Neetel Inside 文芸新都
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 僕達がお皿を机に置くと、涼子さんは慌てて手伝おうとするした。だが自分のキャラクターが倒されてしまうのでコントローラーを放すに放せない。
「木下が、ゲームをしようと」言い訳じみた発言だ。
「やだなぁ、涼子さんも楽しそうにやってらしたじゃないですか」
「いや、確かにそうなんだ。だがしかし……」
 涼子さんは口ごもった。どうやら手伝いもせずにゲームをしていた事で罪悪感が生まれているらしい。真面目な人だ。
 ゲームをしている間に木下とは多少仲が良くなったらしく、二人の間に最初のたどたどしい雰囲気はなくなっていた。
「あんた達だけゲームしてずるいわね。私もやりたかったのに」
 机の上にお皿を置きながら悪態をつく悠子さんに、涼子さんは心外だと言う表情をした。
「だから私も手伝おうとしたんじゃないか。でもお前が手伝うなって……」
 悠子さんを睨もうとして慌てて画面に視界を戻す。その様子を見て悠子さんは少し意地悪い表情を浮かべた。
「あれあれ、人のせいにするの? 遊んでたのは自分なのに」
「うぅ……」
 涼子さんは悠子さんをチラリといちべつして視線を画面に戻した。そして何かを確かめるようにもう一度こちらを振り向く。からかわれているのに気付いたみたいだ。
 その隙に涼子さんの操作していたキャラクターが画面外へはじき出され、彼女は「あぁっ」と声を上げた。
「負けてしまった……」
「相変わらずゲーム下手ねぇ」悠子さんが呆れ顔をする。
「お前が邪魔したからじゃないか」
「あんなので気が散ってるようじゃダメよ」
 涼子さんはそう言われて少し笑った。
「なに、何がおかしいのよ」
「いや、ごめん」涼子さんがさも可笑しそうに言う。「相変わらずだなぁと思ってさ。悠子が変わってなくてよかったよ」
「人がそんな簡単に変わるわけないでしょ。変なこと言うわね」

