Neetel Inside ニートノベル
表紙

幸せと書いてカロリーと読むっ!
1『中華料理屋だとよく見る組み合わせ』

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「腹減った。メシ、寄越せ」
 幼馴染、花形芽衣が俺に発した第一声がそれだった。
 当時六歳。俺、陽ノ下伊吹はその発言に「原始人かこいつは」と思ったが、ちょうど近所のおばさんからアメをもらっていたので、それを差し出した結果、彼女はそれを受け取り、口に放り込んで、まだそのアメが残っているにも関わらず。
「もっとくれ」
 と言い出したのだ。
 しかし、繰り返すようだが、当時五歳。腹は減っていても飯を買う金なんてないし、料理もできない。アメを持っていたのが上出来なくらいなのだ。
 後になってわかるのだが、芽衣は腹が減ると、とにかく我慢が利かない性分であり、「やだぁやだぁ! お腹空いたぁ!」とサイレンみたいに泣き出したのだ。
 女が泣く、それはつまり、男が悪いという図式。
 子供でもそれくらいは理解していたので、俺はなんとか泣き止んでもらおうと必死になったのだが、とにかく泣き止んでもらうには「飯を食わせる」しかないのである。
 だが、飯などない。金もないし、料理もできない。
 俺は彼女に泣き止んでもらうことが出来ず、我慢の限界に達した芽衣は、


「うがぁーッ!!」


 そう叫んだかと思えば、俺の肩に思い切り噛み付いてきたのだった。
 気を紛らわすのが目的だったからなのか、甘噛程度ではあったけれど、幼心に『次はうまい飯を用意しなかったら食う』そういうサインだと思ってしまったのだ。
 それが、俺が料理を初めた理由である。


  ■



 ぎゅるるるる。
 品の無い音である。地のそこで何かがぐるぐるかき混ぜられているような音。
 振り向くと、芽衣がぼんやりと口を半開きにして試食台を見つめていた。

「からあげ食べたい……」
「マジかお前」
 スーパーに入る前まで、「今日は魚って気分」と言っていたクセに。
 ちらりと試食台を見れば、そこには固まった脂と、衣のカスが残っていた。――なるほどね。試食できなかったのが、悔しいってことか。
「いや、でも今日はカツオが安いから、カツオの叩きっつったらお前も納得しただろ」
「舌がからあげモードになっちゃったんだからしょうがないじゃん! 今日はからあげ! 絶対からあげ!」
「わかった、わかった……。制服着てんのに駄々こねないで……」
 近所にある、我らが母校の制服であるセーラー服を着て、サイドポニーを揺らしながら駄々をこねる一六歳。
 ――月に一回はこんなやり取りをしている所為か、もう誰も周囲がきにしていないのがすげえ悲しい。
「わかったから! からあげ作ってやるから!」
「さっすが伊吹!」
 ピタリと止まる芽衣。
 こいつ、ちょっと騒げば俺が言う事を聞くと思ってないか。
 いや、まあ、現状だとほとんど事実だしなぁ……。甘やかしすぎるのも絶対よくないと思うが、仕方ない。
「で、からあげ作ってもらいたいのもそうなんだけど」
「――ん?」
「一緒にチャーハンも作ってほしいのよね」
「えっ、チャーハンとからあげを合わせるのかよ。また随分高カロリーだな」
「飯はカロリーが高いほど美味い! 体重とか健康とか気にして美味い飯なんて食べられないよ」
 太らない奴の意見である。
 たくさん食う割に太らない芽衣。そして、それに釣られて食べ過ぎる俺。
 芽衣と違って、俺は食えば食った分ちゃんと太ってしまうので、ダイエットは欠かせない。なんで俺の方が乙女してんだクソ。
「わかった。からあげと、チャーハンね……」
 中華料理屋のセットメニューみたいだなぁ、と思いながら、俺は肉コーナーで、できるだけ安い肉を手に取った。


  ■


 頭の中で、家の冷蔵庫には何が残ってたっけ? と確認しながら買い物を終わらせて、影が伸びる夕暮れの帰路を歩く。
 俺と芽衣の家は隣同士。そして、俺はいつも芽衣の家で料理を作っている。まあ、ウチでもいいんだが、俺達の両親は互いに多忙な職業に就いていて、滅多に帰ってこない。なので、必然的に二人きりで過ごす事が多い。
 花形家のキッチンはシステムキッチン。
 ――料理をするようになると、こういういいキッチンは憧れ。なので、俺は花形家で料理をするのである。


「さて……」
 必要な材料を並べて、頭の中で作業工程を確認し、手をつけていく。
 まずはからあげだ。さきほど買った鶏肉を、沸騰した鍋に入れて茹でる。
 こうして先に火を通しておくことで、揚げた際に衣に火を通すくらいで済み、柔らかいからあげができるのだ。
 そうして茹だった肉を上げ、冷ましている内に、ジップロックに酒と醤油、生姜ににんにくを入れ、冷めた肉からキッチンペーパーで水分を抜いて、漬け込む。

