Neetel Inside 文芸新都
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魔女旅に出る
ハコブネ

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草野

 佐藤、年齢は58歳。和光商社の経営企画部部長。亡くなった田原の父と同年齢で、同期入社らしい。
 実は、迷宮入りした田原の父が殺された事件の容疑者にもなったそうだ。特に田原自身の事件では、当時、最も疑いのかけられていた人物だ。だが、2回とも、捕まることは免れている。
 深夜の社内は非常灯以外の光を失っている。ビルの11階から見る博多は闇に包まれている。繁華街の天神や中州と違って、博多はオフィス街なのだから当然ではあるのだが。
「おつかれさまです」
 残業中の無愛想な顔をした社員とすれ違い、挨拶をするが、相手は表情一つ変えることもなかった。
 施錠を解き、扉を開ける。
 警備員は、正解だった。正当な手段でビルに入り、社員に怪しまれないどころか、変に構われることもない。あとは、有力な情報さえ見つかれば言う事なしだ。
 しかし、一度は疑いの晴れた人物を素人の俺が調べた所でどうにもならないのではないかとも思う。
 それでも田原のために行動せずにはいられない。
 以前はそう考えていたが、果たして今もそうだろうか?
 今になって、疑問が生まれ、自分に問いかける。
 高校時代に、椎名の前で犯人を見つけると宣言したのに、今となってはその情熱も擦り切れてしまった気がする。その証拠に、佐藤に偶然出会うまでの数年間は何も行動せずに過ごしていたじゃないか。
 とはいえ、現在の自分は会社を辞め、福岡に戻り、こうして佐藤の身辺調査をしている。大いに矛盾を孕んでいる、俺は一体、何を考えているんだろう。
 自分への問いに答えを導けないまま、標的である佐藤のデスクを見つけた。一応、周囲を確認して引き出しを開く。
 中身は空だった。正確にはボールペンとクリップなどの事務用品のみだ、続けて他の引き出しも開くが、目ぼしいものは皆無だ。何も10年前の事件の手掛かりが見つかるなんて思ってはいなかったが、佐藤に関する情報を少しでも手に入れることが出来ればと考えてはいた。
 その期待は、完全に外れてしまった。準備に費やした期間はほんの一週間程度だが、想いを込めすぎたか、ショックはそれなりに大きかった。
 一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、部屋を出て鍵を閉める。その後は、定められたルートの巡回をこなし控室へ戻った。
「おつかれ」
「あ、どうも」
 控室には、自分より古参の浜崎さんがいた。
 しかし、現場入りが妙に早いな、と思った。
 すると彼は眼鏡を拭きながら、「暑くなってきたな」と言った。
「そうですね、冷房も切れてるので、少ししんどいですね」
「そうだなあ」
 彼は何となく棒読みのような口調で喋っている。
 そして眼鏡をかけ、「これ老眼鏡なんだよ。まだ三十路に入ったばかりなのになあ」と言った。
 俺が軽く頷くと、浜崎さんは「俺達の世代はパソコンとか、ゲームの普及で若年性の老眼が多いみたいだよ」と続けた。
「さて、世間話はここまでにして」
 彼は立ち上がる。
 ずかずかと俺の方へ向かってくる。何なのだ。
「お前さ、さっき何盗ったの?」

       

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