 鍋の熱と言うのは、部屋の中を温かい空気で満たしてくれる。具材を入れた鍋を囲んでただ出来上がるのを待っている姿は少しだけ滑稽だ。
「じゃあ、乾杯しましょ」
 冷蔵庫からビールを取り出して悠子さんは言う。
「何にですか?」
 尋ねると悠子さんは僕を睨んだ。
「なんだって良いのよ。乾杯に理由なんて要らないわ。でも、そうね……」
 悠子さんはしばし考えると、涼子さんに視線を寄せた。
「久々の再会に、がいいわね。乾杯」
 僕らは乾杯を交わし、ビールを口に運んだ。涼子さんはチューハイをゆっくりと口に運んでいる。
「あんた相変わらずビール飲めないのね」
「スプーンを舌にくっつけた様な平淡な味が苦手なんだ。みんなよく飲めるな」
「スプーンを舌にくっつけたって……すごい表現ですね」まず普通は出てこない表現だ。
「でも確かにスプーンを舌にくっつけた味するな」木下が感心する。
「もったいないわねぇ、こんなに美味しいのに」
「チューハイだって充分美味いよ」
「でも涼子さん、チューハイの方がアルコール度数は高いんですよ。酔いやすいんです」
 僕が言うと涼子さんは目を見開いた。
「そうなのか? 意外だな……ジュースみたいなのに」
 彼女はしげしげと間の表記を眺めた。アルコール度を確かめているのだろう。ビールよりチューハイのほうが酔いやすいのは結構有名な事実だと思っていたが、知らないとは珍しい。
 涼子さんは一つ一つの事柄がまるで新しい物の様に接している。なんと言うか、違う文化圏から来た人みたいだ。
「こういう所が涼の面白いところなのよ」
 僕の考えを読んだのか、隣に座っている悠子さんが言った。相変わらず鋭い。
「何の事だ? 私の話か?」
「あんた以外に誰がいるのよ」悠子さんはそう言った後、ふと思い出したように付け加える。「そういえば涼、こっちにはいつまでいるの?」
「ん? そうだな、迷惑じゃなかったら今日くらい泊めてもらってもいいか?」
「それは別に構わないけど、こっちに来たのって何か理由でもあったの?」
「ちょっと大学に用事があってな」涼子さんは少し視線を落とした。
「大学に? わざわざ?」
「あぁ。専門の卒業課題が一段落したんで久々に部室に寄ろうかと思ってな。昔使ってた機材とか忘れたままだから回収しに来たんだ」
 そこで何か思いついたようにパッと顔を明るくした。
「そう、悠子がここで管理人してるって話は卒業の時に聞いてたから、どうせなら少し顔だそうかと思ったんだ。うん、そうなんだ」
「ふうん」
 悠子さんは頷いてはいるものの、まるで信じていないのが見て取れた。普段ならここで突っ込んだ質問を浴びせるのにやけに大人しい。
 鍋のふたから徐々に湯気が漏れ出した。悠子さんは布巾でふたを持ち上げる。匂いと同時に、大量の湯気が上がった。
「涼子さん、嘘つくの下手ですね……」
 僕が感想を述べると、涼子さんはギクリと顔を強張らせた。
「う、嘘? 何のことだ?」
「いえ、何でもないです」僕は視線をそらした。
「こういう所が涼の面白いところなのよ」鍋のふたを脇に置いて、まるで面白くなさそうに悠子さんは言った。
「そうですね」僕は頷く。
「そういえば涼子さん、部室っておっしゃってましたけど、何の部活に入ってらしたんですか?」
 全く周囲を気にしない木下の質問には実を言うと僕も少し興味があった。先ほどの悠子さんとの会話が思い出される。
「へ? あ、あぁ。軽音系の部活だよ」
 強張っていた涼子さんの顔がほっと緩まる。
「ウチの大学には軽音学部やフォークソング愛好会といくつか同じ様な部活があるんだけど、その中の一つに所属してたんだ。フォー研って言うとこで、他の軽音系の部活と違ってチャラけた人が少なくて落ち着いたとこだったんだ」
「えっ? フォー研?」
「知ってるのか?」
「そうですね……」僕は木下と顔を見合わせると少し苦笑いした。
「僕らも部員だったりします。フォー研の」
「へぇ……全然見えないな、音楽やってるようには」
 失礼だ。
「まさかOGさんにそんな事言われるとは」
 うちの部活は僕だけでなく、部員のほとんどが楽器をしているようには見えないとよく言われる。実際、四年間ろくに楽器を触らずただお酒を飲む事に精を出した先輩も居るくらいだ。
「すまないな。つい」
「ついって、……ますます傷つくからやめてくださいよ」僕は溜息をついた。「うちの部活は代々軽音とは関係なさそうな人が多かったって聞いてましたけど」
「そんな事はないぞ」
 涼子さんは強い口調でそういった後、疑問を覚えたのかしばし逡巡した。
「……でも、そう言われればそうだったかもしれないな」
「まぁ涼子さん楽器似合いそうですもんね。ギターとか、ベースとか上手そうに見えるから」
「あら、上手そう、じゃなくて涼は実際上手かったのよ? 現役の時は結構色んな人から注目されてたみたいだし」
「そんな事ないよ」
「あら、でも実際よく声かけられたじゃない。バンド組んでくださいって。イベントにも結構出てたんでしょ?」
 悠子さんは鍋のキノコを自分の取りざらに装う。気がつけば悠子さんばかりが食べており、いつの間にか鍋の具材がかなり減っている。会話に夢中で、全く気付かなかった。
「論より証拠、弾いてもらえばわかりますよ。秀介、ギターあるだろ?」
「え? ないよ」
 僕は舞茸を箸でつまもうとしている悠子さんの手首をつかみながら言った。
「何でないんだよ。二本くらいあったろ」イラついた木下の声。
「だって使わないと思ってさ。どっちも部室に置きっぱなしにしてた。家より部室でギター弾くことのほうが多いし」
 悠子さんの腕に力が込められる。僕は悠子さんとにらみ合いながら、彼女の腕の動きを抑えた。
 大学には部ごとに専用のスタジオが備え付けられている。使用者が居ない場合誰でも使えるので、僕はスタジオを使っている人間が居ないことが分かると遊びで入るのだ。そのため部室に機材を置いておいたほうが好都合だった。
「肝心な時にお前は使えないやつだな」
「そんな役立たずに舞茸だって食べられたくないでしょ」
 悠子さんは僕の振りほどくと舞茸を素早く箸でつかんだ。
「そんな事は舞茸にきいてみないと分からないじゃないですか」
 僕も悠子さんと同じ舞茸を箸でつまむ。必然的に箸で引っ張り合う形になった。
「まぁまぁ、別に私は弾くなんて言ってないわけだし」
「え、弾いてくれないんですか?」木下がショックで固まる。
「もう随分と長い間ギターには触ってないし、いまじゃすっかり指も柔らかくなってるんだ。現役の君らの期待に応えられるような演奏は出来ないよ」
「そうか、そうですよね。残念だなぁ」木下はがっくりと肩を落とす。
「そういう事らしいですから僕は役立たずじゃないんですよ。むしろ涼子さんの意思を汲み取ってアシストさえしている。舞茸は諦めてください」
 僕はギリギリと舞茸を引っ張った。
「都合良いように解釈してるんじゃないわよ。それとこれとは話が別でしょ」
 悠子さんも固い笑みを浮かべながら箸に力を込める。
 やがて舞茸は真ん中から綺麗に裂けた。
「あっ」
 僕ら二人、同時に声を上げた。小さな舞茸だけが箸に残り、妙にもの悲しい。その様子を見て涼子さんが笑った。
 僕は悠子さんと目を合わせると、舞茸を口に運んだ。
 チゲダシの染みた舞茸は少しピリ辛で、美味しかった。

       

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