草野
「田原の事件?」
 身に覚えがあるのか、山田は何やら含みのある物言いをして、考え込む様子を見せる。
「もしかして、高校の頃の事件か?」
「そうだ。実は俺と椎名も田原と付き合いがあってさ。少し聞いてみたいんだ」
 山田は納得がいったような顔を見せて、再び思案する様子を見せる。
「まあ十年近く前だからな、詳しくは教えられないんだけど。実は、俺、容疑者だったんだよ。田原が殺される数時間前に家に寄ったとかでさ。といっても、すぐに疑いは晴れたけど。あいつとは特別仲がいいわけでもなくてさ、ただ届け物を渡して終わりだよ」
「届け物?」
「確か、不登校気味だったから、俺がよく届けてたんだ。通学路途中だから」
「そうか。久しぶりに会ったのに。妙な事を聞いて悪かった」
「構わないよ」
「じゃあ、また。仕事がんばって」
 俺は山田を見送り、背後に立ち尽くす椎名へ目を向ける。
 視線の先の椎名は想像通りの膨れ面だった。
「どういうつもり?」
「すまん」
「謝るんじゃなくて、説明してほしいんだけど」
「山田の様子だと、違うみたいだね」
「そっちじゃなくて、草野の事」
「俺の事か?だから、田原の事を諦めきれなくてさ、椎名と同じだよ」
「一緒にすんな!」
 椎名は叫んだ。
俺は、思わず肩をすくめる。同じじゃないのか?
「私の気も知らずに散々、騙してたわけでしょ」
 ぐうの音も出ない。
全く反論の余地がない。
「それは、ごめん」
「だから、謝るんじゃなくって。説明しろ!」
 椎名は再び怒鳴る。そして絶え間なく「何が可笑しいのよ」と言った。
 いけない。いつの間にか口元がほころんでいた。
「なんだか懐かしくて」
 そう釈明した後で、俺はまた怒鳴られるな、と後悔する。
 しかし、椎名は口をすぼめて、満更でもない表情を見せた。
 そういえば、彼女はこういう慣れ合いの文句が好みだったな。
 椎名は大袈裟に溜息をつくと、「まあいいや。ゆっくり説明してよ」と言った。
「了解」
 暗がりに入ったせいで、ハッキリとは分からないが、椎名の瞳から一滴、光る物が流れた気がする。それは、俺が知らない彼女の五年間の想いを表しているのかもしれない。