Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

椎名

 草野にトラックを周回差つけられたような、悔しい気分だ。別に勝ち負けの話では無いのに、昔から彼には対抗心を燃やしてしまう。
 同窓会後に出向いた天神駅前の屋台でも、草野が主体になり話を進めていた。彼なりに色々と計画を考えていたのだろう。それに比べると私は、ただ怠惰に生きてきただけみたいじゃないか。
 わずかな残業を終えて陽が沈む前に帰路へ着いた。そろそろ草野の仕事が始まる頃だろうか。
 屋台での話し合いの結果、基本的には草野が行動するが、必要があれば、彼が得た情報を基に私も佐藤へ近付くという算段になった。
 博多駅に着くと、駅前広場で何やら催しが開かれ、巨大な人だかりが生まれていた。
 ふらりと立ち寄り、「何のイベントですか?」と係員に尋ねる。
「ベルギービールの試飲会ですよ」
 ベルギーのビールか。日本のビールと何が違うのだろうか。
 そんな私の心中を察したように係員が、「ベルギービールはですね」と説明を始めた。
「皆さんが普段飲まれている、日本の一般的なビールというのは、麦芽を原料にしたラガービールを指すんですよ。ただ、ベルギービールも大半がラガービールなんですが、こうしたイベントで取り上げられるのは果物や香草、香辛料をブレンドした物や、原料自体を変えたビールなんですよ。他にも様々な嗜み方があって、日本のビールが舌に合わない方も楽しめるのがベルギービールなんですね」
「なるほど」
 10張以上あるテントをゆっくり眺めて歩くと、猫と魔女の絵柄があしらわれたラベルが多い事に気づいた。
「どうして猫が描かれているんですか?」再び係員に尋ねる。
「猫は、ベルギーのとある町では魔女の使いと信じられていたんですよ。魔女狩りって聞いたことありますよね?その町では魔女と見なされた人間だけでなく、猫まで処刑されてたそうで。現在では猫を悼み、供養する行事もあるそうですよ。だから魔女とセットでラベルに描かれることが多いんです」
 猫が魔女の使いとされているのを、映画や小説で頻繁にみるが、発祥はベルギーということなのだろうか?
 感謝を告げて、結局、一杯も口にせず会場を後にする。
 猫の話を聞いて高校時代に田原に言われたことを思い出した。
「椎名は猫みたいだ」
 大した言葉ではないが、何故かと聞き返すと、「目が」と、やはり大した返事ではなかった。確かに目尻が吊りあがっている所は猫らしかったのかもしれない。
 しかし現在になって思うのは。私が故郷を離れられず、家の周りでしか生活できない所こそ、猫みたいではないか。故郷に縛られて外へ出ることのできない私自身が。
 私だって外へ出てみたい。けど、未だに赤い魔法陣の呪縛から逃れることが出来ない。
 溜息を一つ吐く。
 こんな些細なことで気が沈む。
 気分が落ち込んだ時は、田原の描いた虹色の絵を思い出す。
 田原が愛用していた虹の七色セットの色鉛筆で描かれた絵だ。
 彼は精神科に通っていた際、絵日記を描く習慣があって、絵を描くことが趣味になったらしい。
 田原に絵を譲ってもらえばよかったと思う。赤より虹色が愛しい。

       

表紙
Tweet

Neetsha