Neetel Inside ニートノベル
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冒険浪漫 イチサン。
九尾

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イチサン。3-1 朝靄

今は、朝といっても、まだ暗い。
昨夜の戦闘でカラダを傷めたミコは縁側に座り
空を眺めていた。

はっきりしない空模様でも早朝の空気の中では
静かな気持ちになれる。

「疾風の九尾があっちからも。こっちからも。」
正直なところ疲れ切っていて何もかもどうでも
良かった。

縁側を小さな足音が近づいてくる。
「あれ?ミコさん。今朝は珍しい。
トレーニングには行かないのですか。」
モルモットのじんぱちがやって来た。
家の中では放し飼いなのだ。

モルモットの生活は主に寝る、食べる、歩き回る、
この繰り返しだ。
人間のような朝昼晩というサイクルよりも
もっと短いサイクルで繰り返すようだ。

「涼しいキモチのいい朝ですねえ。
今日もお腹が空きますねえ。」

腹が空く。ということが、どうも彼には
関心事らしい。
こんな調子で一日中
「○○ですねえ。これはお腹も空きますねえ。」
というような。言わばこれがあいさつなのだ。

じんぱちはいつものエサ鉢に向かう。
いつもならそこにモルモットフードが盛られている。
トレーニング前に水とフードを用意する。
今朝は寝付けないままずっと座っていたため
そのことを忘れていた。
「あ。じんぱち。ゴメン。」
紙箱の中からフードを取り出し
鉢の中へ注ぐ。カサッ。カラカラと音がする。
注ぐ最中にもうじんぱちは鉢の中に顔をつっこんでいる。
「カリカリカリカリ。はあ。朝はやっぱりカリカリですね。」
夢中になって食べているじんぱちの背中をそっとなでる。
さらさらした毛並みの感触や温かくて呼吸とともに
膨らんだり縮んだりする小さな体。
疲れや痛みから縮こまっていた気持ちがやわらかく
膨らんでいくのを感じる。

「そういえばミコさんもカリカリ食べてますね。
アレはどうなんですかね。フルーツやナッツの香りがして
いいなあとは思うけど。ミルクとかヨーグルトとかかけて
もったいないなあ。僕はいつものカリカリ好きですよ。
でも黒いこの小さいツブツブは好きじゃない。
お肉やお魚。あれってどうなんです?よく食べられますね。
僕はゴメンです。
おヤサイはいいですね。僕は特ニンジンがいいです。
あの歯応え、色、香り、甘み。どれをとっても最高です。
キャベツや、レタスを好むヤツもいるけど
僕はニンジンです。あ、でもでも、タンポポ。
アレはいいですね。
特にお花。黄色い花びらのやわらかさ。サワヤカな苦み。
種になる部分の香り。ガクもクキも美味しい。」

モルモットは元来おしゃべりな生き物だ。
プイプイ、プウプウとよく鳴く。
それにモルモット同士になると
ピロピロピロピロ、、、とまるで
ファックスみたいによく喋る。

特徴的なのはそのクチビル。
鼻の下の長い線につながるクチビルは
毛が薄い。特に下唇には毛が無く
人間のそれをそのまま小さくしたように
見えなくもない。
じんぱちがまだ人語を話す前、
ふとした瞬間、黒々としたその瞳と視線が
合うと、声を出すわけではないのに
まるで語りかけているように、何かを伝えようと
するかのように口元が蠢く。

そこには言語の壁が確かに存在し、じんぱちも
ミコも、お互いがお互いのことを伝えられず、
きっともどかしい思いをしている。
と本気で想像したほどだ。

その想像は、あながち間違いとも言えなかったが、
彼の話したいことは、だいたい今話しているような
他愛もないことだった。彼は極めて楽天的であり、
おしゃべりすることが生きるということなのだ。


じんぱちが人語を話すようになったのは
全くの偶然からだった。

かつて、ペルーだったかメキシコだったかの
面と小さな壺をイチローが預かって来たときの
ことだった。

カミの声を聴くというその面を被るものは
強い酒を飲み、歌い、激しく踊る。
トランス状態に入るためだ。
男が踊り疲れたり、奇怪な言動をするように
なるとその壺から植物の種子を取り出して
口に含ませる。
すると、とたんに落ち着きを取り戻し
カミの意志を聴衆に語り聞かせ祭りは完成する。

面がよほど気に入いったのか、いつもなら自室に
戻ってから調べるのだが、その日は縁側に座って
すぐに見始めた。じっとオモテを見つめ
紋様を隅から目で追う。
壺が邪魔になったのか、傍らに置いて
面の口のところを指でなぞってみる。

「ん?何か挟まってる?」
裏返してもう一度口のところを見てみる。

丸い、土の塊のようなものが見えた。
指で軽く引っかくようにするとポロリと落ちた。
それを拾い、自分の足元に置く。
よく見ると面の口の端に1つ、鼻の穴のところにも
2つあった。

「触らないようにしてたのかなあ。ヒマがなかったのかなあ
それとも興味なかったのかもな。学者っていうのも
けっこうザツな扱いするんだなあ。まあ、無条件で
オレのとこにまわって来るくらいだからなあ。」

丸い土の塊を指で擦ってみる。
半分ほどに減ったが土のままだった。
もう一つ手に取り、擦ってみる。
さっきより少し大き目の粒だ。
少し指で擦ると土とは違う黒っぽいツルリとした
表面が現れた。

「これが、その木の実のことだろうか。」

そのとき、自分の膝に軽い感触を感じた。
じんぱちがイチローの膝に前足を掛け立ち上がっている。

「ああ。じんぱちか。そうだ、ゴハンまだだったな。」
そのとき、じんぱちはイチローの顔を見上げ、口を開いた。
「イチローさんのお豆はとってもいいお味ですねえ。
おいしいものをいただくとやっぱりお腹が空きますねえ。」

足元に置いてあった丸い土の塊はもうほとんど無く、
中の黒い皮の部分が少し残っているだけだった。

カミの言葉だかなんだかしらないが、この実は
確かに何かのチカラを持ってるらしい。
現にモルモットがしゃべった。
それからというものじんぱちは人語を解し、
会話するようになった。


今、じんぱちはミコの膝の上で丸くなり、、
いつものように取り止めも無くしゃべっている。
たまにはこんな日もいいか。
じんぱちの小さな頭を撫でる。
「クウ。クウ。」と小さく喜びの声をあげた。

       

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