Neetel Inside 文芸新都
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草野
「企画部の部屋で何してたんだよ?」
 浜崎さんはまっすぐ視線を固め、睨んでくる。
 何ということだ。早くも失態を犯してしまうなんて。
「さっき巡回中に落とし物をして、探しに来たんですよ。何なら身体検査でも」
 あらかじめ用意していた言葉を並べるが、彼は訝しい顔する。
「嘘だね。今日、君が経営課に行ったのは一度だけだ。それに、部長のデスクを漁っている様子もしっかり見ていたよ」
 どうやら、全てみられているようだ。しかし。
「おかしい、何故、分かるのか。そう思ってるだろ。それは、君が巡回する様子をずっと見てたからさ」
「どうして、そんなことを?」
「それは君と同じような理由だと思うけどね」
「どういうことですか?」
「君も、この会社、若しくは個人に対して何らかの因縁を抱えてるんじゃないのかい?」
「え?」
「君の履歴書を見せてもらってね。不思議に思ったんだよ。その年齢で、それなりの大学も出てるのに、何故警備会社のパートを選ぶのは少し妙だから、疑問に思ってたんだよ」
「だから、監視してたんですか?」
「少し違う。僕も、この会社に因縁があってね。警備員として時間外もあちこちをこっそり監視して回るんだ。すると偶然、君が現れてね。小さな疑いが確信に変わったわけだよ」
 成程。しかし、「因縁ってなんですか?」
「その前に、草野君の秘密を教えてもらおうか。ただし、正直に話してもらえれば、見逃してあげるよ」
 どうする?咄嗟に誤魔化す手段は思い浮かばない。ならば可能性のある方に賭けるべきか。
「俺は昔、友達を事件で亡くしてるんですよ。殺人事件です。そして、あのデスクを利用している部長は、その事件の容疑者なんだ。だから情報を集めているんですよ」
「ふうん」
 彼は思案するように、外を眺める。
「これは交渉なんだが、お前の悪事を黙認して、更に情報収集を手伝ってやる。その代わりに、俺の仕事も手伝ってくれるか?」
 それは。面倒な。
「あまり良い反応じゃないな。分かってるのか?俺はな、一応、お前の罪の証拠も握っている」そう言って、彼はスマートフォンを取り出した。
「撮ってたんですか」
「ああ、分かったかい?選択肢は無いんだよ」
 浜崎さんは冷蔵庫を開き、二本のペットボトルを取り出した。
「そんなに怖い顔をしないでよ、別に悪い様にはしないからさ。寧ろ歓迎しているんだよ、こんなに身近に良い仲間が居てくれてさ」
 そう言って、彼は片方のペットボトルを俺に差し出した。
 この出会いに鬼が出るか、仏が出るか。悪事を働く二人には鬼が出る確率の方が高い気がしてしまう。
 その後、俺は研修中という体裁を執り浜崎さんに付いて社内を回った。この日は特に、面倒な仕事を頼まれることもなかったが、役に立つ情報を教えてもらうこともなかった。
 本当に大丈夫なのか。不安が大きくなる。
「そろそろ社員が来る時間だ。俺達も引き上げよう。特に俺は顔を見られたくない」
 和光商事のオフィスは警備会社の都合により定められた時間以外で警備員以外が社内に入ることは出来なくなっている。しかし、顔を見られたくないというのは、どういう訳なのか。
「じゃあ、駅前で少しお茶しようじゃないか」
 彼は、細い腕を掻きながら言った。

       

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