Neetel Inside 文芸新都
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 理性を失ったみたいに夢中で長年の思いをぶつけて、ぶつけて。
 佐藤さんに消化してもらう。
 話の最後に、彼は、私と同じ年くらいの娘が居て、その為、優しく接してしまった事を告げた。
 そんな彼に田原の事を公言しなかったのは、最後の保険だった。
 しかし、今更、佐藤さんを疑う気は無くなってしまった。
 これまで悪い意味で、心の支柱になっていた田原を殺した犯人への復讐。その矛先を失ってしまったのに、心は崩れず、むしろ綺麗に磨かれた気がする。
「また来週くるよ」
 別れ際、佐藤さんの言葉が組み替えられた新しい柱になっている。
 
 とはいえ、そう簡単に、赤い魔法陣の呪縛が解かれることはない。何せ、高校時代から続いているものだ。
 一時の安らぎで解放されたりしない。だから、犯人捜しを辞めることはできそうにない。
 今では、犯人の当てもなくなってしまったのだが、それでも続けることになるだろう。
 しかし、草野には、どう伝えた物か。
「証拠がある訳ではないけど、佐藤さんは犯人じゃない」
 そんな言葉で草野は納得しないだろう。
 だけど、佐藤さんが犯人である疑いなど、最早、私は持てそうにない。

 会社とアパートを往復するだけの日々が続く。
 もしかすると、草野は、捜査を進めているかもしれないし、最悪、捕まってしまうかもしれない。
 そんな不安を感じ、早めに連絡しなければと思いつつも数日が経つ。
 明日は教会に行く日だと、自宅で呑気に浮かれていると、草野から電話が入った。
 応じてすぐ、「椎名」と怒声が飛び込んでくる。
「佐藤と話したんだろ。なんで連絡しなかった」
 どうして突然、そんな話になるんだろうか。
 訳も分からず「ちょっと」と言葉を出すしかない。
「ちょっとってなんだよ。こっちは佐藤と警察に危うく捕まりそうになるほど、危険を冒してるのに、何で、連絡しないんだよ」
 そうか、佐藤さんと会ったのか。
 良い遭遇の仕方ではない様だが、何故、私が佐藤さんと接触した事まで分かるのか。
「ごめん。佐藤さんと会ったんだ」
「そうだよ。そっちは、何か情報は得られたのか?」
「それも、ごめん。まだ」
 すると草野はわざとらしく、溜息をつく。
 先程から鼻につく言動が目立ち、次第にいらつきを感じてきた。
「しっかりしてくれよ。悪いけど、こっちの手段はもう駄目だと思う。今は椎名が頼りだ。まあ、そっちは安全だろうから、大丈夫だよな」
 草野の心ない言葉で苛立ちはピークに達する。
 彼は極めつけに「田原の為だからな」と言った。
 自分の為に生きたらどうだい。佐藤の言葉が蘇る。
「いい加減にしてよ」
 私の一言。
 草野の言葉が止まった。途端に狼狽でも始めたのだろうか。
「こっちが安全だって?草野は佐藤さんの事を人殺しだと思ってるんでしょ?人殺しの元へ、私を一人で差し向けて、それでいて私は安全って。おかしいよ。それに田原の為ってなんなのよ。私たちの為じゃないの?」
 言いたいことを放った結果。返事はない。
「どっちにしても、佐藤さんは田原を殺してなんかいないよ」
「何だって?」
 ようやく掠れた声が帰ってきた。
「もういい」私は言った。
「田原を殺した犯人を突き止めるって言って、何年たってると思ってるの?変に期待を持たせて。そのせいで」
 ずっと、この街に縛られているんじゃないか。魔法陣と、草野のせいじゃないか。
 鬱憤を一気に晴らしてしまった。彼にとっては、唐突すぎると思う。 

 何なんだ。
 私達、いや、私は。
「田原の為」と、行動を起こしたというのにいつの間にか、「田原の為」と口にする草野を煽り、罵っている。

 分かった。そういうことか。
 結局、私は田原の事など考えていなかったのだ。
 佐藤さんの言葉に救われたわけではない。
 気づかされただけだ。本当は。私はとっくに自分の為だけに行動している事に。
 楽になりたい。10年間、縛りつけられたこの街から、逃れたい。その思いで、行動していることに気づかされただけなのだ。
 
 そんな自分に、佐藤さんは共感してくれていると誤認し、彼に想いを馳せているのだろう。
 そして、自分の為に行動する事を批判された気がして、草野に強く当たっているのだ。
 きっと、そういうことだ。
 だとすれば、どうすればいいのだ。
 
 そうだ。もう、降りるしかないかもしれない。
 田原の為に行動することのできない私は、この計画から、降りるしかないのだろう。
 突然、「ごめん」と草野が言い、「言い過ぎた」と続けた。
 その途端、ひどく悪い事をしたと気づき、「ごめん」と口にする。
 しかし、もう取り返しがつかない。そう思った。
「しばらく、考えさせて」
 そう言って、通話を切った。

 これで終わりだ。ただ、一つ。大きな矛盾した感情がある。

 田原の虹色は、どうなってしまうのか。

       

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