ただまっすぐに路地を歩いているだけで、大濠が高級住宅地であることをつくづく思い知らされる。
 周辺の建物は大層な佇まいのマンションばかりで、時折見受けられる一戸建ての住宅も和風の頑強な門構えに周囲は中の様子を窺わせまいと成人男性の身長よりも遙かに高い塀で囲まれている。俺の実家である大宰府では、隣近所との隔たりなんて小さな植木位で、視覚的、聴覚的にも筒抜けで、存分に差を思い知らされた。
 だが、高級住宅地であるがために、塀に囲まれ閉塞感のある環境で生活せざるを得ないのであれば、それは本末転倒ではないか。多少の嫉妬も混じっているだろうが俺のような田舎者はそう考えてしまう。
「ここじゃないかな」
 椎名は指を立てて言った。
 住所は曲がり角のプレートで確認したから間違いないとして、やはり高い塀に囲まれている家だ。勿論、姓を示す表札はかかっていない。
「前に田原が言ってたでしょ。赤い屋根の家だって」
「ああ」
 そういえば、言っていたな。
 周囲の和やかな景観に溶け込まない、刺激の強い赤のタイル張り屋根だ。この付近は赤い屋根の家どころか、一戸建てすらほとんどない。彼女の言う通り、ここで間違いないのだろう。
「じゃあ、行こうか」
「いや。待って」
 躊躇なく敷地内に足を踏み入れようとする椎名を慌てて制止する。
「何よ」
「ここは俺達が住んでる所とは違うんだって。ほら門構えに、周囲の軒並みだってそうだろ。俺達の基準で考えてはいけないんだよ」
「どういうこと?筑紫野を馬鹿にしてるの?」
「そうじゃないけどさ」
「まあ、言いたいことは何となく分かるけど。田原の家だけは門が開いてるよね」
「確かに約束を守らない田原といい、不自然に開いた門と言い、少し妙だ」
「だからさ、行ってみようよ」
 それは、どうなのだろうか。もし本当に事件が起きていたら、危険なんじゃないか?
 そんな疑念が湧いているのに、俺は椎名の意見を否定できない。もしかして、俺は何か、楽しんでいるのか?
 結局、俺は椎名の意見に頷き、覚悟を決めていよいよ敷地内に足を踏み入れる。
 門をくぐった先に待っていたのは、まっさらな灰色の壁だった。これがこの家の一体どのエリアに当たるのか、そして、この家がどれ程の面積を有しているのか把握することが出来ない。それ程にただ一面、情報の薄い無機質な壁が広がっているだけだった。
「これは二手に分かれた方がいいかもね」
「俺は右から行くよ」
 この状況を俺は楽しんでいるのか?再度同じ疑念が浮かぶ。
 少なくとも、この時まで予感は何もなかった。