クリスチャン

草野

 平成28年6月
 和光商事の警備員に配属され一カ月が経った、とある日。
 まだ陽が昇り始めた頃、天神の隅で祝勝会が開かれた。
「こんな時間から祝勝会ですか」
「俺達、日陰者らしくていいじゃないか」
 浜崎さんはコーヒーを啜る。
「そもそも、何にも勝ってないんですけど」
「無事、有力な情報は抜き出せたじゃないか」
 彼の言う通り、波風一つ立つことなく佐藤の情報を幾つも入手することが出来た。しかし、目ぼしい情報は少なく、唯一、有力というのか、何とか利用できそうな情報を見つけたが、俺には手を出せそうにないため、仕方なく椎名に頼ることになった。
 椎名には大それた宣言をしたものの、俺が行ったのは情報収集のみで、結局は椎名に頼ることになってしまった。
「ところで、どうして喫茶店なんですか」
「文句が多いな。俺達が集まる時は喫茶店で珈琲と決まってるんだよ」
 そうだったのか。そういえば最初に浜崎さんと同行したときも窓売りの珈琲だったが。
「それに大人が腹を割って話せるのは、酒か、珈琲を嗜んでるときだけなんだ」
 何だそれは。酒は、まあ分からないでもない。しかし、腹を割って話す事とは、何だ?
「草野は、どうして犯人を捕まえたいんだ?」
「どうしてって?」
「そのままの意味だよ。友達の弔いなのか、それとも、生きている方の友達の為なのか、それとも」
 彼の口から、この言葉が飛び出すとは思いもしなかった。
 それは、まさに今、俺が直面している問題。
 俺は何を目的に動いているのか。
「前も言ったけど、死んだ友達の為だよ」
「ああ、以前もそう聞いた。だけど、何か説得力に欠けるんだよな。歯に衣を着せてるというかな。本当はもっと、あるんじゃないのか」
「本当は?」
「そう、最近の若者は皆そうだ。己の醜い欲望を抑圧するために、別の見栄えの良い欲望とすり替え、取り繕っているんだ。そのせいで、いざ偽物の欲望が成就してもイマイチ満足できずに終わるんだよ。お前もそんな感じだよ」
「俺は」
 汚れた欲望とは、何だ。
 めまいがする。彼に魔法でもかけられているかのようだ。
「友達が殺された時、俺も事件に巻き込まれたんだ」
「ほう」彼が興味深そうな顔をする。
「巻き込まれた、といっても。正否は分からないんです。その理由は記憶を失くしたからで、事件現場にいたことは間違いないんですが、そのショックで事件と、前後の記憶が無くなってしまって。結局事件の真相は分からないままで、もしかすると自分自身が犯人の可能性もある。だから、事件にどう関与しているのか知りたいんです」
 まるで暗示だ。深層心理が浮上してくる。
 何故、俺はこんな話をしているのか。
 恐らく、楽になりたいんだろう。
「結局、田原を。友人を救いたいんじゃなくて、自分自身の潔白を証明したいんだと思います」
「ところどころ、分からない部分もあるが君の本心が少しだけ分かった気がするよ」
 佐藤さんは老眼鏡を磨きながら言った。
 少しだけか。だが確かに、俺も本心をえぐり出し楽になるつもりだったが、まだ憑き物が落ちていない気分だ。
 自分の為に犯人を捕まえたいという気持ちは紛れもない本物であり、10年前、田原の通夜会場で感じた悔しさも、また本物である。つまり、田原の為にも犯人を捕まえたい心理も確かに存在するのだ。
 この表裏一体の心理が俺を戸惑わせているのだと、今は思う。
 ただ、他にも理由があるような、そんな気がする。だから、憑き物が離れないのだろう。