Neetel Inside ニートノベル
表紙

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そこは、柊の生垣にぽっかりと空いた空間だった。入るには相当痛い思いをする。
「ありすちゃん! 葉っぱが痛いかもしれないけど、早く隠れるんだ!」
「ええええ……! 痛いよう……」
「大丈夫! 僕を信じて!」
ありすちゃんはなんとか、生垣の中に入り込んだ。あとは僕が入るだけ。その時、恐ろしくむかつく声が上がった。
「つよし兄ちゃんたち! いたよ! あの馬鹿がそこにいるよ!」
 そこには黄色い鼻水を垂らした幼稚園児がいた。あれは! 妹の彼氏! つまりつよし君の弟だ!
 くそ、つよし君のやつ! 弟を使って人員を増やすとは卑怯な!
「でかした!」
 その声に引き寄せられて、つよし君とまさお君とさとし君がやってきた。
 急いで柊の生垣に逃げ込む。体のあちらこちらが硬い刺のついた葉にえぐられて血が出た。正直泣きたい。
 だが、ここに逃げ込めば勝利条件はクリアだ。正直、鬼のスタート地点に限りなく近いこの生垣に入り込む事が最難関だったのだ。
「ははは! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
「言ったな! たっくんを捕まえたらゼリーを返してやるぞ! まさお君、さとし君行くんだ」
 ゼリーの誘惑に駆られて、腰巾着の二人がふらふらと生垣に近づいていく。――その瞬間。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「くせえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
二人の足は深い落とし穴に嵌っていた。そこには妹が趣味で集めてきたものがいっぱい入っている!
「うんこだあああああ!」
さすがにつよし君もびびったようだ。
「臭い! 俺に近づくな!」
僕は知っている。妹があの鼻水小僧を好きなのは、鼻水がウンコみたいな色をしているからだって事を。
 妹が集めてくるウンコの量は半端ではない。
さとし君とまさお君の靴からは非常に香ばしい匂いがむんむんと漂っていた。それはそれは酷い匂いだった。
 阿鼻叫喚の地獄絵図を見せる二人を尻目に、つよし君は冷静だった。
「ふん。準備をしていたようだな。たっくん」
「当たり前だろ? こうなることは給食の献立が発表された時から予測していた」
「たっくんすごーい!」
 ありすちゃんが抱きついてくる。
「おい! ありす! そんなやつにくっつくな!」
 つよし君が怒鳴った。
「いや! だって私、たっくんと結婚するもん」
――その時だった。
「私を差し置いて誰が結婚するだってええええええええええええええええええええええええええええええ!」
 恐ろしい絶叫がどこからか聞こえた。
「ふふふ。お前ら……やっちまったな。怒らせちゃいけない人を怒らせたようだぜ」
 つよし君がにやりと笑った。
「ま、まさかお前! あの人を召喚したのか……!」
「ああ、そのまさかだ。準備をしていたのはお前だけじゃない。ほらよ!」
その瞬間、辞書程もある本が生垣に投げ込まれた。
重たい本は柊の葉をものともせずに僕の元へとやってきた。
「ゼクシィ……? これはまさか!」
その時、「ふしゅうううううう」と言わんばかりの鼻息が聞こえた。
「つよし君。私のゼクシィが見つかったって電話してきたけど、どこかしら」
 そこにいたのは鬼のような形相をした我らが担任みちこ先生だった。
「あそこです! 先生! たっくんが盗ったんです!」
「きえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
 その奇声にありすちゃんは怯えている。これは相手が悪すぎる!
「ち、違いますよ! 先生聞いてください」
「ゆ、ゆるさ……ん! くえええええええええええええええええええええええ」
 みちこ先生はもうすぐ三五歳だ。今の彼氏は結婚の話をすると無視するらしい。そこで必死に結婚関連の雑誌を買ったりして、アピールしているらしいが。ここまで必死だったとは!
「ありすちゃん! ここは柊を揺らして防衛するんだ!」
 お年穴――間違えた、落とし穴に嵌ってウンコまみれになってもなりふり構わず生垣に突っ込んできた先生を必死に葉っぱで攻撃する。
「ぎええええええええええ! ぎゅあおおおおおあああああああああああ!」
 さすがのみちこ先生も物理的苦痛には耐えられないらしく、生垣から逃げ出した。
「あのねえ。あのねえ。ここを逃げきったら結婚しようねー」
「だ、だめだよ、ここでそのセリフは!」
みちこ先生がまるで貞子のように長い髪を、扇風機のように振り回して突っ込んできた。
「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼおおおおおおおおおおおおおお」
 鉄板の死亡フラグありがとうございます!
こうなったら! 僕は這い寄るように突っ込んでくるみちこ先生の頭をごつんとゼクシィで叩いて怯ませた後、雑誌を生垣の外へと放り投げた。
「私の結婚があああああああああああああ!」
ぼちゃんと音を立てて糞の中に落ちた。
 みちこ先生はウンコの中からゼクシィを取りだすと放心したようにそこでへたり込んだ。
「ふふ。やるじゃないか。たっくん」
「お前もな。つよし君」
最後の最後の一騎討ち。つよし君は僕の用意した鉄壁の要塞をどう攻略する? 無理に決まっている。
「俺がその要塞を攻略するのは無理に決まっている。そう思ったな? たっくん」
「な、なんだと!」
「ふふふ。確かに、外からは無理だろう。みちこ先生をぶつけても無理だったんだ。俺が行っても無駄……。認めよう……。その悪魔的発想……!」
そこでポケットの中から一つのキーホルダーを取りだした。
「ありすー? このパンダのキーホルダー拾ったんだけど、誰のかな?」
 それは去年ありすちゃんの誕生日に僕がプレゼントしたパンダのぬいぐるみのついたキーホルダーだった。
「ああああ! それわたしの! 返してよう……」
 ありすちゃんは既に泣きそうな顔をしている。
「返して欲しければ降参してそこから出てこい。さもないとウンコつけるぞ」
 つよし君はしゃがみ込み、キーホルダーをウンコ塗れのゼクシィに近付けた。
「十数える前に出てこい。俺が数える速さ知ってるよな? ありす」
「ありすちゃん! 行っちゃだめだ! キーホルダーなんて、いくらでもあげるよ! パンダが好きならもっと大きいパンダのぬいぐるみもあげる。だからここから出ちゃダメだよ……僕は君を守るって決めたんだ……」
 するとありすちゃんはとても悲しい顔をして言った。
「あのね。あのね! だめだよ。たっくん。あれはたっくんから初めて貰った誕生日プレゼントなんだよ? 他に何をもらったって代えられないよ」
「そんな……そんな。君はそこまであのパンダを大切にしてくれていたんだね」
「ごめんね。たっくん。裏切ってごめんねえ……」
 ぽろぽろと涙を流しながら謝るありすちゃんを見て、僕は何も言えなかった。
「じゃあ……行くね」
 生垣を自ら出ていくありすちゃんは、とても小さく見えた。守ると決めた、小さな背中。僕は女性一人守れない男だった。
「くそ! くそ! 僕は自分が悔しいよ! 悔しい!」
 悔しさのあまり涙が溢れた。
 その時、妹の彼氏が黄色い鼻水を垂らしながら、笑った。
「ひゃははははは! 泣いてるよ! 小学生のくせにないてるっちょ! うぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ」
 こいつは絶対後で虐めてやる! そう心の中で誓いながら、涙で歪んだ視界の中で、ありすちゃんがタッチされてしまうのを見た。
「降参したんだから。パンダ返して」
 ありすちゃんはぼろぼろ泣きながら、つよし君に懇願した。
「だめだ。その前に、その生垣をもう一度通ってたっくんをタッチしろ。それで返してやる」
 さすが僕とやりあえる唯一の男。最後の最後まで徹底している。僕はありすちゃんを傷つけるような防衛手段は出来ない。チェックメイトだ。
「ほら、早くいけ! ありす。パンダをウンコの中に突っ込むぞ」
 つよし君がにやにやとパンダを落とし穴の中に近付けた。
 仕方ない。自分から出よう。
 決意して、立ちあがったその瞬間。
「調子に乗るな」
ありすちゃんは低い声と共に、右足を一八〇度の角度まで振り上げると、強烈なかかと落としをつよし君の頭に振り落とした。
――ぐちゃ
つよし君の顔は落とし穴のウンコに突っ込んだ。
 その時、その場にいた全員が戦慄し、理解した。そう。だれが一番強いのかということを。


