であるだろうに。いくら何でも身を切りすぎである。
「田原の為なんだ」
 草野は、しっとりした様子で言った。
 また始まった。昔から変わらない。この感じ。
 高校、大学とこれまで何度かあった。他人の為に色々な物を捨ててまで行動する、草野の正体不明の活力。
 本当に、何なのだろうか。
「そこに入ろう」突然、草野が屋台を指差す。
 一度、溜息をつき、気持ちを落ち着かせる。
「いいよ」
 草野はさっさと屋台の空席に入り込み、遅れて私もその隣へ座る。店主に注文を聞かれ、一応、水割りを頼んだ。
「東京にも屋台はあるけどさ、やっぱり天神駅前の屋台には敵わないよな」
 世間的に屋台と言えば、中州の川沿いに軒を連ねる屋台なのだが、草野の言う通り、私たちに馴染み深いのは天神駅前の方だった。
 あっという間にラーメンが届き、草野は箸を伸ばした。
 彼が屋台を楽しむ姿を見て、変わらないな。と思った。
 同窓会で再会するときの決まり文句ではあるが、本当に、そう思ったのだから仕方ない。そして、草野の先程からの身勝手な言動により覚えた小さな怒りも、霧消してしまった。
「それで、どうするつもりなの?」
「会社に忍び込む。と言っても、隠密に潜入するだとか、そんな非現実的なことはしない。正規の警備員になって、それから建物に入って。そして、少しずつ、情報を仕入れていく」
「なるほどねえ」
 刑事ドラマ等ではよく見る手法であるが、これも十分、非現実的である。
 果たして、そう上手くいくものなのか。
 それにしても、草野も、私も田原に固執しすぎではないか、とりあえず今日の所は、草野との再会を喜ぶべきではないのか。
 そう思い直して、私は運ばれてきた水割りを手に取った。

       

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