エイリアンアタック

「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない」
マタイ24.36

2007年9月
湾岸エリア

僕が学校へ行くことを止めたのは、15才のときだった。
それから一体、何年たっただろう。
2年、あるいは3年だろうか。
ずっと僕は、自分の部屋の中にいた。
学校に行くのを止めて以来自分の部屋から、一歩も出たことはない。
絶望したわけでは無かったが、希望がある訳でも無かった。
なんだろう、多分僕は途方にくれていただけなんだと思う。
生きることは、いつも途轍もなく困難なことのようだ。
それでも、日々をおくっていれば、辛うじて生活のリズムによって身体が動いていく。
さあ、もう一日だけ。
じゃあ、もう一日だけ。
そんな感じで、なんとか生きる試みを続けられた。
でもある日、ストンとそんなリズムが抜け落ちてしまったんだ。
理由は、よく判らない。
気がついたら、僕は空っぽになっていた。
もう、何も残っていないように思う。
まるで何十年も、こんな日々を繰り返してきたかのようだ。

僕の部屋は、殺風景だ。
窓は閉ざされ、ブラインドを降ろしている。
その向こうを見ることが無いのは、その向こうには廃墟しかないと思っているからだ。
実際にどうなのかは、知ったことではない。
窓の向こうへの興味を失って、もう随分になる。
だだ、それは無人の部屋にある時計のように、時間の経過を刻んでいる気がした。
日は昇り、また沈む。
夜と昼は、交互にくる。
僕は生きる意志さえ希薄になったのに、世界は僕の存在におかまいなく動いているのかもしれない。
でも、ただただそんなことには、興味を持てなかった。
部屋にあるのは、大きな鉄製のベッド。
それに、無愛想なワークデスクと椅子。
そして、鏡だけだ。
ああ、机の上には、もうひとつものがある。
電話だった。
それは、この閉ざされた部屋で唯一外へ繋がるものだ。
時折、電話はかかってくる。
僕は、決して出ることはない。
それでも、電話は容赦なく部屋に言葉を送りつけてくる。
あれは、誰が言った言葉だったっけ。
耳には、瞼が無い。
だからこちらの意思には関わり無く、その言葉はぼくのこころへ入り込む。
電話をかけてくるのは、いつもおんなのひとの声だった。
とても落ち着いた、優しい声だ。
けれど、その柔らかな調子の下に鋼の強靭さが、隠されているような気がする。
そんな、声だった。
電話線をとおってきた声なので、声からではそのひとの年齢を見当つけることができない。
でも、落ち着いたしゃべり方は、間違いなくおとなのひとのものだ。
僕の年齢を倍にしても、届かない歳のひとかもしれない。
彼女は、僕のことをよく知っているようだ。
そして、なぜか僕もそのひとのことを、知っているような気がしている。
そのひとが言っていることなんて、さっぱり判らないのだけど。
彼女は多分、世界中を旅している。
彼女はいつも、自分がどこからかけており、どこに向かおうとしているのかを報告してきた。
ヨーロッパから、中東へ。
中東から、アフリカへ。
驚くべきことに、アフリカから南極へといく。
自己申告だから、信じていいかは判らないけれど、嘘をつく理由も思い付かないので僕はそれを受け入れる。
そして今彼女は南米経由で、ニューメキシコについたはずだ。
そしてもうそろそろ、今日の電話がかかってくる。
僕のこころをよんだように、電話が殺風景なその部屋に着信音を鳴り響かせた。
無機質な電気音がひととおり鳴り終わると、唐突に彼女の言葉がはじまる。

「ここは砂漠、見渡す限り何もない」

とても静かな調子で、ただ事実だけを語っているようだ。

「真っ直ぐな道を、真っ直ぐに走っているの。もうネバダに入ったわ。目的地までもう少しかかる」

いつもと同じ、優しく力強い意思を感じる声。

「多分、わたしは見つける。そう、あの本を。もうひとつの、聖書。ねえ、ジョー、聞いているかしら」

僕は、名前を呼ばれ身体が一瞬震えるのを感じる。
耳には、瞼が無い。
彼女の声を拒絶する権利は、僕にはないのだろう。

「もうすぐ終わる。もうすぐ知ることになるのよ。わたしたちがどこから来て、どこへ行こうとしているのか」

始まったのと同じように、唐突に電話は切れた。
僕は、また世界との繋がりを喪失したようだ。
静寂が優しく、僕を抱き締めてくる。
僕たちがどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
できうることなら、そんなこと知らぬままここで朽ちていきたい。
こころの底から、切にそれを願う。
でも、それが叶わないことを知っていた。
彼女の声は、きっと全てをこじ開け解き放つに違いない。
そしてそうなるまで、もう少しということなのだ。
きっと。