「おままごとやる人この指とーまれ」
 可愛らしい呼び声に釣られて、まさお君とさとし君がふらふらと間抜けな面をして、ありすちゃんの人差し指を掴む。
「くそ! ありすのやつ! あれは俺のセリフだったのに!」
 つよし君は不満たらたらだけど、仕方がない。ボスは替ってしまったのだ。
「あのね、あのね。つよし君、たっくん。一緒に遊ぼう?」
「あ、ああ。いいよ、ありすちゃん」
「わ、解ったよ、ありす」
 あの一件以来誰ひとり、ありすちゃんに逆らうやつはいなくなった。当然だ。つよし君をマジ泣きさせたのだ。
 ウンコに顔面突っ込ませてぐりぐりと踏みにじるありすちゃんの姿にその場にいた全員が凍りついた。そして学習したのだ。――この女が一番恐ろしい、と。
「たっくんは私の旦那さんね。まさおくんは卑怯なバッタ。さとし君は空気の役ね」
「空気!?」
さとし君が茫然とした顔をしている。
「つよし君はペットの犬ね」
「い、いいけど蹴ったり踏んだりするのはやめてくれよ」
「あのね、あのね! 大丈夫安心してね。優しくするから」
「ちょ、それ答えになってないじゃん……」
「たっくん! これからも二人で幸せになろうね!」
「あ、ああ」
 こういうありすちゃんも悪くないのかも知れない。そんなことを思った、小学二年生の夏でした。



おしまい。


ちょっと休載します。たぶん。
コメントくださった方ありがとうございます!
コメ返します!

       

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Neetsha