草野
椎名の意識が遠のいて、上体が大きく傾き椅子へ沈む。
倒れる寸での所を、佐藤が受け止める。
そして彼女を優しく抱擁し、声をかけている。
目の前で行われるこの光景を、俺はどんな気持ちで見ているのだろう。
昔、高校時代に、同じことを感じた事がある。自分の思考、感情が消失する感覚。
何故感情を失ってしまったのか、結論は出ないままだ。
いま、俺が見ている光景。高校時代の、あの時との共通点は何だろうか。
「気がついたかい」
椎名が目を開け、佐藤は尚も肩を支えている。
「すみません。なんだか、めまいがして」
椎名は頭を抱えて言った。
「こちらこそ、すまない。気分を害したみたいで。ただ、君達はやはり、全員、繋がっていたみたいだね」
佐藤は言う。いつから気づいていたのか。
もはや偽る必要がないと感じたのか、椎名はゆっくり頷く。
「真一君の絵は、私が預かっているから、いつでも貸してあげるよ。あと、君、草野君だったね。別に警察へ通報などはしていないから、安心していいよ」
佐藤が、微笑む。
それと同時に、怒りが再び込み上げてくる。
「ふざけるな」
椎名が意識を取り戻すのと同時に俺も我に返り、声を発した。
今は、悩んでいる場合ではないのだ。ただ、追及。
追及するしかない。
「何が贖罪だ。被害者面するなよ。お前が加害者じゃなければ、一体誰が、田原を殺したっていうんだ」
俺の言葉を聞いた椎名は座ったまま、こちらを睨み付ける。
「ちょっと待ってよ。証拠もないのに佐藤さんを糾弾するなんておかしいでしょ」
何故だ。何故、そいつの味方をするんだ。
「俺は、そうだ。勤務表だって、手に入ったんだ。田原が殺された日の」
「それが何の証拠になるのよ。さっきから、草野が間違ってる事くらい、自分でも分かるでしょ」
言葉が出ない。その通りだ。
俺が間違っている事くらい、もう分かっている。
だけど、それを認めたら、どうなる。
山田も佐藤も犯人ではない。
そうなれば。
「俺が田原を殺したのか?」
そうだ、俺が、殺したのだ。きっとそうなのだろう。
これ以上、ここに居ても、仕方がない。
俺は、ゆっくりと椎名達に背を向け、教会の外へ足を運ぶ。