 肉に味が染みこむのを待っている間に、チャーハンの下拵えを始めよう。
 いろいろ迷ったが、チャーハンの具はカニカマとベーコンにする。
 これらを細かく刻んで、お決まりの長ネギもみじん切り。ネギは切ると、ネギ独特のツンと来る匂いがしてくるよなぁ……。
「ほうほう、具はカニカマとベーコンかぁ。チャーシューじゃないんだねえ」
「前日から言ってもらえりゃ用意したけどな。美味いもんにはそれなりに時間がかかるんだから、急に言うのはやめろよ?」
「ええ? でも、スーパーでも袋のチャーシュー売ってるじゃん。あれでいいよぉ」
「バッカ。袋のチャーシューは固いし、味がなんかちげえだろ。どうせ食うなら、ラーメン屋のチャーシューみたいな、美味いモンが食いてえじゃん」
 まあ、他にも固いから切るの大変とか、手が汚れて嫌とかあるけど。
 そういう、作る側の事情は伏せたまま、なんとか芽衣には納得してもらえた。
 ちょっと冷ましたご飯に、溶き卵をかけて、卵かけご飯のようにしてから、塩コショウをかけて下味をつける。
 これやるとパラパラになる成功率がグンと跳ね上がるんだなぁ。
 チャーハンがパラパラになるイメージとしては、卵で飯の粒をコーティングする感じ。
 さらに具材から水分が出る場合もあるので、出る物があるならキッチンペーパーなんかで水抜きをしておくのもいい。
 さて、ここから先ほど用意しておいた、肉の漬け汁をちょっとだけ残して捨てて、そこに片栗粉を入れて、揉む。
 残した漬け汁が衣の味付けになるのだ。
 これで、準備完了。


「じゃ、こっからは一気に行くかぁ」
「おぉー。早く早くー。腹減ったぁー」

 フライパンにサラダ油を多めに敷いて、鍋にも油を注ぎ、唐揚げとチャーハンを作る準備は整った。
 両方に火を入れ、温まったのを確認(チャーハンはフライパンから煙がちょっと出るくらいで、唐揚げは油に衣を少し入れてみて、泡を立たせながら浮いてくるくらいが目安)し、肉と米を入れる!
 揚げ物は慣れてくればある程度はほっといてもいいので、ここからはチャーハンにかかりきりだ。
 とにかく、チャーハンはヘラで掻き分けながら、一粒一粒掻き分けるように!
 具材と中華だしを混ぜて、火がしっかり通り、パラパラになるよう必死に混ぜる。
「んぉー……。火を通すと、匂いが花開くみたいに一気に来るねえ……」
 俺の隣でずっと作業工程を見ていた芽衣は、鼻をヒクヒクとさせながら、その匂いを楽しんでいるようだった。
 確かに、からあげのにんにくと生姜のスパイシーな匂いが、鼻に入ってくる。
 この二つがからあげの味を支える屋台骨。じゅわぁ、という油で揚がっていく音。そして匂い。味が想像できるだけの情報が、胃袋を刺激する。じわじわと胃液が出てくるのがわかるのだ。
「ま、もうちょっとで出来るから、箸とか持ってってくれ」
「はーい」
 芽衣は飯がかかると、こうして素直に言うことを聞いてくれるからなぁ。
 飯前の数分間が、もっともヤツを扱いやすい時間だ。



  ■



 そんなわけで。
「ほいっ、完成」
 ダイニングのテーブルに、からあげを添えたチャーハンと、刻んだキャベツにソースをかけた物。そして、先ほどの鶏肉を茹でたお湯を再利用し、中華だしを入れた中華スープという献立が完成。
「待ってたぁー! いただきまぁーす!」
 手を合わせて、まずは中華スープを飲む芽衣。
 俺はそれをジッと見ていた。
「うん、美味しいっ。スープのほのかなしょっぱさがいいねえ。単純だけど、肉から出たダシかな? なんか奥行きのある味って感じ」
 次はー、とチャーハンをレンゲで掬って、頬張る。
「うんっ。こっちも美味しい。パラパラだぁー」
 俺もそこで、やっとレンゲを取って、チャーハンを食べる。
 美味い。さすが俺。ちゃんと味がまんべんなく行き渡ってるな。ほろほろと口の中で解けていく米を噛むと、染み渡っていた味がじわりと口の中に染み出してくる。
「からあげも美味しいよ伊吹。食べてみなよ」
「ん? おう」
 揚げたてのからあげはアツアツで、はぐ、はぐ、と言いながら、なんとか食べた。カリッとした衣と、中の柔らかな肉の歯ごたえ。
 隠し味のしょうがとにんにくの、舌を突くようなスパイシーな味。
「からあげを食べて、白米みたいに、チャーハンで追いかける! そして、それを飲み込んだら、舌に残った味を、あっさりとした味のスープで流す……これだなぁ……」
 その通りの食べ方をしている芽衣を見ながら、俺もゆっくりと、よく噛んで食べる。
「あぁ……こんな高カロリー、幸せだなぁ……」
 そう言って、笑顔になる芽衣。
 腹が満たされれば、こうして上機嫌になる。こいつの、満腹になった笑顔を見るたびに思い出すのだ。
 俺が初めて料理を作って、こいつに食わせた時の事を。

『美味しいなぁ……。ありがとね、伊吹』

 そう言って、満面の笑みを俺に向けた。
 もちろん、母親に手伝ってもらって作ったものだが、それでも嬉しいのには変わらない。
 これが、俺が料理を続けている理由である。

       

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