Neetel Inside 文芸新都
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椎名

 二人ともどういうつもりだ。
 草野は自暴自棄になって無駄な特攻を仕掛けるつもりなのか。だが、確かに、先日佐藤さんが言った、人を殺したという言葉の真意は少し気になる。
 一方、佐藤さんは、挑発のつもりなのか妙な事を言った。
 思考が追いつかなくなってきた。
 それは草野も同じなのか、調子よく声をかけてきた割に、尻込みしている。
 何にしても、私の憩いを邪魔されるのはあまりいい気分ではなかった。
「君をどこかで見た気がする。前に会社で私が話したのを覚えているかい?」
 最初に話し始めたのは佐藤だった。
「それがどうした」
「田原の事を諦めない。君の言葉で思い出したんだよ」
 彼の口から、田原の名前が飛び出てきて、私は思わず息を呑む。
「田原は、かつての同僚の名前だ。もう十年以上前に死んだんだが、それ以来彼の息子、田原真一君とも親交があってね、度々世話をしてあげた物だが、どういう訳か、その真一君も死んでしまったんだよ」
 彼は、私たちの知っている、田原の人生を、簡単になぞった。
「二人とも、他殺の疑いとなって、やがて私にも捜査の手が回ったんだけど、罪に問われることはなかった。そして、真一君の通夜の時、丁度、君の姿を見たんだ。何だか、凄く神妙な面持ちで。いや、友人の死だから当然ではあるが、特に、深刻な顔をしていたからね。印象に残っていて、君の言葉で、その記憶が蘇ったんだろうね」
 十年前に一目見ただけの草野を覚えていたというのか?信じがたい話である。
「まあ、何にしても、田原の事を諦めない。という事は、君が真一君の死に疑問を抱いており、私の事を疑い、私の身辺を調べていたという事なんだろうと推察したんだよ。確かに、私は当時、一番の容疑者であったし、私も、自殺という処理は今一つ腑に落ちない。ただ、自殺だったとすれば、私は真一君を殺したも同然なんだ」
「どういうことですか」思わず、私が尋ねてしまう。
「少し長くなるけどね、同僚の田原が死ぬ前日、彼が私に相談を持ち掛けてきたんだ。『ある人物に騙されてしまった。明日は最悪、揉め事になるかもしれない』田原は固い顔をして言ったよ。普段からひょうきんな事を言う奴だったからね、また始まったと、笑い流していたものだけど、揉め事どころか、奥さん共々、真一君を残して殺されてしまうなんてね。結局、犯人は見つからないままだ。そして数年後、真一君が死ぬ前日に、私は真一君と会ったんだけど、彼もまた妙な事を言ったんだ。『俺も死んでしまうかもしれない』ってね。何を馬鹿な事をと思ったが、彼も死んでしまった。それぞれサインを受けながらも、みすみす逃して見殺しにしたんだから、私は、人殺しと同じなんだ」
「人殺しですか」
「そうだよ。そして今も、宛ての無い贖罪のため、教会で懺悔に耽っているんだ」
 私達と別の所で、こんな背景があったとは。
「悪いが、これが私の関わっている全てだ。刑事法の上では私は犯人に当たらない」
 草野は感情の抜け落ちたような顔をして、佐藤さんを見つめる。
「ただ、真一君が自殺だと処理された理由は少しだけ聞くことが出来たけど、今も納得できる物ではない」
「なんだ、それは」草野が尋ねる。田原が自殺と判断された理由。それを知っているのか。
「絵だよ。真一君が日常的に描いていた絵だ。本人の精神状態を判断する指標として描いていた絵なんだけど、普段は綺麗な色遣いであしらわれているみたいなんだけど、その日は、特別、荒んでいたようでね。赤と黒の色で、乱暴に描かれた。何というか、破滅的な絵だったらしい」
 田原が描いた絵により精神状態に異常をきたしたと判断されたという事か。
 しかし、赤と黒で描かれた、破滅的な絵というのは。なんだろう。
 それを田原が描いている姿を想像して、急に視界がぼやけた気がした。

       

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