Neetel Inside 文芸新都
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線の人
休み時間

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 ずっと息を吸いつづけていると苦しいことに気づいた。どうしてずっと息を吸いつづけようとしたのかというと、冬眠をする熊みたいに酸素をためこめたらいいのにな、と思ったからだ。

「バカか」

 そのことを吉村さんに言うと、細い目でそう言われた。いつものことなので気にしない。吉村さんがほんとうに私のことをバカだと思っているわけじゃないって知っているからだ。吉村さんは休み時間のあいだに、机の上に教科書とノートを並べる。私が吉村さんのところへ行くころにはもう机の角に合わせて教科書とノートが置いてある。私はそれが好きで、いつも吉村さんのところへ行く。

「ずっと呼吸して生きているってすごく大変だと思う」

 生きているものはみんな呼吸している。ミドリムシとかがどうなのかは知らないけど、きっと全国のミドリムシも呼吸していると思う。
 生きているあいだ、ずっと吸って吐いての動作をしないといけない。ものすごく真面目じゃないと無理だ。

「呼吸なんて勝手にやってくれてるだろ」

 吉村さんはさすがに頭がいい。全然そんなことに気づかなかった。

「そうだね! すごいね呼吸って。まるで常駐ソフトウェアだね」

「そのたとえはどうだろう……。なんか眠くなってきた。ごめん」

 そう言うと吉村さんは腕をまくらにして眠りはじめた。寝息に合わせて身体が上下する。
 すごい。
 熊は冬眠しているあいだ、エサを集めることはできないけど、呼吸は寝ていても勝手にしてくれる。
 高性能だ。
 私はずっと寝ている吉村さんのことを見ていた。
 眠るって不思議だ。
 今日、私は8時間21分眠った。夜11時07分に布団に入り、気づいたら朝の7時28分だった。そのあいだの記憶がない。
 タイムスリップしたような感じだ。毎回不思議だと思う。そのあいだ私はどこへ行っていたのだろうか。
 吉村さんもいま眠っているけれど、ほんとうの吉村さんはどこかへ行っているのだろうか。

「吉村さん」

 授業チャイムが鳴って、のそっと顔をあげた吉村さんに声をかける。

「わ、まだいたのか」

「吉村さんいま寝てた?」

「ん? ああちょっとだけな」

「吉村さんの身体ちゃんとあったよ」

「は? 当たり前だろ」

「吉村さんが眠っていて意識してなくても身体ってずっとあるんだね。すごいね。もしかしたら消えるのかと思ったよ」

「そんなことあったら大騒ぎになるっつうの。いいから自分の席にもどれよ」

「うん」

 眠るって、パソコンと似ているかもしれない。もしパソコンに意識があるのなら、夜11時にシャットダウンされて、朝7時に起動されたら、いきなりタイムスリップしたと思うんじゃないかな。でも、パソコン自体は起動していないときも存在している。意識が消えたからといって、パソコン自体も消えたりしない。
 このことを吉村さんに話してみたかったけれど、もう自分の席にもどってしまったから無理だ。
 たぶん「バカか」と言いそうな気がする。

 次の休み時間、吉村さんのほうから私の机へやってきた。

「さっさと行こうぜ」
 
 次は家庭科だ。
 廊下を一緒に歩きながら私はさっきのことを話した。

「バカか。パソコンと人間はべつものだろうが」

「でも似てるよ」

「似てるっていうけどさ、結局都合のいいところしか見てないじゃん。パソコンみたいに角張ってないし、電気で動いているわけじゃないだろ。似ていないところのほうが圧倒的に多いよ……ふわぁ、ねみぃ」

「そうだね。似てないところいっぱいあるや。やっぱり吉村さんは頭いいね」

 パソコンにはスイッチもあるし、インターネットだって繋がっている。パソコンは歩けないけど、私は歩ける。
 さっきは同じに見えたけど、もう全然別のものだ。
 あっ、そうかも、と私は思った。

「あとね、授業中もう一個考えたんだ」

「おまえさ、真面目に授業受けろよ」

「教室でみんな椅子に座っているのがすごいなって思って。その教室が学校にいっぱいあって、その学校も日本にいっぱいあるんだよね。同じくらいの人たちが同じ時間にずっと座っているんだ。しかもそれをほとんど毎日! なんでみんな嫌にならないんだろうね」

「それは同感だな」

「でも私、いまわかったよ。なんでみんな嫌にならないのか」

「へー」

「みんな違う友だちがいて、みんな違うこと話して、同じ、学校という枠組みにいるけど、同じことの繰返しだけど、みんな全然違うんだ。似てないことのほうが多いんだね」

「そうだろうな、おまえぐらいだろ、息を吸いつづけるようなバカは」

「ありがとう。吉村さん」

「ほめてないぞ」

「ううん。違くて。なんかありがとうって言いたくなった」

「はいはい、どういたしまして……」

 吉村さんがふわぁと欠伸をした。私は眠くなかったので欠伸をしなかった。月曜日だった。

       

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